第36話 証人を呼べ②
こちらの作品には暴力、死、グロテスクな描写、また自然災害を想起させる描写を含んでおります。
お読み頂きます際には十分にご注意下さい。
ノースコートリア王国首都ティオロ・ネージュ。
この国の首都は重厚な見た目の建造物が多く、造りがやけに横長だ。建物の規模も大きいものが目に付く。
以前襲撃した都市は同じノースコートリア王国と謂えども、これ程に大きな都市部ではなかったためリーチェは少し気圧されていた。
――どうせ、アタシ達に破壊されることに変わりはないのだけれど。
「これは壊し甲斐があるな」
野蛮さ極まりない台詞と共に属性魔法を放ち、ルークが哄笑する。
彼の魔法を受け、建物の外壁が音を立てて崩れ落ちた。壁を飾り立てる鮮やかな青や緑が鬱陶しい反面、鮮明に意識に残る。
リーチェは、否――『サーカス』は進む。
王宮までの真っ直ぐな道を、まるで凱旋の如く。
恐慌し叫ぶ人々を情け容赦なく屠るルークとミハエルを尻目に、リーチェは民衆を牽制するだけに留めた。
――どうして隣国の首都くんだりまで来て、またこんなことをしなければならない?
『サーカス』の活動範囲は、ヨル=ウェルマルク新興国内に限定されていたはずだ。
――だというのに何故、再びノースコートリア王国を襲う必要がある?
この襲撃がヴァイスの意思だろうとミデンの意思だろうと、その理由が読めない。
――最近の彼等は、解らないことだらけだ。
衛兵達を蹴散らし、先頭を歩くヴァイスが悠然とした足取りで王宮内部へと侵入する。
ヴァイスは襲い来る兵達を小煩い虫を払うかのように薙ぎ払う。後続のリーチェ達は、彼の背中をただただ追った。
一際荘厳な扉を属性魔法の一発で破壊すると、ヴァイスは迷うことなく玉座の間に立ち入った。
王が座すそこは、当然数多の衛兵達によって守りを固められている。彼等はヴァイスが室内へと足を踏み入れたと同時に、次々と魔法を放って来た。
「邪魔だなぁ」
ヴァイスの呟きに呼応し、彼の属性魔法がリーチェ達『サーカス』メンバーの眼前を覆った。
衛兵達の攻撃は『サーカス』に一切届かず、ヴァイスの魔法に悉く呑まれて行く。
ヴァイスは兵達の攻撃を全て防ぎ切ると、闇の守りをそのまま攻撃へと転じさせた。
闇色の防壁から異形のもの達がずるりと現れ、太い手足で以て衛兵達を蹂躙する。
人体を破壊する形容し難い音楽を背景に、リーチェは直ぐ傍で涼しい顔をしている
――澄ました顔しちゃって。
リーチェと王姉弟は年齢こそ近いものの、これといって仲が良い訳ではない。
ミデンがどこぞの村から連れて来たという彼等は、古参の『サーカス』メンバーと打ち解ける間もなくテラスト魔法学校へ潜入した。
よってその存在を受け入れてはいるものの、リーチェにとって彼等二人は未だに読めない人物でもあった。
ヴァイスが属性魔法を解くと、その先には有象無象の赤い華が咲き誇っていた。
いかにも無能そうな顔の髭面の男が、可哀想な程に震えて腰を抜かしている――現国王だ。
小動物のように怯える男は座っていることも儘ならないのか玉座からずり落ち、被っている王冠ですら無様に斜めになっている。
ヴァイスは血溜まりも物とせず、いたぶるように国王との距離をゆっくり、ゆっくりと詰めて行く。
王は破れかぶれに水属性の属性魔法を放つが、それはヴァイスがほんの少し魔力を放出しただけで簡単に無力化された。
「――君みたいなのを、蝙蝠って言うんだろうね」
遂に、ヴァイスの足が国王の眼前、鼻先三十センチばかりの所でピタリと止まった。
彼の顔を仰ぎ見る形となった国王の顔色は、この国には馴染み深い雪よりも白い。
「私達を裏切ってヨル=ウェルマルク新興国と手を組むとは……王位簒奪に力を貸してやった恩を、忘れてしまったようですね」
その言葉で、以前のノースコートリア襲撃が
眉を寄せたリーチェに気付きもせず、ミデンが続ける。
