第28話 ぜんぜんフェアじゃないのよ③

 シェリーの先導で、アリス達は来賓の控室がある通路へと向かう。

 彼女の背中について歩きながら、ロゼオに会ったら言わなくてはと、長らく胸に秘めていた思いを告げる。



「ロゼオさん……!」



「うん?」



「ジェリービーンズと紅茶の組み合わせ、美味しかったです!」



 アリスの宣言に目を輝かせたロゼオは「そうだよね、美味しいよね」と、嬉しそうに何度も頷いた。

 ジェリービーンズと紅茶。その組み合わせに身に覚えのあったシェリーが、はっと口元を押さえる。

 彼女も同類だ。あれだけ無心に食べていたのだから。



「……君、道案内をありがとう。お名前を伺っても?」



 「どうして今?」という謎のタイミングでロゼオに素性を尋ねられ、シェリーはまごつきながらも「シェリー、クランチェ……です」と、取って付けた敬語で言った。



「『クランチェ』……ああ、ジルの所の娘さん。君がそうなんだ。彼、今日は四大貴族の枠で来てるから控室にいるよ」



「そうですか」



 興味なげな、関心の薄い声音でシェリーが応える。

 クランチェ家の複雑怪奇な距離感と、対等の立場とは言え四大貴族の当主に対し、素っ気ない態度を取るシェリーにはハラハラさせられる。

 ロゼオは全く意に介していなさそうだが、アリスとしては気が気でない。

 それがシェリーにとっての通常運転なのは解っているが、如何せん心臓に悪かった。




 四大貴族の控室は、アリス達の控室から本当に正反対の場所に位置していた。

 控室の側の壁に貼られた『四大貴族様控室』と大きく書かれた紙が、寂寥感たっぷりに揺れる。


 御手洗がどこにあるのかは知らないが、これを見落とすのは中々難しいだろう。……実際、ロゼオは見逃したのだが。


 先頭のシェリーが、扉をノックした。

 四大貴族の控室であるというのに、彼女は表情一つ変えもしない。元々物怖じするようなタイプでもないが、自身も同じ四大貴族だからか、それとも単純に性格なのか。



「はい、どちら様――」



 自室にいるかのような気安い応答の後、目の前の扉が開く。

 顔を出したのは、アリスも見覚えのある人物だ。



「――ジル?」



「……シェリー? どうした?」



 偶然にも顔を合わせることとなったジルとシェリーが、お互いに驚いた顔をする。

 ジルはシェリーの名前を口にしてから、室内に素早く視線を向けた。


 振り返ったジルの視線の先。

 そこには長い金髪を項の辺りで一括りにした、赤い瞳の男性がいた。彼はアリス達に一度として目を向けることなく、険しい顔でグラスを傾けている。


 更にその奥にはテラスト魔法学校校長シャン・スタリアの右腕、ゲイン・フリージアが大きくなり年齢を重ねたらこうなるだろうなと思わせる、彼そっくりの男性が興味深げにシェリーを観察(そうとしか表現できない、からかい混じりの視線だった)していた。

 シェリーはそのような類いの視線には慣れっこなのか特に気を悪くするでもなく、養父に来訪の理由を淡々と告げた。



「クラウド家の御当主をお連れした」



 シェリーが場を譲ると、ロゼオが控室に入る。



「いつまでも戻って来ないと思ったら……君、直ぐそこの手洗いに立ったんじゃなかったか? 何故生徒の方の控室まで行くんだ……?」



 ジルの目が『そこ』の方角を向くのを見て、アリスも釣られて視線を向ける。

 今いる控室からほんの数メートル行った先に、御手洗いがあった。


 ロゼオはジルの苦悩の呻きもどこ吹く風で、マイペースに如何にもオーダーメイドの、高級そうなテーラードジャケットのポケットをごそごそと漁る。

 すると彼は突然、アリスとシェリーに「手を出して」と言った。


 顔を見合わせて首を傾げた二人だが、ロゼオに大人しく従った。

 彼女達の手の平に、飴の包みが二つずつ乗せられる。


 馴染みある、Mr.アダムスの飴だ。


 アリスが「高級ジャケットから出されるとは、この飴も思ってなかっただろうな……」と遠い目をしていると、ロゼオが何を勘違いしたのか「キャラメル味は嫌だった? バニラ味もあるよ」と今度は反対側のポケットを漁り始めたので「キャラメル味大好きです!」と止めさせた。



「……じゃあ、オレ達はこれで。行こう、アリス」



 そう言ってロゼオに頭を下げたシェリーは、養父であるジルと話をする訳でもなく、颯爽とその場を後にする。

 それを追うべく、アリスもさっと会釈して踵を返した。その際にロゼオが小さく手を振ってくれたので、アリスも振り返す。



「――シェリー、アリスさん」



 ジルの引き留める声に、さすがのシェリーも足を止めて振り返った。

 彼は言葉を探すように視線をさ迷わせ「君には、君達には余計なお世話かもしれないが……」と前置きし、真っ直ぐにアリス達を見詰めた。



「健闘を祈っている。……行ってらっしゃい」



「……あ、」



「ありがとうございます。……シェリーちゃん」



 シェリーの目が大きく見開かれる。

 呆然とする彼女に代わり、アリスが先に口を開いた。

 だが、肝心のは言わない。その台詞はシェリーが言うべきだ。多分、ジルもそれを望んでいる。




「い……いっ、てきます……」




 蚊の鳴くような声を絞り出したシェリーは、足早に歩き去って行く。

 アリスはジルに再度頭を下げ、揺れる銀糸を追いかけた。彼が微笑んでいる気配を、背中越しに感じた。






 義娘とその友人の後ろ姿を見送り、ジルは控室の扉を閉めた。

 ロイを顧みると彼は眉間に皺を寄せ、テーブルの一点を睨んでいる。

 壁に寄り掛かって立っていたアーシェ・フリージアが、止せば良いものをロイに向かって余計な口を利いた。



「彼女、瞳の色以外は余り貴方に似ていませんねぇ」



 ロイの眉間に更に皺が寄る。これに関してジルが口を挟むとお互い角が立つので、ジルはこの話題が早急に去るのをじっと待った。

 ロイはアーシェを眼光鋭く睨み付けるが、彼には全く効果がないようだ。アーシェは意地が悪そうに、唇の片端を引き吊らせる。

 相手にするだけ無駄と思ったか、ロイが深々と溜め息を吐いた。



「母親似だろう……良く似ている」



 揺れる声音に、ジルは目を伏せる。


 今は亡きシエル・フォード。

 彼の妹であり、現在は四大貴族クランチェ家の養女となったシェリー・クランチェ。


 四大貴族フォード家当主――ロイ・フォードは彼等の実父だ。


 そしてロイは学生時代からのジルの友人でもあり、同じく四大貴族の当主として苦労を分かち合える得難き親友でもある。

 しかしジルがシェリーを引き取ってから、以前のように穏やかなだけの関係ではいられなくなってしまった。


 ジルは記憶の引き出しを片っ端から漁り、シェリーの母親である女性の顔を思い浮かべるが、矢張明瞭ではない。


 ロイはそれ以上口を開かず、無言でグラスの残りを飲み干す。

 その傍らで、ロゼオが飴を噛み砕く音がやけに大きく響いた。

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