第28話 ぜんぜんフェアじゃないのよ④
ロゼオを四大貴族の控室へと送り届けたアリスとシェリーは、エメラルド寮の代表チームに与えられた部屋で静かにその時を待っていた。
最初は時計を見て「試合始まったね」等と話していたが、いざ時が進むにつれて次の試合は自分達であることをひしひしと感じ、アリスは緊張から口数がどんどん減っていく。
アリスが話さないとなると、エミルもシェリーも自分からは話すタイプではないので、控室には重苦しい沈黙が横たわっていた。
突然、わぁという大きな歓声が響く。
熱に浮かされたような大音声は、明らかに場内からだ。控室にまで届いたそれに、試合の勝敗が決したのだと悟る。
そこから十分程して、ノックと共にエドワードが顔を見せた。
今度はちゃんとエドワードであったことに、アリスは少し安心する。
「お前等の番だ。行くぞ」
短く促され、アリス達は立ち上がった。
エドワードの後ろをついて歩きながら通路を進む。砂色のマントが翻るその背に、アリスは尋ねた。
「エドちん、どっちが勝ったの?」
「ガーネット寮だ。可哀想に。サファイア寮生はこれから、シューゲル先生のしごきに付き合わされるだろうな」
懲りずにガーネット寮のチームについて尋ねるアリスだが、エドワードは矢張「騎士道精神に反する」と言って口を割らなかった。
大雑把な癖に、こういう時ばかりは真面目なのだ。
選手入場口手前まで来るとエドワードが振り返り、「放送委員が呼んだら、それを合図にフィールドに出ろ」と、些か緊張した面持ちで言った。
それを見たら、少しだけ肩の力が抜けた。
アリスはエドワードに頷くと、エミル、シェリーと目を合わせる。
「――私、頑張るね!」
「そこは『皆で頑張ろうね』じゃないのか?」
エミルの突っ込みに、シェリーが薄く笑う。
放送委員の『それでは次の試合、エメラルド寮対トパーズ寮。選手入場です!』という元気な声に三人は表情を引き締めた。
「ほら、行って来い」
そしてエドワードが見送る中、アリス達は演習場のフィールドへと足を踏み出した。
意気揚々とフィールドへ出たのは良いが緊張がぶり返し、今にも意識を失ってしまいそうだ。
「ひえぇ……人がいっぱいだぁ……」
「周りを見るな。あれは皆、芋だと思え。多少賑やかな芋だ」
「芋と考えるには、少々数が多過ぎないか……?」
エミル流緊張の解し方に、シェリーが首を傾げる。
この二人は全く緊張してなさそうで、アリスは羨ましく思った。
アリス達がそんな会話を繰り広げている真っ最中にも、放送委員は自分達の仕事を全うしている。
『エメラルド寮代表チームはアリス・ウィンティーラ選手、エミル・マティス選手、シェリー・クランチェ選手です。対してトパーズ寮――』
アリス達とは反対の選手入場口より姿を見せたトパーズ寮の代表チームは、男子生徒一人に、女子生徒二人だった。
演習場の中心、白線を境に向かい合う両チームに審判役のジストが静かな口調で言う。
「……ルールを説明する。此度の御前試合では使用する魔法に制限はない。だが魔力制御の魔法具を着用している場合、それらを外すのは禁止とする」
視線を向けられたシェリーがこっくりと頷く。
「勝利条件は『相手の肩から上を地に付ける』若しくは、私が戦闘不能と判断した場合だ。だが致命傷となる怪我を負わせるような、危険な行為は断じて禁止だ――以上、君達の健闘を祈る」
生徒達がルールを理解したのを確認すると、ジストが安全な場所まで離れる。この間に、生徒達はそれぞれの位置に着いた。
銀の笛を手にしたジストが、右手を高々と上げる。
「それでは御前試合二試合目、エメラルド寮対トパーズ寮――始め!」
短い笛の音が響き、試合が始まった。
アリスはエミル、シェリーの目になれるよう相手チームの動きを観察する。
その刹那、トパーズ寮の生徒が前振りもなく動き出した。三人は、真っ直ぐにアリス達へと突っ込んで来る。
相手チームの男子生徒――身長が高く、体格の良い生徒だ。彼を止めるために、エミルが飛び出した。
シェリーは女子生徒二人――栗毛のボブカットの少女と、長い黒髪の少女と対峙する。
