第14話 ぼくらのように自由にして④

 固唾を呑んで試合を見守っていたアリスは、クロムがシェリーに向けて剣を振るうのを見て最悪の結末を想像してしまい、咄嗟に手で両目を隠してしまった。

 そして鈍い音がしたかと思うと、観覧している生徒達から悲鳴が上がった。だが、それは直ぐに困惑した声へと変わる


 アリスは恐る恐る手を退けてフィールドを見た。

 苦い顔をしているクロムが、剣を押し込もうとしている。力んでいるのか、彼の腕は小刻みに震えていた。


 ――その刃は、シェリーの身体に傷一つ付けていない。


 一体どういうことだろうか。どう考えても防御が間に合う訳がないし、彼女が得意としている影を操る魔法を出す暇もなかっただろう。

 アリスは身体をできる限り前に出し、目を凝らした。



「あっ……!」



 種に気付いたアリスが、つい声を上げる。

 後ろの席のエドワードが、「気付いたか」と楽しげに言った。



「氷の盾……」



 シェリーの右脇腹辺りで止められたクロムの剣は、確かに迷うことなく彼女を切るはずだった。

 しかしそれを、シェリーは防御し切れる最低限の大きさの氷で以て防いだのだ。


 シェリー自身が持つ魔法属性とは異なる水属性の魔法であるため、恐らくあの盾は現在彼女が無詠唱で出すことのできる、限界の大きさなのだろう。

 だが発現させる場所、タイミング、一歩間違えればクロムの剣がその身体を傷付けていた。物凄い決断力と、精神力だ。

 友人の底知れない強さに、いけないと思いつつも顔を強張らせる。すると、エドワードが「ははっ」と笑い声を上げた。



「無詠唱で他属性の魔法を使用し、その状態まで変化させるか。空恐ろしいな。クロムも同年代の奴等に比べたらかなり優秀なんだが、更にそれを上回るとは。本当にどこまでも……」



 振り返ったアリスは、独り言のように話すエドワードの目がギラギラと好戦的に輝いているのを間近で見てしまいおののいた。

 前回のアメジスト寮の演習の際も思ったが、エドワードはシェリーと戦ってみたいのではないだろうか。教師と生徒としてではなく、同じ魔法士として。

 アリスは無意識の内に問い掛けていた。



「……エドちんは、シェリーちゃんと戦いたいと思う?」



 問われたエドワードは、いつかのクロムのようにきょとんと子供のような顔をした。



「そりゃあ、一回位はってみたいよな。大なり小なり、魔法士は自分の力を示したいもんだろ? 強さに誇りがあるなら、尚更。それに、俺達四大騎士の一族は過去、そうやって身を立ててきた。他の奴等以上にその思いは強いと思うぞ。……ま、四大騎士に生まれたが故の、一種の刷り込みみてぇなもんなんだろうが」



