第36話 証人を呼べ③
ヨル=ウェルマルク新興国にある『光の御子教』の本拠地、その大広間にて演説をする一人の男がいた。
淡々とした男の声が反響し、大広間に広がって行く。
「御子は自ら私に語り掛けて下さった。彼の人は赤き炎を恐れ、この御代に現れ出ずることができずにいる。我々は赤き炎、その輝きを絶やし御子を迎えん。そう、新たな時が始まる前に」
「御子が光臨されるために、我々は手を尽くさねばならない! 赤き炎――連想するのは一つだ。皆もそうだろう」
「ヨル=ウェルマルクでも屈指の魔法士の一人にして、テラスト魔法学校校長でもあるシャン・スタリア。彼女は我々から光の御子を奪い、世に暗黒をもたらす悪だ。その教え子たる生徒も、悪の手先である!」
――突拍子もない、破綻した理論だ。
滑らかに回る口を動かしながら、男は冷静な頭で思う。
しかし眼前の愚かな信者達は『サーカス』の恐怖に日々晒され限界がきているのか、中には涙ながらに男の演説を聞いている者もいる。
――否。彼等に大切なものを奪われた、多くの人間の内の一人だろうか。
「全教徒に告ぐ。準備を整えよ、 これは光の御子を彼の炎の魔女から解き放つ、戦いである。繰り返す、戦いである!」
「――戦いである!」
「――これは戦いである!!」
「――『光の御子』のために!!」
打ち寄せる波のようだった叫びが、一人また一人と激しさを増して行く。
『光の御子のために』という免罪符を盾に、『悪を裁く己』に陶酔しているようにしか見えやしない。
――本当に、気持ちが悪い。
顔を歪めそうになるのを、男は何とか耐えた。
そもそも論旨がずれているのだが、熱に浮かされた信者達は気付いてすらいない。
――だが、そんなことはどうでも良い。
男にとっての光の御子は、既にここにあるのだ。
ならば信者達が求める『光の御子』など、知ったことではなかった。
『サーカス』に関与している大臣として疑い深い人物の名を上げると、案の定フレデリカは問題の写真を片手に言葉を失った。
「確証はない。彼女の立場とその写真に写るドレスから連想しただけの、単純な想像にしか過ぎない。だから調べる。手を貸してくれ」
「えっ、ええ。私で宜しければ、幾らでもお力になります」
最初こそ動揺した様子ではあったものの、その口振りは正義感の強いフレデリカらしかった。
二人は秘密裏に『彼女』の身辺調査を行った。
怪我から復帰したフレデリカは、今までの分を取り返すかのように精力的に働いた。余りに根を詰めるので、調査を頼んだジルの方が「一息つかないか」と休息を促すこともあった程だ。
調査内容は『彼女』の一日のスケジュールに始まり交遊関係の洗い出し、果てには張り込みまで。
これではまるで探偵の真似事だ。
――そしてようやく掴んだのは。
「毎月、決まった日に決まった額を引き出しています。結構な金額なのですが何か高価な買い物をしているという訳でもなく、この金銭の出所も一切不明です」
「横領も視野に入れた方が良いな。私は彼女の経歴や家族、友人関係を調べたんだが……両親が『光の御子教』の信者だ。それ故、幼い頃から教団に出入りしていたらしい。そして彼女自身も信者だ。また、彼女が『光の御子教』に多額の寄付をしていることが解った」
「では、これは寄付金なのでしょうか。しかしそんな内部事情、よく調べが付きましたね。一体どうやって……」
「運良く、最近『光の御子教』を脱退したという人物に接触できた。彼は寄付金の帳簿の管理も任されていたようだ」
「そんな重職に就くような人物が、何故棄教するのでしょうか。これは私の偏見かもしれませんが、役職に就けるような人物は、皆それに伴って信仰心も厚いものかと」
「……恐ろしくなったそうだ」
「恐ろしく、ですか?」
「教祖が『光の御子』の復活を予言したらしい。他の信者達の熱気ぶり、倫理観のなさが余りに恐ろしく、逆に冷静になったと」
「『光の御子』……神話の中の話では?」
胡散臭げに眉を跳ね上げたフレデリカに、ジルは苦笑する。
清々しいまでに現実的な彼女にとって、何かに縋らなければ生きていけない人々の心情を慮るのは中々難しいのかもしれない。
「フレデリカ、君は『光の御子教』に黒い噂があるのは知っているか?」
「……全国各地から光属性を持つ子供を拐っているという、あの?」
「そうだ。実際に被害に合ったと
ジルは立ち上がり、椅子に掛けていたジャケットを羽織る。
「何にせよ、だ。大臣ともあろう人物が宗教団体に出入りし、金銭を寄付をするというのはこの国の法律に抵触している。よって、ここを突く。任意同行だ。来い、フレデリカ。ようやく掴んだかもしれない奴等の尻尾だ。逃がす訳にはいかない」
表情を引き締めたフレデリカが、真剣な眼差しで頷いた。
第36話 証人を呼べ 完
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