「シェリー・クランチェ! 貴女が代表チームに勝ち上がるのは承知の上。貴女のことは、徹底的に対策済みよ!」
栗毛の少女が居丈高に言うと、少女の手から炎が生まれ、シェリーを襲う。
シェリーは爪先で地面を叩き、土属性の魔法陣を展開させた。現れた土壁が炎を退ける。
シェリーはその間に、もう一人の黒髪の少女を相手取った。
「――対策した所で、勝てなければ意味がない」
少女達の影から、闇を纏う魔物の腕が出現した。
一本だけではないそれに、捕らわれるのを嫌った女子生徒達は後退せざるを得ない。
シェリーの方は余り問題はなさそうだ。
アリスはエミルに視線を向け、二度視した。
何だ、あの体格差は。
確かに、エミルはそんじょそこらの女子よりも小柄だが……あれではまるで大人と子供だ。
――否。
そうではない。いや、エミルがあの男子生徒より小柄なのは間違っていないのだが……それにしては不自然過ぎる。
補助魔法――身体強化の魔法だろう。
恐らくは筋肉を限界まで発達させて、身体を大きくしているのだ。
その手はゴツゴツした岩に覆われていた。重量のあるだろうそれを、彼は軽々と振るっている。
一つ一つの動きは遅いためエミルは余裕の表情で拳を躱してはいるが、このままでは体力が持たないだろう。
エミルが得意とする光の弓矢も、あれでは筋肉の鎧に弾かれてしまう。
ならば彼にも補助魔法を掛け、身体強化を施してやれば良い。
あの分厚い筋肉を貫くには腕力が必要だ――だとすれば。
「エミル君にも腕の筋肉が欲しいよね……!?」
「いらん! 腕だけ発達してても、気持ち悪いだけだろ!!」
口に出ていたのか、大きすぎる独り言に返事をされてしまった。
エミルと相対する男子生徒が、悲しげに眉を下げた。とんだ流れ弾を食らわせてしまい、大変申し訳ない。
じゃあと、アリスは彼の下半身に補助魔法を掛けてやる。もちろん、ムキムキにした訳ではない。
エミルが高く飛び上がり、男子生徒を翻弄する。元々のすばしこさに加えて、補助魔法での強化だ。目の前をちょこまか飛び回られては、堪ったものではないだろう。
いい加減鬱陶しくなったか、男子生徒は自身の頭上を飛び越えようとしたエミルの足に、両手を伸ばした。
その様は端から見れば小さな子供が蝶々を捕まえるようで、とても来賓の者に見せられたものではなかった。
エミルが待っていたとでも言うように、皮肉気な笑みを浮かべる。
エミルは自身に伸ばされる手を文字通り蹴散らすと空中で一回転し、男子生徒の手を彼の頭頂部で一纏めに押さえ込んだ。
そして今度は押さえ込む自身の左手を軸にして身体を回転させ、一瞬の内に男子生徒の手の甲に乗った。まるで曲芸だ。
それだけでは終わらず、エミルは男子生徒の頭上に立ったまま、常用魔法で自重を変化させた。
手の甲一点のみでエミルの体重を支えることとなった男子生徒は、首を防御するために全力で抵抗する。
だが魔力量の差か実力の差か。ナックル代わりにしていた岩の塊が、男子生徒の頭部にゴツゴツと当たり始めた。
これには男子生徒も参ったのか、彼は苦悩しつつも属性魔法を解除した。
だが、そこを見逃すエミルではない。
エミルは自重をそのままに、男子生徒の頭部から下りる瞬間踵落としを極めた。あれは指が折れているかもしれない。確かに致命傷ではないが……。
男子生徒が、堪らず膝を突く。脳震盪を起こしでもしているのか、立ち上がる気配はない。
――しかし膝立ちの状態からは微動だにせず、倒れる様子もなかった。
「……しぶとい奴め」
舌打ちをしつつ悪役のようなことを言うエミルが、男子生徒を確実に戦闘不能にするために魔法を浴びせようとした時。
闇属性の魔法がエミルを襲う。
魔力の流れに勘付いた彼は間一髪で避けたが、その魔法の出所にエミルだけではなく、後衛のアリスまで驚愕した。
「――あ……?」
今の今まで女子生徒二人を相手取っていたシェリーの左腕が、魔法陣を伴ってエミルの方向へと向いていた。
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