間章 ケイ卿――アルフレッド・ターナー(27歳)に対する診断

「――とまあ、そんなわけで、この口が災いしてか、いつも彼女に逃げらちゃうんすよ。いったい、どうしたらいいんすかね?」


 その日、二番目に来た患者クライアントは、まさに口から先に生まれて来たという例えが相応しい男だった。


 言葉にはアメリカ訛りがあり、回りの良い舌で訊いてもいないことまでペラペラとよくしゃべるのだが、どうにも言ってることが嘘臭い……しかし、話の筋は一応通っているので、聞いている内になんだか不思議と信じてもいいような気になってきてしまう。


 職業は、失恋のショックでこっちに長期休暇を取って来るまで、アメリカで売れないコメディアンをやっていたとのことであるが、むしろ詐欺師にでもなっていれば、その話術で成功していたかもしれない。


「先生、俺の話、ちゃんと聞いてます? この恋に傷付いた心を癒すためにも、今度こそ自分を変えて、素敵な英国美人と愛を育んでみたいんすよ。こんな俺でも哀れと思ってくださるんなら、ここは一つ、どうか立派な愛の騎士に育ててやっちゃあくださらないでしょうか?このハートブレイクなアメリカ青年に、是非とも英国紳士な先生の手で、ブリテッシュ流の色恋の道のご指南を!」


 しばらく閉めていた診療所を久々に開けたところ、珍しく立て続けに二組も患者クライアントが来てしまい、先客に施術したばかりで少々疲れてはいたのだが、私は仕方なく、彼の減らない口にも付き合ってやることにした。


 実は、新たに〝円卓の騎士〟を増やそうと考えていたので、こんな男でも、せっかくの素材を逃すのは惜しいと思ったのだ。


「だ、大体のところはわかりましたよ、ターナーさん。ええと、そうですねえ……」


 私は、彼に与えるべき役柄の選考に入る。ちなみに、どうも胡散臭かったので身分証明書の提示を要求して見せてもらった運転免許書によると、彼の名はアルフレット・ターナーというらしい。奇しくもあの偉大なアルフレッド大王と同じ名だ。


「うん。それがいい……あなたは、ケイ卿をご存知ですか? アーサー王の円卓の騎士の一人にして、宮廷の執事を務めていた人物です」


 私は、彼にケイ卿の役を割り振ることに決めた。ケイならば、彼にぴったりである。


「サー・ケイ? ……さあ? えたことあるような、ないような……」


「ケイ卿はアーサー王の養父エクター卿の息子で、まだ自分の出生の秘密を知らないアーサー王は彼を兄として育てられ、ケイ卿が騎士になった時には従者の役を務めたりもしています」


「つまり、あの有名なアーサー王のお兄さんってことですか?  じゃ、スゴイ人じゃないっすか⁉」


 唐突に始めたケイ卿の話にも別段、疑念を抱くことなく、くだらぬオヤジギャグを交えながら妙にあっさり興味を示す彼に、私は先を続ける。


「まあ、そうなんですがね……アーサーが〝石の台座に付いた金床に突き刺さる剣〟を引き抜くことになったのも、武術大会でケイが剣を宿に忘れ、それを弟のアーサーに取りに行かせたのがそもそもの発端でした。ところが、宿が閉まっていたために中へは入れず、困ったアーサーが大聖堂前の広場で剣の刺さった石を偶然見付け、そんな重要な剣だとは露とも知らずに引っこ抜いて、兄のもとへ持って行くのです」


「石に突き刺さった剣……って、確か、それを抜いた者が王になるとかならないとかいうヤツっすよね?」


「そう。その通り。さすがにそれは有名なのでご存知でしたか。それで、何も知らないアーサーからその剣を受け取り、それがブリテンの王になる者しか抜けない剣であるとわかったケイは、父のエクター卿に見せて〝私が抜きました。私がブリテンの王です〟と嘘の申告をするのですが、その嘘はすぐに見抜かれ、正直に本当のことを話したことで、アーサーが王になる資格を持つ者であることが皆の知るところとなりました」


「ああ、そんな大それた嘘吐いちゃいましたか……ま、でも同じようなシチュエーションなら、俺もやっぱし嘘言っちまうかな? その気持ち、わからなくはないっすね」


 好都合なことに、このアメリカ青年は私の望む以上の良い反応を示してくれる。これは、なかなかに見込みがあるかもしれない。


「まあ、一国の王になれるかもしれなかったのですからね。ともかくも、そうして弟分であったアーサーが今度は主君であるブリテン王となるわけですが、兄弟として育った関係もあって、ケイ卿の方もアーサー王の宮廷において、国務長官に当たる執事の役職についています」


「へえー! 国務長官っすか! 王の座は逃しちまいましたけど、よかったっすね。やっぱし、持つべき者は力のある親戚縁者だ」


「そうですね。確かにアーサー王との関係によって高い地位を得ることができた。ところが、彼の評判となるとあまりよろしくはない。アーサー王伝説の中では〝永遠の毒舌家〟と称され、シニカルな口達者な人物、その口の割に武芸は苦手な道化役として描かれることが多いのです。ある時などは、そのあまりの意地の悪さにグウィネヴィア妃から〝地獄に堕ちろ!〟的なことまで言われたりもしている。また、フランスの散文物語『ペルレスヴォ』においてはさらにひどく、アーサー王の息子ロホルトを殺して反旗を翻す極悪人扱いをされています」


