第25話 またお会いできるなんて、④
シェリーがエメラルド寮に転寮してから、数日が経った。
目に見えた大きな問題も特になく穏やかな日々を過ごしていた矢先、二年生に上がって初めての『実戦における魔法対抗学』の授業が行われた。
本来ならば二年生の四月から一年間通して行われるはずの授業であるため、一年生の九月頃よりスタートしたこの授業はあと半年程行われることになる。
その分後期からの授業は一教科減るので、少しだけ時間割に余裕ができるという訳だ。
「じゃあ以前話した通り、御前試合に向けてチーム分けを発表する」
短い錆色の髪をがしがしと豪快に掻きながら、エドワードがバインダーに視線を落とした。
彼はつかえることなく、受け持ちの生徒達の名前を読み上げる。
「レイチェル・バーグ、モニカ・コート、アビゲイル・ミュシャ」
――ある意味で凄いメンバーだ。
今しがた名前を呼ばれたモニカ・コートとアビゲイル・ミュシャは、ソフィア・フィリスと仲の良い少女達だ。従って、アリス達との折り合いは悪い。
アリスの視界の隅でレイチェルとモニカが嫌そうに顔を歪め、アビゲイルは眉を顰めていた。
そんな生徒の様子等気にも留めず、エドワードは淡々と続ける。
「次行くぞ。ソフィア・フィリス、コニー・ブラウン、ミリセント・ヴォルム」
アリスは慌ててミリセントの姿を探した。
やっと彼女の姿を認めると、その顔からは血の気が引いていた。
対するソフィアに動じた様子はないが、不愉快そうなのは彼女の纏う空気で感じ取れる。
むしろ怒気を孕んでいるのは、彼女の取り巻きであるモニカやアビゲイルの方だろう。
その証拠に彼女達、特にモニカは顔を真っ赤にしながら、何か言いたげに口をモゴモゴさせていた。
これが授業中でなければ、文句を言っていたに違いない。
チーム分けも終盤に差し掛かった所で、ここでようやくアリスの名前が呼ばれた。
「アリス・ウィンティーラ」
「エミル・マティス」
この組み合わせは妥当だろう。
アリスは戦力的にカウントされないに等しい。
「そして――シェリー・クランチェ」
近くにいたシェリーが、目を丸くしていた。
まさか、アリスと同じチームになるとは思ってもいなかったのだろう。
正直アリスも、シェリーとはチームが分かれると思っていたので意外だった。
「宜しくね、シェリーちゃん」
「ああ」
アリスはチームメイトとなったエミルを見やる。
彼はアリスからは少し離れた前列近くに、コニー・ブラウンと共にいた。
アリスのいる立ち位置からは横顔しか見えないが、エミルは明らかに険しい顔をしている。隣のコニーが、思い詰めた表情の彼を心配そうに見ていた。
エルフ・ハーフエルフの住まう森、神秘の森アルカナ・フォレは『サーカス』の襲撃を受けている。
死傷者もいたとミリセントから聞いたのは、つい最近のことだ。
エミルの口から『サーカス』の恨み節を聞いたことは一度としてないが、内心穏やかではいられまい。
(……御前試合、どうなっちゃうんだろう)
顔を曇らせるアリス等お構い無しに、全てのチーム分けを発表したエドワードが、どういった基準でチーム分けを行ったかの説明を加えた。
「属性は一応被らないように考慮してあるが、例えばメンバーの能力値が高めに設定してある場合は」
エドワードとアリスの目が合う。
「アリスとエミルのように、光属性が二人といったハンデを科させてもらった」
エドワードの言葉に、アリスは周りを窺い見る。
確かに、クラスの中でも比較的魔力の強い生徒がいる班は魔法属性が被っていたり、余り魔法が得意ではない者と組まされているようだ。
それでいうとアリス、エミル、シェリーの班は二重苦である。アリスとエミルの属性被りに、攻撃力皆無のアリス。
シェリーと組むのだから、これも当然ということだろうか。
如何せん彼女の今の魔力がどれ程抑えられたものなのかを知らないため、この組み合わせに正当性はあるのか判断できない。
「よし、じゃあチームで集まってくれ」
エドワードが促すと、早速積極的な生徒の何人かが「こっちだよ!」と声を張り上げた。
こちらに近付いて来るエミルの距離が縮まれば縮まる程、彼の眉間に刻まれた皺がいつも以上に深いことに気付く。
アリスは、一年前の惑わしの森での罰則を思い出した。あの時のレイチェルとシェリーが醸し出す空気も、こんな感じだったような気がする。
「――エミル・マティスだ。先程エドワード先生からもあったが、魔法属性は光。同じチームになったのも何かの縁だろう。宜しく頼む」
エミルのぶっきらぼうな口調はいつものことだが……先入観があるからか、更に磨きが掛かっているように思える。
