Ⅳ 展覧会で巡るアーサー王文学史(4)

「さてと。それじゃ、いよいよあたしの・・・・エクスカリバーとご対面しようかしらね」


 そうして偉大なる王の伝説に思いを馳せつつ一階を見終わった彼女は、少女のように…というか、実際にまだうら若き乙女の年頃なのだが、胸を高鳴らせて優雅な大階段を一歩々〃登って行く……。


 すると、真っ直ぐ正面を見つめる彼女の目の中に、一際大きな展示ケースに納められ、群衆の頭越しに見え隠れする〝それ〟が不意に飛び込んできた。


 マリアンヌも群れなす人々を押し分け、フロアの中央に鎮座するそのガラスの聖櫃へと近付く……。


「ヒュ~♪」


 そして、展示用ライトの青白い光に照らされるそれを目にした彼女は、念願のお宝を目にした盗賊が時折そうするようにして、感嘆の口笛を小さくその可愛いらしい唇で奏でた。


 トゥルブ家に代々伝わってきたという〝聖剣エクスカリバー〟は、赤い光沢を帯びたシルクの布の上で静かに横たわっていた……その古めかしい刀剣は鞘から引き抜かれ、剣身と鞘に分けられて並行に置かれている。


 切先から柄の先までの長さは35インチ(約90センチ)くらい。長さ的には想像していた通りのものといったところであるが、予想外だったのはそれが両刃の剣ではなく、〝片刃〟の直刀だったことである。


 へぇ~…エクスカリバーっていうからには、中世の騎士が持ってるロングソードみたいなのを想像してたけど、随分とイメージ違うわね……。


 マリアンヌはその伝説の剣を前に、意外だったというような顔をして心の中で呟く。


 料理や枝払いに使うにしては少々長過ぎるが、外見的にはまさに細長い包丁か鉈といった感じだ。古色ばんだその全体の感じを見るにかなり古いものらしく、鋭く、よく切れそうな刀身の表面は浮き出た錆によって鈍い光を反射している。


 ガードはなく、優美な線を描いて峯側にやや湾曲する銀製の|柄(ヒルト)の先端には、円に十字架を組み合わせた〝ケルト十字〟型の柄頭ポンメルという重量バランスを調節するための錘が取り付けられている。


 また、その横に並ぶ鞘の方はというと、こちらは革製で、所々に付けられた補強用のリングや金具にはケルト風の組紐や円を絡めて図案化された文様が浮き彫られており、加えてやはりこちらにもケルト十字のマークがあしらわれていた。


 トゥルブ家の伝承を鵜呑みにするのなら、これをかのアーサー王が岩から引き抜いたわけね……それとも、湖の貴婦人からもらった方なのかしら?


 マリアンヌは厳かに輝く〝伝エクスカリバー〟をガラス越しに見つめながら、やはり昨日、本で勉強したばかりのことを思い出していた。


 伝説によれば、父王ウーゼル・ペンドラゴンの死後、後継者もいまだ決まらず、有力諸侯の群雄割拠する状態となったブリテン島において、魔術師マーリンの手によりエクター卿のもとに預けられていたウーゼルの子・アーサーは、誰一人抜くことのできなかった〝石の台座に付いた金床に突き刺さる剣〟を偶然引き抜き、自らが王たる資格を持つ者であることを皆に知らしめた。


 剣の刺さる石の台座に「この剣を引き抜いた者が王となるであろう」と記されていたからである。


 そして、彼はこの剣を手にサクソン人の軍勢を薙ぎ倒し、その他多くの戦、数々の冒険においても常に彼はこの剣とともにあった。


 そんなアーサーの運命を決定づける劇的なエピソードを持った別名〝王者の剣〟とも呼ばれる〝石に突き刺さった剣〟――この剣こそが、かのアーサー王の愛剣たる〝エクスカリバー〟である。


