第37話 ウサギのお使い
第37話 ウサギのお使い①
魔法省の廊下を、フレデリカ以下数人の部下と共に早足で突き抜ける。
ジル達の異様な様子に、廊下を歩いていた職員達が素早く道を開けた。
そうして一際重厚な造りの扉の前に立つと、ジルはノックもなくそれを開け放つ。
無礼極まりない闖入者に部屋の主は目を丸くしたものの、直ぐに表情を取り繕い毒々しい色味のルージュが引かれた唇を吊り上げた。
「――あら、レディーの部屋にノックもなしに入ってくるなんて。四大貴族の名も廃れるわ、ジル・クランチェ」
「茶化すな。どうして私がここにいるのか、もう解っているな。横領した金銭を、君がとある宗教団体に寄付している疑いが掛かっている。それに、この件以外にも聞きたいことが山積みだ。一緒に来てもらうぞ――プリメラ・ジノヴァ」
プリメラは余裕の表情で目を細めると「私に話すことはないわ」と笑い、椅子から立ち上がった。
「動くな、止まれ!」
フレデリカがプリメラの行動を咎めるが、彼女は知らん顔で歩を進める。
部下達がプリメラに駆け寄ろうとした、その刹那。
プリメラは突如として窓硝子を打ち破り、そこから身を投げ出した。
驚愕して足を止める部下を押し退け、ジルは窓際に駆け寄る。
見下ろしたその先に、赤い花を咲かせた無惨なプリメラの姿は――なかった。
「転移の魔法か! くそっ!! ――君。この部屋を捜査しても良いか、教育・文化部門担当の副大臣に許可を求めて来てくれ」
ジルの指名を受けた部下が、素早く部屋を飛び出して行った。
室内を一瞥したフレデリカが、硬い声音で言う。
「逃げたということは容疑を認めたと同義ですが……逃走先は教団でしょうか?」
「恐らくはな。ここでプリメラと教団の癒着を証明するものが現れれば、教団への捜査も可能になる」
「――ジル大臣、副大臣より許可を頂いて参りました」
走って来たのか息を荒げる部下の言葉を受け、ジルは一つ頷き短く礼を伝えた。
「――決定的な証拠が見付かるかもしれない。塵一つ見落とすな!」
ジルの指示に、部下達は機敏に捜査を開始した。
時折雪のちらつく日もある、十二月中旬。
アリス、シェリー、レイチェル、ミリセントは空き教室で昼食を取っていた。彼女達は、二週間もすれば訪れる冬休みの話題で盛り上がっている。
『――エメラルド寮二年、シェリー・クランチェ。至急校長室へ来なさい。もう一度繰り返します。エメラルド寮二年、シェリー・クランチェ。至急校長室へ来なさい』
そんな楽しい会話に水を差すシャン・スタリア校長直々の校内放送に、アリス達は食事の手を止めた。三人の視線はシェリーに注がれている。
呼び出しを受けたシェリーは最後の一口だったサンドウィッチを飲み込むと、「呼ばれたから行ってくる」と素っ気なく言い残し教室を出て行った。
彼女の後ろ姿を見送り、レイチェルが不審そうに首を傾げる。
「……何で職員室でもなく、校長室なのかしら。わざわざ校長室に呼び出す程の用事って、一体何かしらね?」
情報通のレイチェルでも解らないものが、アリスとミリセントに解るはずもない。
三人は止めていた食事の手を、再び動かし始めた。
シェリーは校長室の前に立つと、ぎこちなくノックをした。
すると直ぐに「どうぞ」というくぐもったシャンの声が返って来たため、促されるが儘にドアノブに手を掛ける。
校長室に足を踏み入れると、先ず鼻を突いたのは紅茶の匂いだ。
続いて目に入ったのは革張りのソファに座るシャン・スタリアと養父のジル・クランチェに、彼等の後ろで姿勢正しく立つジスト・ランジュとフレデリカ・ロッソ。
彼等の対面の席にはヨル=ウェルマルク新興国の元首アーリオ・プティヒと、隣国ノースコートリア王国がシルヴェニティア魔法学院学院長、アレイスター・ヴィクトールが座している。
そしてアレイスターの後ろには四大騎士ゴード家次期当主、クロム・フォン・ゴードが控えていた。
一年振りに顔を合わせたクロムは精悍さが増して、以前より身長も伸びているように思えた。
この場にいるのがシャンだけではなかったことに目を白黒させていたシェリーだが、顔を突き合わせている面子が表している事柄に合点がいき、そっと扉を閉める。
それを認めたシャンは防音効果のある魔法を室内に張ると、シェリーに一瞥をくれた。
「呼び出したのに立たせたままで申し訳ないのだけれど、その場で聞いてくれるかしら?」
「はい」
「――では、ここからは私が話を引き受けよう」
