第14話 ぼくらのように自由にして②
ジェイドの案内ですんなりと通路から観覧席に出ると、生徒達の賑やかな声に出迎えられた。
テラスト魔法学校に通う、初等部から高等部までの全生徒が一堂に会した観覧席は、圧巻の一言だ。
高等部の生徒達は演習場のフィールドに近い、前方の席に集中している印象だ。
レイチェルも前列に席を取っていたので、前の方を探していればいずれ見付かるだろう。
さすがにこれ以上の迷惑は掛けられないため、 アリスはここまでで大丈夫だとジェイドに伝えるが「何言ってんだ。ここで別れてもまた迷うだけだろ。友達のいる席、オレっちも一緒に探してやるよ」と呆れ気味に返されてしまった。
……彼は軟派そうなのは見た目だけで、根は真面目なのかもしれない。賭博はするが。
観覧席の前列まで移動すると、レイチェルとミリセントを探して辺りを見回す。リボンの色から、ここはどうやらガーネット寮の生徒が多いようだ。
歩を進めて行くと徐々に緑色の割合が増え、エメラルド寮の生徒が集中している席に辿り着く。
レイチェルの特徴的なマゼンタの髪を探していると、彼女を見付けるよりも先に名前を呼ばれた。
「アリス、こっち!」
レイチェルの声だ。
声がした方向に目をやると、五、六列目辺りの席にレイチェルとミリセントが座っているのが見えた。
二人の顔を見た途端、安心感に包まれて足が脱力しそうになってしまう。
ジェイドはレイチェルの声に気付かなかったのかきょろきょろと辺りを見回し、観覧席に視線をさ迷わせていた。
「ジェイド先輩、友達見付けました。ありがとうございました!」
「ん? ……あぁ、そうみてぇだな。じゃ、オレっちはこれで」
手を振るレイチェルの姿が視界に入ったのか、ジェイドはそう言うとあっさりと歩き出した。
引き留めようとするも、彼の姿はどんどん遠ざかってしまう。アリスを見向きもせず小さくなっていくその背中に再度頭を下げ、友人達の下へ向かった。
取っていた席は列の中程の場所なので、既に座っている者達に「すみません」と声を掛け、通らせてもらう。
レイチェルとミリセントが死守してくれた席に腰掛けると、待っていましたというように二人が同時に口を開いた。
「アンタどこ行ってたのよ! というか何でジェイド・ブルームと一緒だったの!?」
「アリスちゃんごめんねぇ、いなくなったのに気付かなくて……」
済まなそうにするミリセントに、アリスはぶんぶんと首を振って否定した。
本当に彼女の所為ではないのだ。ミリセントが友人と話しているからと、一声も掛けずにその場を辞した自分の方にこそ非がある。
「ううん、私こそ勝手にいなくなってごめん。びっくりしたよね。御手洗いに行ったんだけど、戻って来られなくなっちゃって……」
「それで、ジェイド・ブルームに道を聞いたって訳ね?」
「うーん、成り行き上そうなったというか……そうだね。っていうか、レイちゃん、ジェイド先輩のこと知ってるんだ?」
「知ってるも何も……あの人、大概の試合賭博の元締めじゃない。知る人ぞ知る、アメジスト寮贔屓の先輩よ。本人は不良ぶってるけど、服装とかきっちりしてるから根は真面目なのよね。だから今まで問題なく、賭け事なんてやれてる訳だし。先生達が何も言わないのも、彼を信用してるからでしょ」
その言葉に、アリスはようやくジェイドの名前を過去にどこで聞いたのかを思い出した。入学当初に行われた、アメジスト寮の演習試合だ。
確かあの時ジェイドの名前を口にしたのは、エドワードだっただろうか。もやもやが晴れてすっきりした。
「そろそろ時間だねぇ」
アリス達の座る席から見て反対側、演習場に唯一ある大きな時計盤でミリセントが時間を確かめた。
開会式は十三時丁度。あと数分だ。
時計盤の真下の席は、校長のシャンにヨル=ウェルマルク新興国、ノースコートリア王国からの来賓達が顔を揃えていた。
ノースコートリアの者達は、まだ残暑の残るこの時期に厚着をしているため目立っている。
服の一部に動物の毛を使用していたりと、彼等の国の寒冷さが窺い知れた。
来賓席から目線を斜め左下に下げると、アメジスト寮の面々が己がスタンドで各々過ごしていた。今回ばかりはジストも一緒にいるようだ。
親善試合に出場する高等部の三人は緊張した様子もなく、クリスに至っては笑顔で千梨やシェリーに絡んでいた。
むしろ見学者である中等部のアノスや、今年度入学した初等部の一年生と思われる少女の方が硬い表情をしている。
アメジスト寮のスタンドから反対の位置にあるのは、対するシルヴェニティア魔法学院の交換留学生達がいるスタンドだ。
こちらも動じることなく、静かに時が来るのを待っていた。
再度視線をシャンに戻すと、彼女の隣の席が不自然に空いていた。恐らくあの席には、シルヴェニティア魔法学院の学院長が座るのだろう。
しかしこの時間に着席していないとは、何かあったのだろうか。
そして時間となった。
テラスト魔法学校の副校長であるセージュ・スクードの司会の下、まずはシャンの挨拶から始まる。
そして来賓の紹介がしばらく続き、シルヴェニティア魔法学院の学院長が挨拶をする番となった。
しかしシャンの隣の席には矢張誰の姿もなく、空席のままだ。ノースコートリアの来賓達も、困惑した様子で四方を見回している。
クロム達のいるスタンドを見ると、彼等はこの展開を予想していたように落ち着き払っていた。
――突如、演習場内を突風が襲った。
