第26話 とてもすてきなおどりでしょうね③

 放課後。

 アリス達のチームは『実戦における魔法対抗学』で行われた模擬戦の、反省会を開いた。

 言い出しっぺはアリスだ。想像以上の自分の使えなさに、チームメイト二人に身の振り方を相談しようと思ったのだ。

 後は単純にもう少し仲を深めた方が良いのではということと、連携が取れていなさ過ぎて、このままではいけないということを議題に出そうと考えていた。



「――『後衛は何をしたら良いか』?」



 案の定「何言ってんだコイツ」という顔を隠さず、エミルが鼻に皺を寄せる。



「エミル君、私と同じ光属性だから……」



「なら、見てて分かるだろう。ボクは余り、補助系の魔法が得意じゃない」



「……相手チームに、罠を張るのが上手い奴がいたな。光属性の属性魔法に、ああいう魔法はないのか?」



 アビゲイル・ミュシャの木属性の魔法のことだろう。アリスとエミルが捕まったあれだ。

 自身の失態を思い出したのか、エミルが苦い表情を浮かべた。そしてそれを無理矢理忘れ去るように首を一つ振ると、憂いを帯びた目を伏せる。



「……捕えるようなものではないが、一つ思い当たるものがある。閃光弾的なやつなんだが」



「私、頑張って覚えるね!」



「……どうしてそんなに拘るんだ? 何か、お前のイメージじゃないな」



 不思議そうに首を傾げるシェリーに、アリスは意気込んで言う。



「……私だってシェリーちゃんとエミル君の足を引っ張りたくないし、折角なら二人に代表に選ばれて欲しいもん!」



 エミルとシェリーが顔を見合わせた。

 二人は盛大に溜め息を吐くと、仕方なさそうに苦笑する。……エミルは渋々感が否めなかったが。



「――解った。ボクも、お前が使えそうな魔法を色々と考えてみる」



 同じ光属性のエミルがそう言ってくれるのは、正直頼もしい。アリスは「ありがとう!」と礼を言って、もう一つの話題に移った。



「それとね。試合中のシェリーちゃんとエミル君は、もうちょっと連携というか、コミュニケーションというか……サインとかを決めた方が良いと思うの」



「魔法競技じゃないんだぞ」



 肩を竦めるエミルだが、アリスの意見を否定はしない。模擬戦で思う所があったのだろう。

 シェリーに攻撃の動線を遮られたのはレイチェル達のチームだけではなく、属性魔法の光の弓矢を好んで用いるエミルもだ。



「ウィンティーラ。サインというのは、たとえば?」



「うーん……避けて欲しい時はピースするとか?」



「はぁ、試合中にか? それはただの馬鹿だろ。却下だ、却下。まず格好悪い」



 アリスの案を全否定し、げぇと舌を出すエミル。

 このままでは埒が明かないと思ったか、シェリーが「追々決めていけば良いんじゃないか?」と助言すると、そのまま続ける。



「エドワード先生が、御前試合は放課後も演習場を解放すると話していただろ。放課後にまた集まって、お互い動きを確認するのはどうだろう? サインやら何やらは、その時決めれば良い」



 シェリーの提案にエミルとアリスは頷くと、明日の放課後、改めて演習場に集まることにした。











 翌日。

 約束通り、三人は演習場に集まった。考えることは皆同じなのか、他寮の二年生の姿がちらほら見受けられる。

 結構レベルの高い班もあり、見ているだけで勉強になりそうだ。



「ウィンティーラ、昨日話した罠なんだが……」



 話す傍ら、エミルは空中に光の球を創り出す。

 Mr.アダムスで売っているキャンディーを、一回り程大きくしたサイズだ。

 しかしあそこのキャンディーとは違い、誤って飲んだら喉に詰まるだろうなと下らないことを考えた。

 以前シルヴェニティア魔法学院との親善試合の際に、元アメジスト寮のクリスが召喚した光の精霊『ルス・エリ』にも似ている。



「エミル君、それ何?」



「触ってみろ」



 エミルに促されるがまま、アリスは人差し指で光の球の一つをつついた。

 アリスの指が触れた途端、激しい閃光と共に光の球が消滅する。

 諸にそれを浴びたアリスは余りの眩しさに目を固く瞑り「うわわわ、何!?」と、些か間の抜けた悲鳴を上げた。

 慌てるアリスを尻目に、これを見越して目を閉じていたエミルは淡々と言う。



「閃光弾のようなものだ。たとえば、これを事前に地面に仕掛けて置く。相手が上手いこと踏めば、ちょっとした目眩ましにはなるだろう。昨日のアビゲイル・ミュシャの魔法のようにな。隙ができるのは一瞬だろうが、魔法士にとっての一瞬は大きいだろう?」