アーリオはソファに深く座り直し、シェリーに顔を向けると端的に言った。
「『サーカス』と『光の御子教』、両組織の繋がりが発覚した。そして嘆かわしいことに、我が国の代表たる大臣の肩書きを持つ者の関与も」
「『光の御子教』? ……あの、最近よく演説している?」
「そうだ。彼等は『サーカス』を使って騒ぎを起こし、人の恐怖心や弱さにつけ込んで、信者を増やしていた」
「それは、まさか『サーカス』は『光の御子教』の下部組織だったということですか……?」
「そうだ」
情け容赦ないアーリオの言葉に、シェリーは押し黙る。
ジルが気遣わしげな視線を送っていたが、俯いた彼女にそれは届かなかった。
「ノースコートリア王国の首都、ティオロ・ネージュが『サーカス』の手によって壊滅状態に陥ったのは、君も既に知る所だとは思うが……」
顔を上げたシェリーは小さく頷く。
他の生徒が口々に話していた内容だったため、その情報は否が応にも彼女の耳に入っていた。
それを認めたアーリオは「そうか。世間を知ろうとすることは良いことだ」と薄く微笑み、一言「その際王宮も重大な被害を受け、国王が亡くなっている」とさらりと口にした。
「報道規制を行ってはいるが、それが破られるのも時間の問題だろう。ここまで大規模な襲撃の上、大多数の市民に王宮へと侵入する『サーカス』の姿を目撃されている。そして主要都市が打撃を受けたというのに、一切の声明を出さない国王……これで隠し通すという方が無理な話だ」
「国王の殺害を受けて、以前より合同捜査を行っていたヨル=ウェルマルク新興国の魔法警察省、並びにノースコートリア王国の警察庁、更に有志の協力者達と共に、此度『光の御子教』本拠地への立ち入り捜査が決定した」
アーリオはそこで一息吐くと、真っ直ぐにシェリーを見詰めた。
「君の力を貸してくれ。シェリー・クランチェ」
「悩むまでもありません。最初からそのつもりですから……ただ」
「『ただ?』」
鸚鵡返しするアーリオにシェリーは一瞬の躊躇いを見せると、意を決して言った。
「条件、ではないんですが……お願いがあります」
「お願い?」
アーリオの眉根がピクリと持ち上がった。
彼の表情には疑念の色が浮かんでいる。
シェリーは目を伏せた。
本当に『彼女』を巻き込んで良いのか。
シェリーの中でその疑問は尽きない。だが。
開かれた紅玉に、今度こそ迷いはない。
「――この捜査に、アリス・ウィンティーラを加えて頂けませんか」
御前試合で一度会っていることを覚えていたのか、アーリオが不可解そうに首を傾けた。
しかし彼が言葉を発するより先に、否定の声を上げた者がいた。
「『サーカス』は、戦えない者を庇いながらどうにかできる相手ではないだろう。それはお前がよく知っているはずだ、シェリー。一体何を考えているんだ。無謀にも程が――」
早口に言い募る様はいつものジストらしからぬ様子で、無理に言葉を探しているようにも思える。
捲し立てる彼を止めたのはシャンだった。彼女は冷徹にも聞こえる声音で以て、ジストを制する。
「ジスト」
我に返ったジストがはっと口を閉ざすと、彼はその場にいる面々を見回し頭を下げる。
続け様シャンが小さく口にした「……潮時なのかもしれないわね」という台詞を耳にして、ジストが唇を噛んだ。
二人の意味深なやり取りが理解できず、シェリーは訝しげな視線を向ける。
「アリス・ウィンティーラ……御前試合の時の、あの夕陽色の髪の少女か。彼女は特段魔法が強いという訳ではなさそうだったが、理由は?」
「……お話し出来ません」
「おい、シェリー!」
思わずと言った風にジルが口を挟んだものの、当のアーリオはそれを視線で制した。
「――理由は話せないが、力を貸す代わりにそちらの言い分を聞けと?」
「そこまでは言いませんが……結果的にはそうなります」
「正直だな」
シェリーの返答を聞いたアーリオは可笑しそうに笑うと、シャンに問い掛けた。
「――アリス・ウィンティーラを参加させることに、異存は?」
「……ありませんわ。むしろ、その時が来るべくして来たのでしょう。まあ、彼女が望めばの話ではありますが」
シェリーはその言い回しが気になったが彼女が何か言うよりも先に、シャンがジストに向けて告げた。
「アリス・ウィンティーラを、ここに」
ジストは秀麗な顔に憂いを纏わせると、目を伏せて頷いた。
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