それは徐々に肌を突き刺すような冷たい風に変わり、雪混じりになったかと思うと、ものの数秒で吹雪になった。
目を開けていられず、何とか両腕で顔を庇っていると、ふと風が弱まったことに気付く。
恐る恐る腕を下ろし、両隣の友人達の安否を確認した。二人は髪こそ乱れているものの、特に怪我もなく無事なようだった。
アリスが胸を撫で下ろすと、ずれた眼鏡を直したレイチェルが「見て、あそこ」とフィールドを指差す。
フィールドの中心に、真っ白な少女が立っていた。
少女の服装は、アメジスト寮の千梨・フォン・フェルトが着ている巫女とやらの服を連想させた。
だが彼女のものとは大きく異なり、豪奢なフリルが使われた長く垂れた袖に、華やかな大輪の花が描かれている。
肌も頭髪も何もかもが雪のように白い少女と対比して、彼女が身に付ける深い紫のスカートにも似た下履きがとても映えている。
膝上丈のそれにもフリルがふんだんにあしらわれ、少女の眩しいまでに真っ白な太股を覆っていた。
そんな少女がまだ雪が舞い散る演習場の真ん中に佇んでいるのは、酷く幻想的で、ちぐはぐな印象を受ける。
まるで絵の中の少女を切り取って、この場に貼り付けたようだ。
生徒達が少女の存在に気付き始め、ざわめきが大きくなる。
すると少女は、衣装に負けず劣らず白い手を大きく真横に広げた。
垂れた袖が空気を含み、蝶の如くひらりと舞う。舞台のワンシーンを思い起こさせるそれに、生徒達の喧騒が小さくなり、やがて聞こえなくなった。
この場の空気を掌握し尽くした少女は美しく微笑むと、すぅという小さな呼吸音の後、鈴のように美しい声を発した。
「到着が遅れてしまい、大変申し訳ありません。此度はこのような機会を設けていてだき、誠にありがとうございます。シルヴェニティア魔法学院学院長であるこのアレイスター・ヴィクトールが、厚く感謝申し上げます」
こんな少女が学院長なのかと驚いたものの、アリスはどこか納得していた。
アレイスターはシューゲルに雰囲気が良く似ていた。見た目は少女でも、その年齢に見合わない、落ち着いていて老練な様が特に。彼女もシューゲルと同じ魔法を使い、子供の姿を維持しているのだろう。
「両校の生徒達がこの試合を通して切磋琢磨し、良き魔法士として育つことを願って。そして親愛なるヨル=ウェルマルク新興国と我が国ノースコートリア王国の、変わらない深交と更なる発展を願い、挨拶に代えさせて頂きます」
ぺこりと頭を下げたアレイスターの白髪がふわりと揺れた。我に返った生徒達がパラパラと拍手し、徐々にその音は増えていく。
アレイスターは踵を返すと、来賓席への階段を上って行く。彼女が席に着くのを見届けると、セージュが会を締め括った。
いよいよ親善試合に移るのだ。
「あの雪も魔法なんだねぇ。綺麗だったなぁ」
「どうやってるんだろうね? 魔法属性に氷はないし……」
「水属性の魔法に使用する魔力を調節してるんだ。かなり繊細な作業だから、上級者向けだな」
「へぇ……ってエドちん、何然り気無く会話に交ざってるのよ」
いつの間にかアリス達の会話に参加している第三者の声に、三人は後ろの席を振り返った。
担任のエドワードが然もありなんといった顔で腕を組み、そこに鎮座している。
「いや、お前等のいる席の近くに座っておけば、自ずと良い席ってことが分かってな。前回の演習で味を占めちまって」
「生徒を上手いこと使わないでよね。お金取るわよ」
「悪い悪い」
全く悪びれた様子もなくレイチェルの文句を受け流すエドワードに、アリスは軌道修正して先程の話題に戻す。
「水を氷に出来るなら、水蒸気にもできるってこと?」
「お前等は見てるだろ。クロムと俺の模擬戦で。あれだよ」
そう言われて、アリスはクロムが模擬戦中に水蒸気で目眩ましをしたことを思い出した。
確かに、よくよく考えれば水蒸気も水が変化した状態のものだ。
「クロム君ってやっぱり凄かったんだねぇ……」
アリスの心情を代弁してくれたミリセントが、しみじみと呟く。
ピッ、という短い笛の音が聞こえフィールドに目を向けると、いつの間にかクロムとシェリーが向き合っていた。試合が始まるのだ。
すると見慣れない顔の男性が近付いて来て、クロムとシェリー、二人の間に立つ。
不思議がるアリスに、「公平性を保つため、審判は外部の人間を雇っているそうよ」とレイチェルがすかさず発言した。
「それでは親善試合のルールを説明します。時間は無制限。意図的と判断されるような致命傷を、相手に負わせることは禁止です。また、使用する魔法や武器に制限はありません」
ルールの内容を聞いたシェリーとクロムが頷くのを、審判が確認する。
「では、テラスト魔法学校、シェリー・クランチェ選手対シルヴェニティア魔法学院、クロム・フォン・ゴード選手の試合を始めます」
審判が右手をすっと上げると、生徒達の話し声が途端に止んだ。
静寂の中、審判の「始め!」の声と共に右手が振り下ろされる。空気を切るビュッという鋭い音が、アリスの座る席にまで届いた。
それと同時に、クロムの右手の人差し指がシェリーへと突き出される。
すわ攻撃するのかと観覧席のアリスの方が身構えると、クロムが誰も想像だにしない言葉を言い放った。
「魔力制御の魔法具を外せ、シェリー・クランチェ」
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