間章 アーサー王――かつての、そして未来の王の死についての考察
かつて、このブリテン島を侵略者の手から守り、キャメロットという華麗なる騎士道と宮廷文化の花を咲かせた最も偉大なる王アーサーは、果たして、いかなる最後を迎えたのであろうか?
広く知られているところでは、騎士達の聖杯を求める冒険が終わった後、ランスロット卿とグウィネヴィア王妃の不義によって円卓に亀裂が生じ、アーサー王派とランスロット卿派、それぞれに分かれての大戦が起こったのだという。
そして、その戦が行われている最中、今度はモルドレッド卿が謀反を起こし、カムランの地で激突したアーサー軍と反乱軍の騎士達は皆死に絶え、残ったアーサー王自身もモルドレッド卿と刺し違えて頭に致命傷を負ってしまうのだ。
その後、アーサー王は命を落とし、ある地の墓に葬られたのだとも、いや、アヴァロンと呼ばれる島に運ばれて復活の時を待っているのだとも云われている。
別の話では、イタリアのエトナ山中奥深くで眠っているという古い伝承もある。中世の騎士物語『ロマナ・ド・フランセ』では、アーサーはカパルという猫――おそらくは『パ・ギール』の〝キャス・パルーグ〟と同じものと思われるが―と沼の中で戦い、その猫に殺されてしまっている。
その後、猫はついでに英国へ攻め入り王となるのだが、一方、フランス・アルプスのブルジェ湖近くでアーサーが巨大な猫〝シャパリュ〟を退治したという物語もあり、どうやら猫とも関係の深い王様であったようだ。
話が逸れたが、他にもウェールズの伝説では、トレガレンの戦いの後、敵を追って来たアーサーがスノードニア(※スノードン山を囲む一帯)の峠で矢を受けて死んだと云われる。近くのクルウィドのランウルストにある〝モイル・アルスュール〟という城砦跡の丘がアーサーの宮殿であったと伝えられていることから、周辺に立つメンヒル及び巨石群はアーサーの埋葬場所を示すものかもしれないと述べる者もいる。
だが、12世紀に書かれた『カマーゼンの黒い本』の「墓場の詩」において、既に「アーサーの墓は大きな謎だ。誰もその場所を知らない」と語られているように、その本当のところは遥か昔より闇の中である。カムランの戦いがあったとされるキャメルフォード近郊のスローター・ブリッジ(虐殺橋)にもアーサー王の墓だと伝わる平たい石が横たわっているが、その真相は〝マルガヌスの息子ラティヌス〟なるまったく別人のものだ。
それではもう一方の説に云う、瀕死のアーサー王が運ばれて行ったという〝アヴァロン〟とはどこなのか?
物語の記述通りにいけば、妖妃モルガンを始めとする三人の人ならざる乙女達によって、アーサー王は舟でその島へと運ばれて行くので、アヴァロンとは単に〝他界〟のことを示しているのだという人々もいる。
中世の
また、アヴァロンはリンゴの木の生える楽園であるともされているが、そこからいけば、ティル・ナ・ノーグと同様に〝黄金のリンゴ〟で知られるギリシア神話の〝ヘスペリデスの園〟などもあり、インド・ヨーロッパ系の神話に共通する〝恵みの島〟というモチーフであるのかもしれない。
しかし、こうしたものに対して、アヴァロンとは実際にこの世に存在する場所であると主張する者達も多い。
例えば、コーンウォール半島沿岸にある〝セント・マイケルズ・マウント〟がその一つだ。この英国版モン・サン・ミシェルとでもいえるかつての修道院は沖合300メートルという絶妙な位置に浮かぶ島であり、コーンウォールは実在のアーサー王候補の一人であるドゥムノニア王国の王が治めた地でもあるし、他のアーサー王伝説の伝承地も近くに点在している。
また、イングランド最北部に位置するカンブリア州の村ブラフ・バイ・サンズがそうだとする話もある。それは、かつてこの地にハドリアヌスの壁に付属した〝アバラヴァ〟という要塞があったからだ。
