第16話 絶対内緒、秘密だよ③
閉会式の後、テラスト魔法学校の生徒は各々解散になった。アリスも寮に戻ろうと、ミリセントとレイチェルと共に帰路に着く。
「おい、アリス・ウィンティーラ」
途中声を掛けられ振り向いた先には、同寮のエミル・マティスとコニー・ブラウンがいた。
「二人共、どうしたの? 私に何か用事?」
アリスが首を傾げて尋ねる。
アリスとエミルとコニーという、仲が悪い訳ではないが同じ寮という以外には接点が殆どない組み合わせに、一緒にいるミリセントとレイチェルも不思議そうな顔をした。
「……とても不本意なんだが」
「うん?」
「アイツの、クロムの見送りが、今ならできるそうだ」
眉間に皺を寄せながら顔を顰めて話すエミルに、アリスはつい吹き出してしまう。
そもそも、クロム達交換留学生がテラスト魔法学校を出立する時刻は生徒達に知らされていない。担任のエドワードや、他の教師に尋ねなければ知るはずのない情報だ。新聞部のコニーが知っていた可能性も有るが、それならばレイチェルが真っ先にアリス達に話すはずである。
笑い出したアリスをエミルが鋭く睨む。アリスは彼の機嫌をこれ以上損ねないよう、表情を引き締め「じゃあ一緒に行こうかな」と頷いた。
二人のやり取りを見ていたレイチェルが「じゃあアタシ達は先に戻ってるわ」とあっさり言い、ミリセントもそれに追従する。
アリスは二人も一緒に来るものだと勝手に思っていたので、パチパチと目を瞬かせた。
「本当に仲良くなった人達に、見送られた方が嬉しいでしょ。アリスがいつアイツと仲良くなったのかが疑問だけど」
「折角だし、私もその方が良いと思うよぉ。行ってらっしゃい、三人共」
そうして彼女達と別れたアリスは、エミル、コニーと共に正面玄関へと向かった。
正面玄関に到着すると、シルヴェニティア魔法学院の生徒達が既に顔を揃えていた
アメジスト寮の生徒達は影も形もない。先程まで熱い試合を繰り広げていた仲だ。当然彼等も見送りをするものと思っていたので、少し拍子抜けした。
クロムはアリス達に気付いた様子はなく、二年生のマリー・エリミールと何事かを話していた。
年相応の顔で笑っている彼に、懐いているのだなと何故かほっとした。
ふと視線を下げると彼等の手には箒が握られており、その存在をまざまざと主張している。
テラスト魔法学校から彼等の学院までは、国境も跨ぐためかなりの距離があるはずなのだが。親善試合も終了したばかりだというのに元気があるというか、体力が有り余っているというか。
アリスが思わず顔を引き攣らせると、隣のエミルが「脳味噌に魔力しか詰まってないのは、クロムだけじゃなかったんだな」と、良く分からない点に納得していた。
クロム達から少し離れた場所で、両校の校長達が話し込んでいる。
彼女達の会話が終わるまでが別れの
クロム達に歩み寄ると、後輩達の会話に参加せずどこかをぼーっと見ていたアイリスが、アリス達に真っ先に気付いた。
アイリスがクロムの背中を指先でつつく。それに鬱陶しそうに顔を上げたクロムが、アリス達の存在を視認しぽかんと口を開けた。
「お前等、」
「お疲れ様、クロム君」
「フン、見送りに来てやったぞ。クロム・フォン・ゴード」
「もう出発しちゃったかと思ったよ。間に合って良かった」
アリス、エミル、コニーが次々と声を掛けるが、クロムは信じられないとでも言うように、はくはくと口を開閉させる。
「クロム君、お友達が出来たんだね! 良かったね」
マリーが我が事のように嬉しそうに微笑むと、クロムが思わずといった風に小さく頷いた。
「そっかぁ、偉い偉い」と背伸びをしたマリーに頭を撫でられるクロムはしばらくされるがままだったが、アリス達の生温かい視線に気付き、マリーから距離を取った。
そして一つ咳払いすると、何時もの斜に構えた態度で言った。
「何だ、来たのか」
「ボクはコニーに誘われただけだ」
お互い憎まれ口を叩き合うクロムとエミルに、コニーが囁く。
「本当はね、僕以上にエミル君が見送りに行きたいって言ったんだよ」
「ふふっ、そうだろうね」
アリスはそこまでエミルのことを知っている訳ではないが、彼とは半年近くクラスメイトとして共に過ごしたのだ。
確かにエミルは不器用なりに優しい一面もあるが、積極的に他人の世話を焼くタイプではない。どちらかと言えば他人にも自分にも厳しい。
切欠があったのか、二人に何か通ずるものがあったのか。そこは分からないが、アリスはそれ以上考えるのを止めた。そういうのはお互いが分かっていれば良いだけの話だ。
アリスが物思いに耽っている間に、彼等のやり取りは終わっていた。続いてコニーが、別れの挨拶と共にクロムと握手をする。
それすらも終えると、クロムがアリスへと向き直った。
「完敗だった」
一体何の話か解らず眉を寄せかけるも、彼の口振りからそれがシェリーとの試合を指しているのだと察した。
「一回だけの試合では、シェリー・クランチェを見極めることはできなかった。もっとだ。もっと強くなりたい。シルヴェニティアで。だって――」
「「魔法士とは、そういうものだろ?」」
アリスとクロムの声が一つに重なった。
「何で分かった」とクロムが拗ねたように鼻を鳴らす。アリスは思わず笑みを溢した。
「戻ったら特訓だ。これからはシェリーの戦い方が、より具体的にイメージできるしな。そして、次こそは勝つ。いずれ、俺がゴード家当主になるまでに。主君より弱い騎士に、意味はないからな」
どこまでもストイックなクロムに、眩しさを覚える。
そんな、自分にはないものを持っている彼にある種の尊敬の念を抱きつつ、アリスは言った。
「あの礼の意味、エドちんから聞いたよ。本気だったんだね」
「エドちん? ……ああ、エドワード・フォン・アレスな。当然だろ、あれは騎士の礼の中でも最上級だ。そう軽々しく行って良いものではない」
「……うふふ。あの時のクロム君、格好良かったよ」
すると、傍らで二人の会話を聞いていたマリーがころころと笑う。
それに便乗して、アイリスが呆れた口調で続けた。
「あんなに観衆に囲まれた場所で、あの礼が出来た君は凄い。ボクには無理だ」
「目立ちたがり屋だもんね、クロム君」
「――アンタ等、うるさいぞ!」
女子の先輩達に良いようにからかわれているクロムの姿にエミルは鼻で笑い、コニーが苦笑する。
何だかそのやり取りがとても可笑しくて、アリスは明るい笑い声を上げた。
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