第36話 証人を呼べ

第36話 証人を呼べ①

  サラが勤める教会、その墓地の一角。

 ひっそりとしたそこでジル・クランチェ、シャン・スタリア、サラ・トンプソン、そしてロイ・フォードの四人が、一つの墓石を前に立っていた。


 墓石には、はっきりと『リヒト・ウィンティーラ』の名が刻まれている。


 墓石の周囲には雑草の一本も生えておらず、整然としていた。サラの手によるものだろう。

 リヒトの家族は、彼の葬儀にすら参列しなかったのだ。そんな者達が、墓参りになぞ来るはずもない。



「……今回限りよ。こんな、アイツの眠りを妨げるような真似を許すのは」



 サラが鋭い目付きで睨むのに、ジルは深く頷いた。



「――ああ。肝に命じている。本当に、何事もなければそれで良いんだ。許可してくれてありがとう。シャン、サラ」



 ジルは一度静かに目を伏せた。

 この墓石の下に眠っているはずのかつての友人の顔を思い浮かべ、スコップを強く握り締める。



「……掘るぞ」



 ジル同様、スコップを手にしたロイが続く。

 ジルは正直に言って、彼がこの場に集まってくれたことが意外だった。ロイ本人の気持ちがどうであれ、フォード家の先代当主に見咎められ、ここには来られないものと半ば諦めていた。

 ロイの中にリヒトの存在がちゃんと残っていることに、ジルは深く安堵した。


 四人の間に、しばし土を掘り進める音だけが満ちる。

 シャンとサラの目は、黙々と作業するジルとロイに一心に向けられている。


 するとロイのスコップの先端が、硬い何かに当たった。



「………」



 顔を見合わせたジルとロイはスコップを放り投げると、スーツが汚れるのも厭わずに素手で土を払い除ける。


 現れたのは土に汚れてはいるものの元は美しい白だったのだろうことが想像できる、細やかな装飾が成された棺桶だった。


 墓穴を覗き込むシャンとサラの顔が、険しいものへと変わる。

 彼女達の視線を一身に浴びながら、ジルは口を開いた。



「この中にリヒトがいるのなら、あの写真の人物は他人の空似という結論で終わる――だが、」



 ここにリヒトがいなかった場合は、どうすれば良いだろう。


 口内が渇いて仕方がない。緊張しているのか。

 ジルは何とか絞り出した唾液を飲み込み、棺桶の蓋に手を掛けた。



「――開けるぞ」



 ギィと重く軋む音と共に、七年の時を経て棺桶は開けられた。



「そんな……!」



「何てこと……」



 サラとシャン、絶望に彩られた二人の悲鳴が響く。


 暴かれた先に――リヒトはいなかった。






 孤児院の中で話す内容でもないため、神父に断りを入れて教会の長椅子にそれぞれ腰掛ける。

 神前でするような話でもないのだが、致し方あるまい。



「……もう一度、写真を見せてくれる?」



 力ないシャンの声音に気遣う視線を送りつつ、ジルは件の写真を手渡した。

 それを横目に、サラが口を開く。



「リヒトには三歳年下の弟がいるわ。だから写真の男が、アイツの弟である可能性も考えてたの……それも、墓の中にリヒトがいればの話だったんだけどね」



 正直、と彼女は続ける。



「その弟が、今何をしているのか知らないの。アタシ、彼の顔すら覚えていないのよ。リヒトとは幼馴染みではあるけれど、弟の方はアイツと違って社交的なタイプではなかったから……外遊びに混ざるような子でもなくて、いつも家で本ばかり読んでいるイメージだったわ。兄弟仲は悪くはなさそうな感じだったけど」



「母親は存命だろう? 墓参りに来たことは?」



 ロイの問いに、サラは顔を顰めた。



「母親の顔は知ってるけど、アタシが知る限り一度もないわよ。その弟も含めてリヒトの葬儀にすら顔を出さなかったんだから、墓参りなんて来る訳ないでしょ。それは、アンタ達も知ってるじゃない」



 リヒトの葬儀は密葬だった。その時参列したのがここにいる面子ともう一人、ジスト・ランジュである。

 ただしジスト・ランジュは授業があるためと、シャン以外とはそれ程接点がないため、この場には呼んでいない。


 ジルが彼等を呼んだのは、証人となってもらうためだ。棺の中に、リヒトが確かにいたということの。


 ――結果は、ジルが望んだものではなかったが。


 すると今までまんじりと写真を見詰めていたシャンが、矢張視線は手元の写真に落としたままに言った。



「……これ、撮られた場所はどこ? このカメラの持ち主の遺体は、どこで見付かったの?」



「学園都市テラストの北部、その外れだ。だが、恐らく犯行はそこではない。撮影された場所は……すまない。特徴となる建物が写り込んでいないために、判断不能とのことだ」



「……そう」



 ロイが身を乗り出し、シャンに手の平を差し出した。

 その意図を察したシャンは、ロイに写真を手渡す。ロイは再度長椅子に腰掛け、写真に写るリヒト・ウィンティーラらしき人物を眺めた。



「……いつ、どのタイミングでアイツの墓を掘り起こしたって言うの。孤児院には子供達だっているし、神父様やアタシ達シスターだっているはずなのに。全然気付けなかったなんて」