「極悪人て……口達者なだけでそりゃあ、あんまりだ。なんか、同情しちゃいますよ。そのケイさんって人に」


 よりいっそう彼がケイ卿に共感してくれたところで、私は一度、落しておいて、今度は持ち上げるような話をしてやる。


「しかし、その一方でケイ卿は、古くからウェールズの詩に登場する人物でもあり、初期の物語ではベディヴィエール卿とともにアーサー王を助け、モン・サン・ミッシェルの巨人を一緒に倒したり、『キルフフとオルウェン』では巨人ウルナッハのもとへ単身乗り込み、機知によって討ち取るなどの有能な忠臣振りを見せたりもしています。さらに『マビノギオン』においては、九日九晩水中にいても息が続き、九日九晩寝ずとも働け、絶対に癒えない傷を負わすことができ、機嫌のいい時は背が伸び、手から出る熱で洗濯物もすぐ乾かしてしまうというような超人っぷりまで披露していますね」


「手で洗濯物乾かす……なんだか役に立つんだか立たないんだか、よくわかんないっすが、とにかく、じつは口だけじゃない超絶ヒーローだったってことっすね。よし、いいぞ、ケイ卿! なんだか知らないっすが、赤の他人とは思えないくらい、応援したくなってきましたよ」


「それはそうでしょう。ケイ卿とあなたは、とてもよく似ていますからね」


 そろそろ下準備も整ったようなので、私はいよいよ、彼を落しにかかる。


「似てる? 俺とケイ卿がっすか? ……いやあ、そんな俺は巨人に独りで立ち向かうほど勇猛果敢でも、超人でもないっすよお」


「あ、いえ、そちらではなく、その口達者なところの方ですよ」


 何か勘違いをして照れる彼に、私はさらっとそう言って訂正する。そう……私が彼にケイ卿役を選んだのには、そうした理由があったのだ。


 超人的な能力や忠臣としての有能さはまるで感じられないが、無駄によく回る軽い口とやけに調子のよいところは、まさにケイ卿にである。最早、これ以外に選択の余地はないであろう。


 ちなみに、話術に長けた道化役的円卓の騎士といえば他にディナダン卿もいるが、こちらはユーモアで騎士や貴婦人達を笑わし、親友のトリスタン卿にひどい仕打をするマーク王に対して、ラモラック卿をけしかけて痛い目に合わせたり、王を貶める詩を作って演奏させるなど、その道化振りには人をスカッとした気分にさせる陽気さがあり、どこか芯の通った仲間思いのディナダン卿よりも、単に毒舌家のケイ卿の方がやはり彼には似合っているように思う。


「へ?……ああ、口達者の方ですか……」


「そう。こうして少し話をしただけでもわかりますが、あなたはコメディアンをなされていたということもあり、かなり弁が立つ。そこが、まさにケイ卿にそっくりなのですよ。いや、そっくりと言うのには語弊がありますね……なにせ、あなたは自身がケイ卿なのですから」


「俺が……ケイ卿? ……それは、どういう意味っすか?」


 ポカンとした顔をして、言ってる意味ができていないらしい彼に、私はさらに一歩踏み込む。


「そのままの意味ですよ。あなたは、この現世に蘇ったケイ卿の生まれ変わりなのです。だからこそ彼のように口がよく回り、そして、だからこそ、その口が災いして問題も起こるのです」


「い、いや、しかし、いくら似てるからって、そんな、生まれ変わりだなんて……や、やだな、先生もケイ卿みたく冗談キツイっすよ……」


 生まれ変わりの話にはさすがに彼も疑念を抱いたようだ。


 だが、心の動揺を誤魔化すかのように苦笑いを浮かべ、腰を浮かせてたじろぐ彼に対して、私はいよいよ最後の仕上げに取りかかることにした。


「冗談なんかではありませんよ。それが紛れもない真実なのです。いいでしょう。では、あなたがその事実を認められるように、これから私が退行催眠をかけて、あなたの前世の記憶を蘇らせてさしあげます」


「た、たいこう……さいみん?」


「そう。今の自分から順に年齢を遡り、最後には胎児をも超えて、前世の自分にまで到る催眠療法です。この退行催眠により、あなたはきっと、かつてケイ卿であった時の記憶を蘇られせるはずです。そして、次にあなたが前世の記憶とともに目を覚ます時、あなたは、あなたの抱えている問題を解決するための糸口も一緒に見付けることとなるでしょう」


「問題を……解決するための、糸口……じゃ、じゃあ、ケイ卿だった時のことを思い出せば、ついに俺にもバラ色の人生がやって来るってことっすね! お、お願いします! その退行催眠とやらを俺にもかけてください! もう、この悲恋に満ちた人生が変わるんだったらなんでもします! 肩揉みでも掃除洗濯でもなんでもやらせていただきます! あ、〝そっち〟の趣味はないんで、体で払うのだけはちょっとご遠慮させていただきますが――」


 こうして、口の減らない彼、アルフレッド・ターナーも、これまでとはちょっと毛色の違う我ら新生円卓の騎士団の一人ケイ卿として、新たに我らの仲間へ加わることとなったのだった。

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