「『サーカス』を排除して、己がのし上がるつもりでしたか? 見た目通り、無能な男ですねぇ」
ミデンは国王の傍に歩み寄ると、耳打ちした。
「『光の御子教』を国教とした、その功績は認めましょう。貴方のような人間でも、それ位の使い道はあったという訳です。良かったですね」
ミデンの台詞を合図に国王、だった者の首が飛ぶ。
鋭い闇色の刃。それはヴァイスの影から伸びていた。
有るべきものをなくしたそこから噴水を連想させる勢いで血飛沫が撒き散らされるが、ミデンは一切の血液を被ることなく、リーチェ達に振り向き様言った。
「さ、貰えるものは手早く貰って行きましょう」
軽い口調ながらも堂々とした宣言に、ミハエルとルークが嬉々として動き出す。
「そういや俺、新しい魔法具が欲しかったんだよな。あるかな?」
「オレはお菓子が食べたい。厨房を探して来る」
言うが早いか、子供のように駆け出す二人の後にヴァイスとミデン、シエルが続く。
書斎を探すのだろう。ああ見えて、ヴァイスは本好きだ。否、本好きというよりは知識を増やすのが好きと言った方が正しいか。
……こんな汚ならしい場所に、いつまでもいても仕方がない。
この国には確か、降嫁していない年若い王女がいたはずだ。年齢もリーチェとそう離れてはいなかったはず。
ならば、王女が持っているアクセサリーや宝石はリーチェに見合うようなものである可能性が高いだろう。時間潰しに見ても良いかもしれない。
まるで街中をウィンドウショッピングするかのような感覚で玉座の間を出ると、リーチェは王女の居室を探し始めた。
身勝手に行動し始める仲間達を尻目に、麗は玉座の間から繋がるテラスへと出た。
外に出た途端に冷たい風が頬を打ち、自身を取り巻いていた血腥さが霧散する。
テラスからは、先程自分達が破壊の行進をしてきた街並みがはっきりと見えた。
至る所から黒煙が上がり、悲鳴や怒号、無辜の民の怨嗟の声がそこかしこから響いて来る。
吹きすさぶ冷風が麗の上着の裾をはためかせ、装飾の鈴を激しく鳴らした。
――これで良いのか。
誰かの声がする。否、それは自分のものに他ならない。
麗はパンツのポケットにそっと触れた。
そこには、彼がテラスト魔法学校に学生として潜入していた時に、夕陽色の少女がくれたネクタイピンが眠っている。
……捨てようと幾度も思ったが、結局手離せなかった。
『アイスラリマーは持ち主が本当に望むことをサポートしてくれる』
いつかに己が言った言葉を思い出した。
彼女は果たしてどういう意図を持って、そんな意味を持つこの石を土産として寄越して来たのか、麗には見当も付かない。
『僕のやりたいこと』――君に、僕の何が解る。
沸々と沸き上がる麗の怒りを引き金に彼の魔力が大気を震わせ、獣の悲鳴染みた異音を上げる。
麗の左半身は徐々に龍の様相を成し、暗い青の瞳に浮かぶ瞳孔が縦に裂ける。
「――落ち着きなさい」
鈴麗の静かな声に、麗ははっと我に返った。
いつの間にか、天気は豪雨へと変わっていた。激しい雨にその身を打ち付けられ、髪からはしとどに滴が落ちる。
それは隣に立つ鈴麗も同様で、彼女の衣服は雨ですっかり重くなり、たっぷりとした袖の白は萎れた百合のようにも見えた。
ティオロ・ネージュを黒く厚い雲が覆っている。上空から轟く低い唸り声に、雷の気配を感じた。
この一寸先も見えないような豪雨は地上に落ちるとやがて行き場を失くし、一帯を押し流すだろう。
――これは伏せる龍の怒りか、悲しみか。
いずれにせよ雨は何もかもを流し去り、無に返す。
麗と鈴麗は踵を返すと、転移の魔法を用いてその場を後にする。多量の水に呑まれようとしている街並みを、彼等が振り返ることは一度としてなかった。
誰もいなくなった玉座の間には、死者の沈黙が横たわっていた。
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