「……落ち着け、サラ」



「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!下手をしたら、子供達にだって危害が加えられていた可能性があるのよ?!」



 膝の上でシスター服を握り締めるサラの指が、小刻みに震えている。彼女の言う通りだ。その可能性がある限り、穏やかではいられまい。

 ジルとて子を持つ親だ。彼女の気持ちは良く解る。



「――それ以前に、リヒトの墓の場所を知っている人間は限られているだろう。だから今、私達はこうしてここに集まっているんだろうに」



 ロイが冷静に言うのに、ジルも同意した。



「私達以外でこの場所を知っているのはジスト・ランジュ、そしてリヒトの母親と弟だけだ。『、な」



 サラが訝しげに眉を寄せる。その顔には疲労が滲み出ていた。



「リヒトの家族が、アイツの墓を暴いたって言うの? それに、何でここで『光の御子教』が関わってくるのよ」



「サラ、君も聞いたこと位はあるだろう。『光の御子教』は所謂カルト教団で、各地から光属性を持つ子供を拐い、光の御子たる資格のある者を探しているという噂を」



「――リヒトが『光の御子』だと、そう言いたいの?」



 激情を押し殺し、絞り出すようなシャンの声音に、ジルは「いや」と首を横に振った。



「死を迎えた身体に、魔法属性とは残るものなのか? 俺は全くの門外漢だから解らないが……魔法属性とはどこに宿るものなんだ。肉体か、魂か、脳か。それともそれら全てか?」



「――もしも魔法属性が肉体のみに宿るとして、空っぽの器に満たされた魔力が、肉体と同じ光属性の魔力だったら?」



 シャンの問いに、ジルは眉を寄せる。



「……それは、禁術の蘇生を言っているのか?」



「あの魔法は肉の器を己の魔力で満たし、動かすようなものだと聞き及んでいるわ。遺体が腐らない原理は、ある程度シューゲル先生の魔法と似たような部分があるんじゃないかしら」



「見た目を若く保つ……この場合は、『保つ』部分に重きが置かれている訳か」



「リヒトの身体を何者かが蘇生し、『光の御子』として崇めているということ……?」



「……私としては、このリヒトの目がただの人形であるようには見えないがな」



 写真を突き返してくるロイからそれを受け取ると、ジルは手元に目を落とした。

 確かに、リヒトの目には何かしらの意思が感じられる。生憎蘇生術を受けた人間というものを見たことがないが、先程のシャンの話を聞く限りは、こんな生気のある目をしてはいないのではないだろうか。


 ふと、写真に写り込む黒いドレスの裾が目に入る。

 今まで注視していなかったが、翻るそれにどこか見覚えがあった。


 思い浮かんだのは、一人の女の後ろ姿。


 ジルは今しがた頭を過った考えに動揺を覚えつつも、決しておくびには出さなかった。

 この場で、『彼女』の名を出す訳にはいかない。



「今更何のために、リヒトの家族がアイツを生き返らせるって言うのよ……リヒトじゃならなきゃいけない、その理由は何?」



 疲れ果てた声音で、サラが洩らした。

 その問いに答えを持たない彼等は、皆押し黙る。


 そんな四人を、無機質な微笑みを浮かべた女神像が見下ろしていた。






 各々の心に凝りを残すこととなった七年振りの再会は、呆気なく幕を閉じた。

 魔法警察省とテラスト魔法学校までの道のりは途中まで同じであるため、ジルとシャン、二人の足並みは自然と揃う。



「シャン、さっきの写真だが……黒いドレスの裾が写っていたのには気付いていたか?」



「ええ」



「――見覚えがないか」



 声のトーンを落としたジルに、シャンがちらりと視線を投げた。



「……あるわ。貴方が考えている人物と、私が考えている人物が同一なら、ね。なら、ノルストラ監獄の見取り図も入手できる――でも、一体何のために……?」



「分からない。現状これはまだ、俺達の推測にしか過ぎないからな。確実な証拠が集まってからでなければ任意同行も難しいし、逮捕のための礼状も下りない。彼女の身辺を調査するしかないだろうな」



「そう」



 無感動に相槌を打つシャンにいつもの鮮烈さが見られず、ジルは小さく息を吐いた。

 ジルは厳しいことを言っているのを承知で、シャンを叱咤する。



「――確りしろ、シャン・スタリア。君らしくもない。君はアイツの死に際を、その目で見たはずだ。そう言ったのは君自身だろうに」



「ええ、分かってる。分かってるわ――でもね、ジル。貴方はアレを……写真の人物を、一瞬でもリヒト本人だとは、本当に思わなかった?」



「……そうではないことを、祈っている」



 ジルの歯切れの悪さは疑いを持っているということへの、何よりも明確な答えだった。


 そして二人は別れの挨拶もなく、それぞれの道を行く。複雑な思いを抱えたまま。

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