第26話 とてもすてきなおどりでしょうね②
真っ先に反応したのは、矢張戦い慣れしているシェリーだ。
彼女は地を踏み締めると、石柱を発動させた。出現した十数本余りの石柱は、どうやら相手チームへの攻撃が目的ではないようだった。
「……相手の攻撃の手段、方向を制限したか。だがこれではボクも攻撃し辛いんだが、な! ――ウィンティーラ、後衛は安全な位置まで下がれ」
光属性の魔法で弓矢を創り出したエミルが、弓を引き絞りながらアリスに後退を促した。
確かに、戦う力のないアリスがいては相手チームのいい的だ。相手は同じクラスの生徒。アリスに攻撃の手段がないことなど、当然知り尽くしている。
エミルに頷き返し、アリスは素早くその場を離れた。
こちらの動きを見たシェリーが、しゃがめば身をすっぽり隠せる大きさの土壁を後方に創り出した。ここから支援をしろということだろう。
……あのチョーカーは、本当にシェリーの魔力を制御しているのだろうか。
これは土壁だが、最初にシェリーが出現させた石柱は土属性の魔法の状態を更に変化させたものだ。
状態変化は魔法としての難易度が高い上に、これは彼女の主属性ですらない。――だというのに。
『魔法の深淵』を覗いたと、シェリーは言っていた。
試合中だが後方支援故に若干の余裕があるアリスの背を、ぞくりとするような冷気が撫でた。
『魔法の深淵』とは、一体何だというのだろう。
アリスは
土壁から恐る恐る顔を出すと、戦況は目まぐるしく変化していた。
エミル風に言うと、相手チームはレイチェルが前衛、モニカが中衛、アビゲイルが後衛といった所だろうか。
シェリーが対するはレイチェル、エミルはモニカと相対していた。
アビゲイルはアリス同様後方支援役なのか、チームメイトに補助魔法や防御魔法を掛けてサポートしている。
レイチェルが水属性の魔法で、石柱の一本を破壊した。
シェリーは倒れて来た石柱をひらりと
シェリーの影から闇属性の魔物の腕が出現し、レイチェルに迫った。
しかしそれは、瞬時に展開された防御魔法によって弾かれてしまう。
アビゲイル・ミュシャの防御魔法。
彼女の魔力は、ミリセントと同程度だ。
ミリセントは弱くはないが、エメラルド寮の二年生の中で目立った実力がある訳でもない。
はっきり言ってしまえば、中の中。
至って平均的な能力の魔法士が展開した防御魔法で弾かれるのだから、確かにあのチョーカーは、シェリーの魔力を人並み強程度には抑え込んでいるのだろう。
現に、攻撃を防いだアビゲイルの方が「信じられない」という顔をしている。
防壁内のレイチェルも赤縁眼鏡の奥で目を丸くしたものの、防がれるのを見越して放たれていたシェリーの二撃目に、ワンテンポ遅れながらも反応した。
さすがに二回目の攻撃は耐え切れず、防壁が音を立てて割れる。
だがその間に、レイチェルの詠唱は終わっていた。
「――『水よ、流し去れ!』」
突如として現れた濁流が、シェリーを襲う。
一か八かで無詠唱の防御魔法を発動させようとしたが、アリスは突然何かに足を取られ、顔面から地面へと倒れ込んだ。
打ち付けた鼻が痛く、熱い。足元に目を向けると、地面から生えた蔦がアリスの足首にぐるぐると絡み付いていた。
アリスが顔を上げると、無表情ながらもどこか得意気な様子のアビゲイルと目が合った。
視線に気付いたアビゲイルが、ふふんとせせら笑う。
――これは、アビゲイルの属性魔法だ。
後方支援をしつつ、彼女は静かに罠を張っていたのだ。まるで蜘蛛のように。
アリスは起き上がりながら、自チームの戦況を確認する。
シェリーの姿が、フィールドのどこにも見当たらない。彼女ならば、自分でどうにかしているとは思うが……。