 しかし、その一方で、アーサーが王になった後に〝湖の貴婦人〟なる精霊の手によって与えられたものの方こそが〝エクスカリバー〟であるともいい、この二振のアーサー王の剣は別々のものだとか、いや実は同一のものであるとか、世間ではその解釈にかなりの混乱をきたしている。


 このような混乱を引き起こした原因は、アーサーが剣を手に入れた経緯に関するロベール・ド・ボロンと『後期流布本物語群サイクル』とでは異なっていた二つの説明を、マロリーが『アーサー王の死』の中に両方取りいれたところにある。


 剣の名までは記さなかったが、「石に突き刺さった剣を抜いた」という経緯はボロンが『メルラン』という作品で初めて描き、これが『流布本物語群サイクル』の『メルラン続伝』で〝エクスカリバー〟と明記された。


 ところが、それに対して『後期流布本物語群サイクル』の『メルラン続伝』では「湖の貴婦人からもらった」ものしており、そうしたアーーサー王の剣〝エクスカリバー〟に対する解釈の違いに悩んだのか? マロリーは結局、どちらもエクスカリバーであるとしてしまったというわけである。


 また、この矛盾に整合性を持たせようとしてか、アーサーがペリノア王との決闘で騎士として卑怯な振舞をしたために折れてしまった〝石に突き刺さった剣〟を、湖の貴婦人が鍛え直したものが〝エクスカリバー〟であるとする説もある。


 ま、いずれにしろ、少年アーサーが大勢の諸侯・騎士達の目の前でいとも簡単に引き抜いてみせた王の証であれ、あるいは王になったアーサーがマーリンに連れて行かれた湖で湖面に突き出した白い手より受け取った魔法の道具であれ、少なくともそうしたエピソードを持つと伝えられてきた由緒正しき代物が今、実際にマリアンヌの目の前にあるのである。


 そんなことも考え合わせて剣を眺めると、なんだか感慨もひとしおだ。


 ……で、こっちがその鞘か……でも、こっちはまず本物ってことはないわね……。


 次に革製の鞘の方に視線を移し、マリアンヌは再び心の中で呟く。


 彼女がそう思ったのは、5・6世紀の革製品がこうも保存状態よく残ってるわけがないといった理由ばかりではない。伝説のエピソードからしても、それがオリジナルの鞘であるはずがないのである。


 伝説の中で、エクスカリバーの鞘も湖の貴婦人によって与えられるのであるが、この鞘は〝その身に帯びていれば血を流すことがない〟という不思議な力を秘めたもので、マーリンも「エクスカリバー本体よりもこちらの鞘の方が大事である」とアーサーに諭している。


 しかし、アーサーの異父姉であり、実の姉でありながらも彼を憎むモルガン・ル・フェイ――妖妃モルガンによってこの鞘は奪われ、その後、二度と彼の手に戻ることはなかった。


 そうしたことからしても、鞘の方は後世になって新たに作られたものであろう。


「それでも気に入ったわ……あたしにぴったりのお宝ね」


 本物の可能性も多少なりとある伝説の剣と、本物でないことが明らかな伝説の鞘を見つめたまま、今度は実際に口に出してマリアンヌは呟いた。


「ああ、気に言ったぜ。俺にぴったりのお宝だ……」


 すると、となりで同じようにケース内を眺めていた赤の他人の観覧客が、彼女の独り言に答えるかのようにしてそう言う。


「……?」


 その言葉に、マリアンヌは不思議に思ってそちらへと顔を向ける。


「ん?」


 一方、となりの観覧客の方も無意識に呟いてから気付いたらしく、彼女の方を何気に振り返る。


「ああーっ!」


 次の瞬間、互いの顔を確認した二人は、博物館内であるということも忘れて絶叫した。


 その声に、周りで展示ケースを囲んでいた人々も彼女達に視線を向ける。


「て、てめーは怪盗小娘!」


「あ、あなた、昨日、あの店にいたカルトの東洋人!」


 続けて二人は相手の顔へ人差し指を突き付けつつ、そんな驚きの声を上げる。


「誰がカルトだっ!」


「誰が怪盗小娘よっ!」


 さらにお互い相手の言葉にカチンときて、双方同時に文句の言葉を発した。


 黒いロングコートに黒いターバン、背中に細長い革袋を背負った長身の、人相の悪い東洋人男性……あろうことか、マリアンヌのとなりで展示ケースを覗き込んでいたのは、間違うことなき、あの緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティークで出会った、魔術武器マジック・ウェポンを集めているとかなんとかいう危ない盗賊の男――石神刃神だったのである!


