第13話 できたばかりの不思議な話

第13話 できたばかりの不思議な話①

 アリス、クロム、エミル、コニーの四人は、エメラルド寮の入り口を抜け、暗い廊下をゆっくりと進んでいた。

 見回りの教師に見付かると面倒なので魔法も使えず、足元が心許ない。



「そういえば、何で急に肝試しなの? 季節外れじゃない?」



シルヴェニティア魔法学院うちの学校には七不思議があるが、テラストにもあるのか気になったんだ。折角だし、思い出作りでもしようかと思ってな」



「それに付き合わされるボク達の気持ちにもなってみろ……」



 エミルが不機嫌そうに洩らし、欠伸を噛み殺した。

 コニーは深夜の学校が珍しいのか、キョロキョロと忙しなく辺りを見回している。



「ねぇコニー君、この学校にも七不思議ってあるんだよね? どんなのがあるのか知ってる?」



「えっと、これで合ってるかは分からないけど……確か西棟の何回数えても数が合わない階段、生物室に出る人影、南棟の教室に出没するゴースト、夜に笑い出す歴代校長の肖像画、図書室に現れる、題名も何も書かれていない白い本。ページの最後には自分の死に様が書かれているんだって。あとは理科室から聞こえる不気味な声。そして東棟の男子トイレの三番目の個室に、過去そこで自殺した先輩のゴーストが出る……じゃなかったかな? でも確か南棟の教室に出るゴーストは、ガーネット寮の生徒だったんだよね? レイチェルさんと一緒に取材に行ったから、会ったことがあるんだ。僕が知ってるのはこれだけだから、厳密に言えば七不思議じゃなくて六不思議だね」



 南棟のゴーストとは、十中八九カーミラのことだろう。

 レイチェルが書いた新聞記事で、カーミラの事情はある程度伝わったものと思っていたのだが、矢張目を通さない者もいるのだろう。難しいものだ。

 それはそうとして、アリスには一つ気になった七不思議があった。



「生物室の人影って?」



「見たことのない男の人が、稀に生物室の窓際に立ってるんだって。学校の先生でもないらしいよ」



「でも、あそこはシューゲル先生の教官室があるよ? そんな人がいたら、先生が真っ先に気付きそうだけど……」



「そう、だから七不思議なんだよ。シューゲル先生には視えてないのか、視えた上で無視してるのかって」



「それだとむしろ、シューゲル先生の方が七不思議じゃないかな……? ゴーストを無視する教師的な」



「確かに……!」



「お前達の話を聞いてると、頭が痛くなってくる……」



 テンポ良く進む馬鹿馬鹿しい話に、エミルがやれやれと肩を竦めた。

 言い出しっぺのクロムはそんな三人のやり取り等我関せずで、意気揚々とした足取りでずんずん先に進んで行く。七不思議否、六不思議のある場所も道も分からない癖に、大した自信だ。

 アリスはその後ろ姿に問い掛けた。



「ねぇ、クロム君の学校の七不思議は、どんなのがあるの?」



「俺達の所は何だったかな……夜中になると校庭の銅像が動く、歴代学院長の肖像画の目が光る、三年の女子トイレの鏡を深夜十二時丁度に覗き込むと、鏡の中に引き摺り込まれる、真夜中に、ないはずの四階への階段が現れる。それはまだ戦争をしていた時代の、今はもうない旧校舎に続いていると言われていて、階段を上ったら最後帰って来られなくなるらしい。あとは男子寮に現れる親切な子供のゴースト。寝坊しそうな生徒を起こしてくれたり、失くしたものを見付けてくれることもあるらしい。ただお礼の代わりに時々遊んでやらないと、癇癪を起こされて酷い目に合うって話だ」



 無視されるか「知らない」と一蹴されるかと思いきや、クロムはすんなりと答える。

 途中まで順調に指折り数えていた彼だが、五つ数えた所で視線を宙にさ迷わせた。少しの間そうしていたと思うと、既に折り終えていた小指を立てた。六つ目だ。



「温室に現れる少女のゴースト。元々は学院の生徒で、特に害はない……らしい。部活棟にある開かずの部屋。扉自体が板で打ち付けられていて絶対に入れないはずなんだが、時々生徒がいるらしい。そして最後に、七不思議の全てを知った奴には不幸が起こると言われている」



「……それだと八つじゃないか?」



「――はっ、本当だ」



 エミルに指摘されたクロムの指は、しっかりと三本立っていた。

 六つだったり八つだったり、噂話は不確かなものだ。

 手を振って八不思議を物理的になかったことにしたクロムは、取り繕うようにコニーを振り返り、やけに明るい声音で尋ねた。



「コニー、どこから行けば良い?」



「うーん……まずは階段を降りて東棟一階の理科室、次に同じ階の北棟にある生物室。西棟の数が合わない階段、これは二階にあるんだ。そして三階の肖像画と図書室を回って、今いる四階の男子トイレを最後にした方が良いかな」



