第26話 とてもすてきなおどりでしょうね

第26話 とてもすてきなおどりでしょうね①

 御前試合まで一ヶ月を切った。

 この間エドワードの『実戦における魔法対抗学』は、御前試合に向けた授業内容が主だった。

 具体的に言えばチームメイト同士の連携や、お互いの手数といった情報の擦り合わせだろうか。


 そして問題のエミルとシェリーだが……驚くべきことに、アリスが懸念していたような事態にはならなかった。




「アルカナ・フォレを襲った者の中に、お前はいなかった。『サーカス』にいたからといって全ての責任を押し付ける程、ボクも愚かじゃない。……だからといって『サーカス』を許す訳ではないが、お前が文化祭の時に、ボク達生徒を助けてくれた事実には変わりない。よって、お前を憎むのはお門違いだ」


「――人間は愚かだ。その愚かさを嘲笑わらうことは簡単だが、我等は悠久の時を生きるエルフの者。人の一生など、エルフにとっては赤子が赤子のままで死ぬようなもの。そして人もエルフも共通して、悲しみは風化する。……同胞を喪った悲しみは、いずれ時が癒すだろう。悲しいことだがな」




 そう話したエミルの口調はいつもと異なり、まるで別人のようだった。

 彼の達観した口振りは、神聖さすら感じる。


 同い年であるエミルだが、彼の身体の半分にはエルフの血が流れている。


 人生観、死生観とでもいうのか。

 彼等エルフのそれは、人であるアリスとは全く別次元のことわりだった。


 所詮は人の集まりである『サーカス』は、人であるが故に愚かしい行動をする。


 アルカナ・フォレの一件もその一つであると、エミルはそう言いたいのだろう。

 強大な力を持つとは謂えども、それでも人であるシェリーは、エミルの言い分を聞くと眉を下げた。



「――それは、少し寂しいな」



 フンと、エミルが鼻を鳴らす。



「お互い様だろう、『人間』」






「ほら、お前等何やってんだ。作戦タイムはもう終わりだぞ~」



 エドワードに急かされ、今が『実戦における魔法対抗学』の授業中であることを思い出した。



「……ボクが中衛、クランチェが前衛、ウィンティーラが後衛で良いんじゃないのか?」



「異論はない」



「え、ええ~。もうちょっと何かあるよね……?」



 エミルの提案一つで話が進んで行き、アリスは弱々しく抗議する。

 それを受けて、エミルとシェリーは顔を見合わせた。全く、こういう時ばかり一致団結するのは止めて欲しい。



「「これ以上の案はないだろ?」」



 散会したエミルとシェリーに、アリスは途方に暮れた。

 確かに二人共協調性があるかと言われれば言葉に詰まってしまうが、これは酷い。酷過ぎる。

 呆然と立ち尽くすアリスに、エドワードが憐れみの視線を向けた。



「それじゃ、手始めに模擬戦をしてみるか。その方が、今後の課題も見えて来るだろうしな。さて、どこのチームにやってもらうか……」



 しばし名簿を眺めていたエドワードだが、一つ頷くと顔を上げた。



「――レイチェル・バーグ、モニカ・コート、アビゲイル・ミュシャのチーム、前へ出ろ。対するはアリス・ウィンティーラ、エミル・マティス、シェリー・クランチェのチームだ。それ以外の班は、模擬戦に巻き込まれない所まで下がれ」



 シェリーがエメラルド寮へ転寮してから、彼女が魔法を用いる所を目にするのはこれが初だ。

 特別演習でしか馴染みのない元アメジスト寮のシェリーの戦いっぷりを想像し、戦々恐々としているクラスメイトも少なからずいたが、大半は期待に満ちた目をしていた。

 文化祭での一件以来、普通科の生徒達の間ではシェリーの印象が少しばかり変化したようだ。

 その華麗な手の平返しには内心憤ってはいたものの当の本人は気にした風ではないので、アリスが怒りの矛先を何とか収めたのは記憶にも新しい。



 指名されたレイチェルとモニカが、口論しつつ前へ出る。

 ……この二人、一周回って仲良くなれそうな気がするが――いや、無理難題に過ぎるか。



 アリス達三人も、無言で一歩前に出た。

 エドワードの指示で両チームが向かい合い、一礼する。すると目が合ったレイチェルが、「宜しく」と憮然とした表情で言った。

 毎度毎度モニカと口論になるのが、余程腹に据えかねるらしい。

 そんなレイチェルは兎も角、彼女のチームメイト達はシェリーを前にどこか緊張した面持ちだった。

 まるで模擬試合とは思えない程に思い詰めた表情に、アリスも釣られて顔を引き締める。



「それでは両チーム位置について……あ、ルールの説明してねぇや。『相手チームの誰か一人にでも降参と言わせるか、戦闘不能にさせること』。ここで言う戦闘不能っていうのは、『相手の肩から上を地に着けること』と同義だ。これは御前試合のルールも同じだ。まあ、シェリーは特別演習でも馴染みがあると思うが」



 エドワードの視線を受けて、シェリーがこっくりと頷いた。

 それを認めると、エドワードは再度両チームに位置に着くよう促す。


 試合という形で友人のレイチェルと向き合うのは、何だか不思議な気分だ。


 エドワードの砂色のマントから、細くも鍛え上げられた右腕がすらりと伸び、宙に向けられた。

 アリス達に限らず、両チームを取り囲むクラスメイト達にも緊張感が漂う。



「――それでは模擬試合、始め!」



 そうして張り詰めた空気を切り裂くように、エドワードの腕が振り下ろされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る