シェリーはこのような態度の生徒には慣れっこなのか、特に気にした様子もなく「ああ。宜しく」と至って普通に挨拶を交わしていた。
何と言うか、いつ頃からかシェリーが少し丸くなりすぎているような気がしてならない。勿論、外面的な話ではなく、内面的な話だ。
外面的で言うならシェリーはもう少し肉を付けても良いのではと、アリスは内心思っている。身長の割に痩せ過ぎだ。
そんな現実逃避をしながら、ミリセントとレイチェルの方に視線を向けた。
レイチェルの所は、既にレイチェル対モニカの口論が始まっている。
チームメイトのアビゲイルは、モニカと仲が良い割に彼女の助けに入る訳でもなく、自身の近くでひらひらと舞っている蝶を目で追っていた。
ミリセントとソフィアは向かい合い、ただひたすら無言を貫いている。
彼女達の間に挟まれるコニーが身を縮込ませ、いつも以上に小さくなっていた。
ふとコニーと目が合った。正確には彼の目は、長く厚い前髪によって隠されているのだが。
頷き合ったアリスとコニーは胸の前で両拳を握り締め、お互いにエールを送った。
(今年も、波乱万丈の一年になりそうだな……)
四月の暖かい風が、アリスを励ますようにそよりと吹いた。
短い髪が風に遊ばれ、掻き乱される。まるで誰かに頭を撫でられ、慰められているような気分になった。
薄暗い白亜の大広間で男は一人、格式張った椅子に深く凭れていた。だだっ広い広間にぽつんと置かれたそれは、どこか玉座にも似ている。
今は祈りの時間ではないため、大広間に信者の姿は皆無だ。
それに彼等がいた所で、どうってことはなかった。男にとって信者というものは、ただの俗物でしかない。
祈りの言葉を口にし『御子の御為に』等と大それたことを言うが、御子は彼等にとっての都合の良い道具に過ぎない。自身を救ってくれる、都合の良い道具。
信仰の対象は何だって良いのだ。それが偶々『光の御子』だった、ただそれだけ。
自身を救ってくれさえする霊験あらたかなものであれば、彼等はそこらに落ちている石ころにすら縋るのだろうなと夢想し、男は鼻で嗤った。
男の左手に頬を擦り寄せていた女が、その気配を感じ取ってかゆったりと顔を上げる。
「――何か、面白いことでもあったのかしら?」
女は蛇の如く笑い、男の正面に回る。
そして男の太腿に乗り上げると、獲物を絡め取るような動きで彼の肩に両腕を回した。
ブロンドの髪が、男の頬を擽る。
彼女の香水だろうか。嗅ぎ慣れない、
女の毒々しいまでに紅色の唇が、弓なりに歪む。
「……彼女は学校に戻ったんだろう? その間約半年の期間があったと思うが、首尾はどうなんだ」
他の女性、それも十以上も歳の離れた少女の存在を仄めかしただけで、女は拗ねたように男から離れた。
彼女のこういう態度が、毎度男の理解の範疇を超えている。彼女が男に対し何を求め、どのような感情を抱いているのか、解せなかった。
「信者は三倍以上に増えたそうよ。シオンとレネスが、子供みたいにはしゃいで自慢気だったわ」
「……あれは子供のようなものだろう。なら良いんだ。ないとは思うが、彼女に万が一『あれ等』の顔を見られていたら計画が滞る。二国を相手取るには、信者の数が心許ない」
「『熾天使』なんてご大層な二つ名を持つ甘ちゃん
大広間に、ヒートアップした女の
男の興味関心を引いていることが気に食わないのか、彼女はあの少女のことを毛嫌いしている。
怒りにも似たそれは、少女の養父である魔法警察省大臣にも向けられていた。
そちらへの嫌がらせも順調だ。男自身はかの大臣に恨み等ないが、計画の障害になることには違いない。
よって同情はするものの、女を止めることはしない。
すると、女が癇癪を起こした少女のように足を踏み鳴らす。
不愉快なヒールの音が断続的に続き、男はやれやれと肩を竦めた。
耳障りなそれは、しばしするとタップダンスのように規則性のあるものへと変わる。
肘掛けにだらしなく肘を突いた男は、音に合わせて無意識に拍をとっていた。
実を言うと、あの少女に興味がある訳ではない。
今も昔も、男が関心を持つのはただ一人。
――男にとっての『光の御子』の復活。
「ここからだ――今度こそ、貴方は『完璧な貴方』になる」
突然、女がリズムダウンする。
男の脈動とヒールが打ち鳴らすリズムが、偶然にも重なった。
目を閉じると生じる暗がりは、まるで母の胎内のようだ。
――『貴方』も、これを感じていたのだろうか。
男の意識は羊水の中で微睡むように、夢という海へ深く沈んで行く。
そこにはいつも『貴方』がいる。
男が望む――『完璧な貴方』が。
第25話 またお会いできるなんて、 完
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