「ほぼ校内を一周してるじゃないか……」



 エミルのげんなりとした声に、アリスも内心で同意した。全く、いつになったら寮のベッドに戻れるのだろう。大人しく自室で教科書を読んでいれば良かったと、三十分前の自分を恨む。

 しかし思い出作りという使命に燃えたクロムの歩みは、留まることはない。この場では下級兵士であるアリス達が進軍する上官に逆らえる訳もなく、重い足取りで行軍を続けた。











「理科室は何だったか……不気味な声だったか?」



「鍵も締まってるし、静かだね」



 矢張新聞部の血が騒ぐのか、何だかんだコニーが一番積極的に動いていた。

 彼は今理科室の扉に耳を押し付け、中で音がしないか確認している。アリスとエミルは、それを後ろから関心薄く見守っていた。

 ちなみに扉の鍵は魔法で開けられるのだが、それをすると魔力の痕跡が残ってしまう。万が一教師に気付かれた場合言い逃れできなくなるので、その方法は得策ではなかった。



 アリスは隣で尊大に腕を組むエミルを、ちらりと窺う。

 彼に流れるハーフエルフの血の特徴として、純粋なエルフ程ではないが身体の成長速度が人間よりもゆっくりであることが上げられる。

そのためエミルは、同い年で異性のアリスよりも五センチ程背が低い。見下ろせる異性が今まで孤児院の子供達だけだったアリスには、少し新鮮だった。



「……あの、エミル君」



「何だ?」



「私思ったんだけど、理科室に教官室がある先生ってロジェ先生だよね?」



「……そうだな」



「不気味な声ってさ……」



「皆まで言うなよ、アリス・ウィンティーラ。この世には知らなくて良いこともある」



 『ロジェ先生』とはエメラルド寮の三年生を担当し、ガーネット寮のマグノリア・ホーネットと並んでテラスト魔法学校の名物教師として名前が上げられることの多い、『人間学』を受け持つ教師だ。

 彼は魔力を持たない人間を検体的観点からこよなく愛し、口癖が「解剖したいな!」の少々、否、かなり危ない人物だ。実際に人間を解剖したことはないらしいが、彼のサイドポーチの中にいつもメスが入っているのは有名な話である。

 アリスはこの話を聞いた時、絶対に孤児院の子供達、特にトトには会わせないようにしなければと決意した。



 エミルに食い気味に拒絶され、アリスは言われた通り口を閉ざした。確かに、知らなくても良いことはこの世に沢山あると思う。

 最たる例は、Mr.アダムスのお菓子を誰が作っているかだろう。

 アリスも最初の頃は可愛らしい女性が作っているのだと、夢見ていたこともあった気がする。そのため初めてアダムスと顔を合わせた時は、正直かなり驚いた。しかし余りにも美味しいので、結局誰が作っていようがどうでも良くなってしまった。



「……何も聞こえないね」



「次だ。行く場所が多いから、巻きで行くぞ」



「待って。そっちじゃないよ、クロム君」



 何もないと分かると、クロムが理科室に背を向け歩き出す。諦めが良いというか、何というか。まるで流れ作業だ。

 先を急ぐクロムとそれに付き合うコニーの後を、エミルとアリスは疲れた顔で追った。






 続いて、一階北棟にある生物室。

 こちらも理科室同様、鍵が締まっている。さすがのシューゲルも教官室で寝泊まりしている訳ではなさそうなので、少し安心した。



「鍵も締まってるし、ここも何ともなさそうだね」



「何だ詰まらないな……」



「私は何もない方が良いと思うな」



 「がっかりだ」と肩を落とすクロムに、アリスはそうぼやいた。

 それにいつまでも生物室の前にいると、シューゲルがどこからか姿を現しそうで気が気でない。彼に会えば問答無用で罰則を受けさせられるのは目に見えているので、できれば早急にここを立ち去りたい。欲を言えば寮に戻りたい。



「仕方ない。コニー、次はどこだ?」



「西棟の階段だよ」



「よし、行くか」



 クロムを先頭に、アリス達一行は再度歩き出す。

 何だか冒険小説の登場人物にでもなったみたいだ。旅の目的は彼等のように魔王を倒すとか、世界のため人のため等といった壮大なものではなく、七不思議を確かめるという些末なものだったが。多分、これで救われるのはクロムと、コニーの好奇心だけだろう。

 学生としては健全な青春を送っているのかもしれないが、アリスとしてはベッドの上での安眠を所望したい所だ。

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