第18話 そうでないなら、正直者らしく④


「二年の所で昼飯も食べたし、この調子でどんどん行こうな~」



 鼻歌混じりの如何にもご機嫌な足取りで、クリスは人波を物ともせずにすいすい進む。

 シェリーはアメジスト寮の生徒と共に、文化祭の出し物を回っていた。

 元々騒がしいのは得意ではないため大人しく寮の自室に籠っていた所、クリスに強襲されたのである。


 そしてシェリーの隣では、不機嫌な顔を隠そうともしない千梨がむっつりと口を閉ざしている。

 彼女は部活動の有志発表が終わるのをクリスに出待ちされた上、問答無用で捕えられたらしい。

 ならばその苦虫を噛み潰したような顔も納得だ。むしろ、よくもまあ辛抱強く付き合っているなとも思う。



「アタシ、占星術愛好会がやってるっていう『占いの館』が気になるんだよね」



「『占いの館』ですか?」



 真面目なアノスが合いの手を入れると、クリスは楽しげに頷いた。



「『館』って程じゃないけどな。愛好会の生徒の一人で、占いが良く当たる奴がいるんだってさ。正面玄関でやってるらしい。そんなに当たるなら、進路相談でもしようかと思って」



「自分の人生を、他人の占い任せにするのはどうかと思うんじゃが……」



「分かってるって。当然、参考までにだよ」



 クリスののほほんとした口調に、千梨が「何とかに付ける薬はないとは、よく言ったものじゃな……」と頭を痛めていた。


 クリスは就職の方向で動いているのだったか。

 確か、職種に悩んでいるというようなことを言っていた気がするのだが……彼女のことだ。最後には必ず、自身にとって正しい道を選ぶのだろう。

 だからシェリーは、クリスの進路について一切心配していなかった。


 クリスは校内図が描かれたプリントを頼りに「この辺りだと思うんだけどな」と、シェリー達を先導する。

 普通科とも付き合いのあるクリスや千梨がいるからか然程ではないが、自身に向けられる視線が煩い。これだから寮に籠っていたというのに。




 少し行くと、やけに人が集まっている一角があった。

 何か揉めているのだろうか。言い争うような声が聞こえるが、距離があるのと人垣に遮られて様子が窺えない。



「邪魔ですね。先輩達の進路を塞ぐなんて」



 今年度の新入生で初等部の生徒である一年生のユリーシャ・レインが、唇を尖らせて小生意気な口調で言った。

 彼女はアメジスト寮の者には従順なのだが、普通科の生徒を敵視している節がある。

 もう少し穏便に済ませれば良いものを、この歳でアメジスト寮に籍を置いているという自覚があるからか、プライドが山のように高い。


 更にはアメジスト寮の生徒を取り巻く環境も気に食わないらしく、よくそこまで怒りが持続できるなとシェリーが関心することもしばしばだ。怒ってばかりで疲れないのだろうか。

 ユリーシャが同寮の生徒を、特にシェリーを慕ってくれているのは本当に有り難いのだが「コイツも生き辛そうな奴だな」と、内心ではそう思っている。



「ちょっとごめんな~」



 クリスが持ち前の明るさと、上部だけの鈍感さでもって人垣に挑んでいく。

 彼等は相手がクリスであることに気付くと、友好的に場所を開けてくれた。

 これがシェリーならばこちらが声を掛けずとも蜘蛛の子を散らすように避けただろうし、ユリーシャならばキャンキャン噛み付いて無理矢理退かしていただろう。

 ひしめき合う人と人の間からようやっと顔を出すと、式典用の黒のローブを纏った女子生徒の後ろ姿が目に入った。



「あれがケイト・インフレイムだよ。『占いの館』の。さては占いにケチでも付けられたか?」



 隣で高みの見物を気取っているクリスが囁いた。本当に野次馬に来ただけのようで、彼女にこの騒ぎを止める気は更々ないらしい。


 騒ぎの中心にいるケイトの態度はどこまでも落ち着いていて動じないが、どうやら相手の方がヒートアップしているようだ。早口で、何を言っているのかは聞き取れない。

 普通科の生徒の揉め事に首を突っ込んで、面倒なことになっても厄介だ。ここは遠回りしてでも別のルートを通るべきだろう。

 どうせ少しすれば、この騒ぎも収まっているはずだ。ならばその時に占ってもらえば良い話である。



「クリス先輩。他にも見るものがあるんでしょうし、遠回りしては――」



「……あれ?」



 クリスは些か間抜けな声を上げると、突然シェリーの腕を引っ張った。



「シェリー。ほらあれ、あの子」



 クリスが指差すが、再び人波に阻まれてしまった。シェリーは仕方なしに身体を無理矢理捩じ込み、人垣から出た。


 ここでようやく、ケイト・インフレイムと揉めている人物の姿が明らかになった。


 たかが占いに難癖を付ける位だ。碌でもない輩なのだろうなと思っていたのだが、シェリーの予想は裏切られた。


 そこにいたのは、馴染みのある夕陽の色。




「――アリス、か……?」






 名前を呼ばれ顔を上げたアリスは、自身を見詰める紅玉と目が合い、咄嗟に顔を背けた。

 騒ぎに夢中になりシェリーの存在に気付いていなかった野次馬達が、彼女を認識した途端に騒ぎ、おののき出す。

 シェリーの登場によって匂い袋への言及が止んだのを良いことに、アリスは正面玄関から飛び出した。


 他人に強く当たる醜い自分を、どうしてかシェリーにだけは見られたくないと思ったのだ。

 背後から自身を呼び止める彼女の声がしたが、アリスはそれを振り払い目的地へと急いだ。

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