 そしてエドワードの話を噛み砕いたレイチェルが、雑に纏めた。



「要は根っからの、ただの戦闘馬鹿ってことね」



「確かに、クロム君もそんな感じだよねぇ」



 レイチェルとミリセントがエドワードの話に適当に相槌を打つ中、フィールドではシェリーとクロムの試合が続いている。



 シェリーは氷の盾に更に魔力を通わせ、クロムの剣共々凍らせた。クロムが驚愕の表情で、手元に視線を下げる。

 己の失策に気付いたクロムが視軸を戻す前に、シェリーは瞬時に氷の盾を自ら水へと変化させ、剣の拘束を解く。クロムの体勢が前傾に崩れた。


 その隙を見逃すはずもなく、シェリーが無防備になったクロムの鳩尾目掛け、右足を蹴り上げる。

 ただ見ているだけのアリス達の方が、つい呻き声を上げてしまった。エドワードが食い入るようにフィールドを見詰め、無意識に鳩尾へ手を当てている。


 もろに入ったそれに、クロムが嘔吐えずきながら後退した。

 そしてシェリーから距離を取ると、その場に片膝を突く。吐き戻すまではいかないものの、気分が優れないのか顔色が良くない。

 しかしシェリーを睨み付ける深い緑の瞳は、戦意を失っていなかった。



 ふらつきながらも立ち上がったクロムの魔力が、陽炎のように揺らぐ。先程までとは異なる魔力の波長に、シェリーは警戒心も露に目を細めた。

 クロムの背後でビシリ、ビシリ、と空間が割れた。無数に開いた穴から剣の柄のようなものが現れる。


 これを見て穏やかでないのはエドワードだ。

 前のめりになってアリス達の隙間から顔を出すと、「げっ」と顔を歪めた。



「アイツ、ほんの二日間であれをものにしやがった……」



「――あ、あの模擬戦の時の!」



 エドワードとクロムの模擬戦は記憶に新しい。

 現れた剣の数から考えても、クロムはエドワード程あの魔法を使いこなせてはいない印象だが、ただの一度見ただけでその数日後には行使できていることを慮ると、十分だろう。

 クロムはフィールドに散在する剣の一本を掴むと、二体の分身を創り出した。

 まるで彼とエドワードの模擬戦を思い起こさせるそれに、エメラルド寮の生徒達が歓声を上げる。


 すると、分身のクロムをまじまじと観察していたエドワードが「そういうことだったのか」と、したり顔で呟いた。

 アリスが「どうしたの、エドちん?」と尋ねると、エドワードは目線をフィールドに向けたままに言った。



「分身クロムを形作っているのは、水。――あれは水属性の魔法だ」



「あれが?! 本物のクロム君そっくりなのに?」



「水傀儡とでも言えば良いのか……なら、色々と納得だ」



 シェリーの魔法のように、影を操っていた訳ではなかったのだ。

 しかし、まさか水でできたものだったとは。

 よくよく思い返してみれば、試合中クロムの分身達は、まるで空気に溶けるように消えていた。あれは状態を蒸気に変化させていたのだろう。

 それに気付くと同時に、クロムの同い年とは思えない高度な戦い方に、アリスは胸が熱くなった。



「凄い……魔法って凄いね、エドちん!」



「ああ、凄いだろ? ――じゃあお前等、ここで俺から一つ問題だ」



「何?」



「どうしたのぉ、エドちん?」



 ちらちらとシェリーとクロムの試合模様を気に掛けながらも、レイチェルとミリセントが後ろを振り向いた。

 教え子達の視線を一身に受けたエドワードが、どこか得意気に人差し指を宙へと向ける。



「クロムや俺が使った、あの空間から剣を出す魔法、あれは何魔法だと思う?」



「エドちんの属性魔法じゃ……あぁ、火属性だっけ? なら違うわよね」



 真っ先に答えたものの、途中で解答が間違っていることに気付いたレイチェルが、口元に手を当て考え込む。

 次に、意気込んだアリスが授業のように手を挙げて答えた。



「し、召喚魔法!」



「おいおい。召喚魔法は精霊とか、妖精とか、生きてると定義されるものを召喚するためのものだぞ」



「剣の形をした妖精だった!!」



「いや、ちげーよ」



 大喜利染みたやり取りをするアリスとエドワードを尻目に、ミリセントがこてんと小首を傾げた。



「常用魔法だよねぇ? 空間を広げたり、狭くしたりするの」



 まさかミリセントがあっさりと正解するとは思っていなかったのか、エドワードは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 そして残念そうに肩を落とす。



「えぇ……お前、そんなに直ぐに正解するなよ」



「へぇ、常用魔法なのね。ミリィは何で知ってたの?」



「二人には前に話したよね、サルバス=フォレうちのツリーハウス。『』。だから多分同じ魔法なのかなって」



 ミリセントの解説を聞いたエドワードが「ああ、あそこか。じゃあ正解するわな……」と、疲れた様子で溜め息を吐いた。

 エドワードはフィールドへと視線を戻し、クロムをその瞳に映す。

 フィールドではクロムの分身体がシェリーへ剣を振り下ろすも、防御魔法で防がれていた。



「……クロムは確かに優秀だ。アイツはああ見えて、結構努力家だしな。だが、相手はそれを簡単に上回ってみせる才能がある」



「エドちん……」



「勿論、シェリー・クランチェが努力してないとか、そういうことを言いたいんじゃない。だが自分ではどうしようもない、いくら願おうと、望もうとも、どうにもならない……持って生まれたものってのがあるとは、俺でも思う――悔しいことだがな」


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