 ……ああ、そういえば、こいつも今日、ここに来るとか言ってたんだっけ。

 マリアンヌはすっかり忘れ去って気にも留めていなかったが、そのことを今更になって思い出した。


「……てめえ、なんでここにいんだよ?」


 刃神はひどく陰剣な目付きでマリアンヌを見つめ、ようやく周りに配慮して小さな声で彼女に尋ねる。幸い周囲の観衆は既に興味を失ったらしく、二人に対して注意を払ってはいない。


「な、なんでって……昨日、話を聞いて、せっかくだし、あたしも一応、見に行ってみようかな~って思っただけよ。別に深い意味はないわ」


 マリアンヌも囁くように声を潜め、自分もこのエクスカリバーを狙っていることなどおくびにも出さずに、そんな下手な嘘を吐いて誤魔化そうとする。もし、この男にそうと知れれば、面倒なことになるのは必須だ。


 「あんたは何? やっぱり〝仕事〟の下見にきたの?」


 そこで何か突っ込まれる前に攻め手に回ろうと、今度はマリアンヌの方が間髪入れずに尋ね返す。


「まあな……まさかてめえ、人のお宝に手出すつもりじゃねえだろうな?」


 だが、刃神は答えながらも、いっそう疑い深い眼差しで彼女のことを睨みつけてくる。


「ま、まさかあ……昨日も言った通り、あたしはこんな眉唾モノに興味はないわ」


 ……嘘だけど……これは早々仕事に取りかかった方が良さそうね。


 口に出した言葉とは裏腹に、マリアンヌは心の中でそんな悪知恵を働かせる。


「そうか……なら安心だ……」


 ……怪しいな。こいつは早えとこ手に入れねえと危険だな。


 同じく刃神も、口では納得したように言いながら、内心では100%、マリアンヌに対しての疑念を固めている。


「それじゃ、あたしは今日中にロンドンへ帰らなきゃならないし、あんまり長居してられないんでこの辺で。では、ごきげんよう」


「ああ、そんじゃな。俺はもう少し下調べしてくぜ……ま、すぐにでも仕掛けるってわけじゃねえけどな」


 二人はお互い心の中で微妙な駆け引きを演じつつ、まるで牽制し合あうかのようにそそくさと挨拶を交わして早々に別れた。


 刃神は展示ケース内のエクスカリバーへと視線を戻し、マリアンヌは彼に背を向け、二階ホールにある他のケースの方へ歩いて行く。


 このフロアには、エクスカリバーの納められたもの以外にもいくつかのケースがあるのだが、その中には宝石を散りばめた黄金の王冠やら、天辺に十字架の付いた金銀細工の王笏やら、同じく十字架のちょこんと突き出した豪華な球体――宝珠やらといった、戴冠式などでも用いられる王の証〝レガリア〟の三点セット、それに角杯、指輪、首飾りなど、エクスカリバー共々トゥルブ家に伝わる〝アーサー王の所縁の品〟が展示されているのだ。


 エクスカリバー以上に本物かどうか胡散臭い代物ではあるが、金銀やアンティーク・ジュエリーなどが多分に使用されているため、こちらの方がマリアンヌとしては心惹かれるものがあったりもする。


 そして、マリアンヌと刃神の二人は再び相手の方へ視線を向けることもなく、お互いアーサー王の宝を見つめたまま、それぞれに決意表明でもするかのように小さな声でぼそりと呟いた。


「あいつの先を越してやるわ……決行は今夜よ」


「先を越されてたまるか……今夜決行だ」

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