次いでエミルに視線を移すと、彼は姿勢良く矢を放った所だった。
対するモニカは、余り実技の成績が良い生徒ではない。魔力量も乏しく、魔法の制御も上手くはないが――瞬間的な火力だけはあった。
エミルの放った矢が、モニカの炎に掻き消される。
実力ではエミルの方が断然上なのだが、瞬間火力ではモニカに軍配が挙がるらしい。
エミルは幾度か光の矢を放つが、悉くモニカの発する炎によってその効力を失った。
「……瞬間湯沸し器め」
エミルの決して小さくない悪態が、風に乗ってアリスの耳に入る。試合中だというのに、アリスはつい吹き出してしまった。
それは当然モニカにも聞こえていたようで、彼女は「何ですってぇ!?」と身体から炎を撒き散らし憤慨した。
怒り狂うモニカを尻目に、エミルが雷にも似た数多の光の筋を放つ。
さすがに炎だけでは相殺できないと思ったか、顔を歪めたモニカが魔力を練ろうとするのを、一歩早くアビゲイルの防壁が覆った。
次の瞬間、アビゲイルの防壁にエミルの雷が叩き付けられる。
辛くも防いだようだが、雷が当たった部分は焼け焦げて燻っている。
「よくもやったわね!!」
モニカが右手を払うと、炎が舐めるようにエミルを襲う。
回避行動を取ろうとしたエミルだが、その動きが一瞬止まった。彼は険しい顔をすると、素早く足元に目線を下げる。
――蔦だ。
エミルが魔法で引き剥がそうとするも、蔦の再生が早く、あれでは鼬ごっこだ。
ならば補助魔法を掛けて、物理的に蔦を引き千切ってもらうか。そう考え、アリスは補助魔法の一つ、身体強化の詠唱を始める。
だが、相手チームが待ってくれるはずもない。
「人を虚仮にして、その態度が気に食わないのよ!」
モニカが魔力を高め、動けないエミルへ炎を放った。
シェリーを警戒してか辺りを見回していたレイチェルが「調子に乗るんじゃないわよ、瞬間湯沸し器!」と、短絡的なモニカの行動に怒鳴る。
――その時だ。
アリスは見た。
レイチェルの影から白い手が現れ、彼女の足首を掴んだのを。
「えっ――きゃあっ!?」
右足の半ば程まで影の中に引き摺り込まれ、レイチェルは大きく体勢を崩し地面に倒れ込んだ。
反面、彼女の影から這い出ようとするものがいた。
影の中から、シェリーが姿を現した。さすがは元アメジスト寮、全くの無傷だ。
だがレイチェルの魔法が直撃していたのか、シェリーは全身濡れ鼠だった。
更には出て来る際に
レイチェルもだが、二人とも目も当てられない程に泥塗れだった。
まさかあのシェリー・クランチェが、文字通りこんな泥試合をするとは思ってもいなかったのだろう。
フィールド上のメンバーもだが、エメラルド寮の生徒は言葉の一つも発せず、エドワードですら茫然としていた。
誰も彼もが黙りこくる中、魔力の供給を止めたエミルが冷静に言った。
「――エドワード先生、レイチェル・バーグは首より上が地面に付いています。……これは、ボク達の勝ちですよね?」
エミルの問い掛けにはっとしたエドワードが、慌てた声でアリス達の勝利を告げた。
開始同様チーム毎に並び、向かい合うアリス達の顔を満足そうに眺めたエドワードは、泥だらけのシェリーとレイチェルを一瞥する。
「後の班の見学はしなくて良いから、お前等は風呂に入って来い。汚いぞ」
アリスは「異性から『汚い』などと真顔で言われると、たとえ相手がエドちんでも胸に刺さるものがあるな」と思いつつ、レイチェル達のチームに礼の姿勢をとった。
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