第14話 ぼくらのように自由にして③
「――とんでもない! 何を言ってるんだ!!」
「学生が責任を取れもしないのに、ふざけたことを!」
一瞬の沈黙の後、ヨル=ウェルマルク新興国側の来賓達が騒ぎ立てた。
アリスは咄嗟にシャンを見るも、彼女は何も言わずに黙ってクロムを見詰めている。
自身よりも遥かに歳上の大人達に責められているというのにクロムはどこと吹く風で、更には火に油を注ぐ。
「おいおい、忘れるなよ。これはヨル=ウェルマルクとノースコートリア、両国が関わっている。下手なことを言えば外交問題だぞ。そもそも俺達は客、それも賓客だ。なのにその要求を、何の検討もなく突っぱねるのか?」
質の悪いクレーマーのようなことを言い出すクロムに、当事者ではないアリスの方が居たたまれない気持ちになる。
両隣の友人達も同じなのか、レイチェルは呆れ顔で、ミリセントは顔を赤くしたり、青くしたりと百面相をしている。
ヨル=ウェルマルク側の来賓達は怒りも露に何事かを喚き立てていたが、最後は最早感情が昂る余り言葉にもならないのか、押し黙った。
逆にノースコートリア側はこうなることが事前に知らされていたのか、または予想していたのか、ただ無言で成り行きを見守っている。
クロムと対峙するシェリーが、困惑した表情でアメジスト寮のスタンドを振り返った。
ジストが首を小さく横に振り、シャンのいる辺りを見上げる。
彼の視線を受けてか、はたまた偶然か。シャンが立ち上がり、口を開いた。
「――シューゲル先生、彼女の魔法具に関しては貴方に一任しています。どうお考えですか?」
アリス達のいる席から見て右手側の、少し離れた席に座る生徒達が、一斉に後ろを振り返った。
恐らくそこにシューゲルがいるのだろう。しかし、アリスの位置から彼の姿は見えない。
シューゲルはシャンに聞こえるように魔法で拡声しているのか、演習場内に彼の静かな声だけが響き渡った。その声音でさえも、不機嫌なのが丸分かりだ。
「……シェリーが着けている魔力制御の魔法具の二つの内、片方だけでしたら外しても構いません。念のため、フィールドを覆うように防御魔法を掛ければ安全だと思います。後は彼女に召喚魔法の使用を制限、或いは禁止させるべきですね」
「ならば、その防御魔法は私達で致しましょう」
いつの間にか立ち上がっていたアレイスターが、にっこりと微笑む。
アレイスターは「良いですよね、シャン校長」と、決まったも同然の口調で形ばかりの伺いを立て、シューゲルに向けて問い掛けた。
「これで不足はございませんこと?」
「……両校の最高責任者であるお二人の防御魔法に、不足等あるはずがありませんな」
若干疲れたような声音から、シューゲルがやれやれと肩を竦める姿が安易に想像できた。
シャンはフィールドのシェリーへと視線を落とし、彼女に告げる。
「ピアスは片方のみ外し、召喚魔法の使用は禁止。そういう訳なのだけど、宜しくて?」
この状況で拒否等できるはずもないだろう。
シェリーが小さく頷いた。
そしてシャンとアレイスターが、フィールドに向けて同時に防御魔法を展開させた。シャンの激しい魔力がアレイスターの涼やかな魔力と混ざり合い、強靭な防御壁を創り上げていく。
防壁は瞬く間にシェリーとクロムを取り囲み、彼等を閉じ込める。
シェリーはそれを見届けると、持ち上げた手を右耳のピアスへと伸ばす。
ピアスを外す許可が出されるのは、何時振りだろうか。
シューゲル特製の、つるつるとしたそれの感触を指先に感じる。既に身体の一部として馴染んでしまっているため、外すのが名残惜しくも思えてしまう。
ふとクロムを見ると、その耳にも一つ、魔力制御のピアスが飾られていることに気付いた。
「……アンタも外したらどうなんだ」
シェリーはクロムのピアスを指し示し、淡々と告げる。
それに対しクロムは目を瞬かせていたが、自身のピアスについて言及されているのだと察すると、「ははっ」と笑い声を洩らした。
「俺の着けている魔力制御の魔法具は、この一つだけだ。だから俺がこれを外してしまっては、フェアじゃない」
クロムが、真っ直ぐシェリーへと視線を合わせる。わざわざシェリーの魔力制御の魔法具を外させ、その上での対等な試合を求める彼に、言葉にならない感覚を覚えた。
嬉しい、わくわくする。それに近い感情かもしれない。珍しく気分が高揚している。
シェリーは薄く微笑むと、躊躇いなくピアスを外した。
途端に洩れ出した魔力が、彼女の銀糸を揺らす。
ピアスを失くさないようパンツのポケットに押し込み、対戦相手であるクロムを見据えた。
クロムは腰を落として低い体勢を保ち、警戒するようにシェリーを窺い見ている。
微かに魔力の動きを感じ、彼が攻撃の機会を虎視眈々と狙っているのだと分かった。
ならばと、シェリーは得意の影を操る魔法で、クロムの影から魔物の腕を出現させる。
鋭い爪を持つそれが、クロムを襲う。
攻撃を読んでいたのか、クロムは体勢を更に低くして腕の洗礼を躱すと、その低い体勢のままシェリーに向かって来た。
シェリーは冷静に、今度は自身の影から魔物の腕を創り出し、クロムを迎え打つ。
眼前に黒い魔物の腕が迫り、クロムが顔色を変えた。彼が身体を捻り無理矢理体勢を変えた所を、闇色の腕が薙く。
間一髪腕の直撃を免れたクロムがシェリーから距離を取り、水属性の魔法を繰り出した。
水は氷となり、鋭い刃へと化した。数多の刃は全ての切っ先をシェリーに向けると、放たれた矢の如く彼女を襲う。
シェリーは操った魔物の腕でその悉くを振り払い、氷の刃を全て防ぎ切った。
しかし、その腕に刺さった幾本もの矢から氷が根を張るように広がり、腕もろとも氷付けにしてしまった。
氷像のように固まってしまったそれに早々に見切りを付けたシェリーは、魔力の供給を止めた。
魔力を強制的に絶ち切られた腕は、深い罅が入ると同時に崩れ去る。
視界の隅、光を反射してキラキラと舞う氷の欠片が鬱陶しく、シェリーは一瞬クロムから目を離してしまった。
その隙に、クロムは既にシェリーの懐に入っていた。
手にはいつの間にか剣が握られており、そこでようやく彼の剣形のピアスは魔法具であったことに思い至る。
防御しようと再度影を操ろうとするも、相手との距離が余りにも近過ぎた。これでは間に合わない。
クロムが剣を横に薙ぐ。狙うは胴体か。
――ガツッという鈍い音が、シェリーの耳朶を打った。
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