「その後の攻撃は、私の役目じゃないんだけどね……」



 若干情けない気持ちになりつつ、アリスは肩を落とした。



「チーム戦なんだから、誰の力だろうと関係ないだろう。強いて言うなら、皆の力だ」



 シェリーのフォローに、エミルが皮肉気に問い掛けた。



「お前は、何か手があるのか?」



「あることにはあるが……」



 シェリーが自身の影に干渉し、そこから闇色の魔物の腕を生やす。

 魔力を少なく供給しているのか、魔物の腕はとても小さい。それは小鬼の腕のようで、妙に可愛気がある。



「たとえば昨日、オレは石柱を出現させたが……ああいった遮蔽物の影にこいつ等を潜ませて影に引き摺り込んだり、転ばせたりすることができる。お前達が捕まったみたいにな」



 失態に触れられ、エミルが唇をへの字に曲げた。

 シェリーの性格からして嫌味を言っているつもりはないはずなので、アリスは苦笑いする。



「それ、場合によってはすっごいホラーだね……」



 そういうのが苦手な人間からすれば、冷や汗ものだ。下手をすれば、心臓が止まってしまうかもしれない。

 少なくとも、アリスには腰を抜かす自信がある。



「――エミル君。その光の球の魔法、教えてくれる?」



「ああ」



 アリスが目眩ましの魔法を教えてもらっている間、手隙のシェリーは大気中の水を氷へ、水蒸気へと次々に変化させていた。

 彼女は魔力制御のチョーカーによって抑えられた魔力にまだ慣れていないのか、頻りに首を傾げている。



「……アイツの主属性は闇だというのに、なのにか。恐ろしい奴だな」



 すると、アリスに魔法を教えている風を装いながらエミルが囁いた。



「クロムとの親善試合の時は、小さな氷を出すのが精一杯だったはずだ」



「……うん」



 そこまで接点のあった訳ではないエミルの目から見ても、矢張異常なのだ。

 シェリーは手慰みに水を状態変化させているが、本来ならばそんなに軽々しくできる魔法ではない。



「――呑まれないよう、注意してやることだな」



 重々しい響きを持って発せられたエミルの忠告に、アリスは深く頷く。

 そうしてエミルにしばらく魔法を教わっていたものの、結局今日一日では物にできず、次回までの課題として持ち越しとなった。


 更に問題のエミルとシェリーの連携は分かりやすいサインが浮かばず、これまた一時保留になってしまい、「本当にこのままで大丈夫なのだろうか」と不安を煽られるだけとなった。











 エミルとは談話室で別れ、アリスとシェリーは女子寮のアリスの部屋で作戦を練る。

 その真剣さに、シェリーが、感心したように言った。



「本気だったんだな」



「当然だよ! 二人の足を引っ張りたくないし……それに、レイちゃんとミリィちゃんも、凄い頑張ってるみたいだったから」



「レイチェルとミリセントが?」



「うん。部活の先輩とかに、属性魔法を教わったりしてるみたい」



「ふうん……代表って、そんなに選ばれたいものなのか?」



 訝しげなシェリーに、アリスは内心で否定する。

 別に何が何でも代表になりたいと言う訳ではなく、アリスも、レイチェルも、ミリセントも、それぞれがあの文化祭の出来事に思う所があった。


 だからこそ付け焼き刃でも、少しでも変わりたいと、強くなりたいと望むのだ。

 御前試合の代表とは、体の良い理由でしかない。


 アリス達にそう思わせる切っ掛けとなった当の本人は、全く気が付いていないようだが。



「……正直今のオレの実力が、どこまで他寮の生徒に通用するのか読めない。でも、やれるだけのことはやってみるさ」



 言外に「お前アリスが望むなら」と続きそうなそれに、どうしてか少しだけ、ほんの少しだけ息が苦しくなった。






 アリス達三人は、その後も何度か放課後に集まり実戦込みで連携の練習をしたが、中々上手くはいかなかった。


 ――そうして、あっという間に代表チームを決める日はやって来てしまった。

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