ハドリアヌスの壁はアーサーの目的と同じ〝異民族からブリトンを守る〟ためにローマ人が築いたものである。
一方、リオタムスをアーサー王のモデルとする者達の中には、一節に彼が最後に行方不明となったブルターニュ半島のリル・ダヴァル付近をアヴァロンではないかと主張する向きもある。
さらに最近の研究書では、マン島こそがアヴァロンであると唱えるものも見られる。
だが、このグレートブリテン島とアイルランドの狭間にある王室属領の島は、アーサー王のいた時代、さまざまなケルトの王によって治められていたということ以外にはほとんど何もわかっていない。
ただ、1500年頃の詩作品『トルコ人とガウェイン』によれば、魔法でトルコ人の姿に変えられていたグローメルなる騎士が、ガウェインの助けを借りながらマン島の王の首を刎ね、元の姿に戻って新たな王となったのだそうだ。
そして、こうした候補地の中でも群を抜き、最も多くの人々からアヴァロンの地であると認識されてきた場所がサマセット州の〝グラストンベリー〟だ。
ここには真偽はともかくとしてアーサー王とグウィネビア妃の墓があるし、アリマタヤのヨセフが聖杯を埋めたという井戸もある。
その上、アヴァロンと関係深いリンゴの産地でもあり、古く異教の時代から連綿と続くブリテン有数の聖地でもあるのだ。
だが、例えグラストンベリーがアヴァロンであったとしても、〝真の〟アーサー王の墓は今もって見付かっていないし、アヴァロンに運ばれるという話の他にも、いまだに生きていると伝える伝承は多い。
例えば、アーサー王は生まれ変わって大鴉、紅嘴烏、ツノメドリなどの鳥になったという伝説や、どこかの地下に眠っていて、再び立ち上がる日を待っているなどという話も幾つか見られる。後者のパターンは、そうしたモチーフで典型的なフレデリック・バルバロッサという人物の名をとって、民俗学の方では〝バルバロッサ伝説〟と呼んでいるらしいが、おそらくはケルト神話にその原型があるのだろう。
いずれにしろ、そのように長い歴史の中で、その復活が望まれてきたかの王の生まれ変わりは、予期せぬ偶然の悪戯により、ついに我ら新生円卓の騎士団のもとへとその姿を現した。
これも〝マーリンの予言書〟の計画には記されていない出来事であったが、それにより綻びかけていた皆の心を再び結び付け、円卓に亀裂の生じることをなんとか避けることができた。騎士達は実際にその自身の目で、求めていたアーサー王の復活を垣間見たのだ。
しかし、人々が待ち望む伝説の王アーサーは、〝いつまでも〟復活の日を待っているからこそ、永遠の王なのだ。
どんなに憧れていたとしても、また、どんなに人格の優れた人物であっても、生身の人間は長らく傍にいると、どうしても欠点というものが見えてきてしまう。
そんな優良な人間でさえそうなのだから、ただでさえ人間的欠陥が目に付くあの男の場合はなおさらであろう……いや、それ以前にかの
やはり、皆が王への期待を損なわぬ内に、王には再び〝アヴァロン〟へと帰ってもらわねばならぬ。
再び幻の地へと旅立ち、その地でまた眠りにつくことで、我らがアーサー王はこれからも〝永遠の王〟として騎士達の心の中で生き続けるのだ。
そうして皆の心が一つとなったならば、この国でもそろそろ動きづらくなってきたこともあるし、今度は聖杯の冒険を求めて、聖杯が天へと昇った地〝サラセンの国〟へでも行くことにしよう。
マーリンの予言書に記された冒険もこれで最後であるが、新たな冒険を得て、我ら新生円卓の騎士団はこれからもますます発展し続けていくことであろう。
そのためにもまずはあの王を偽る〝僭主〟を連れて、グラストンベリーの地へ赴かねばならぬ。
最も広くアヴァロンの地と目されているかの場所にて、王に冥府へと旅立ってもらうために……。
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