第29話 想像もつかないくらい②
アリスが裏工作をしている間、カイン、レグの両名を相手にしているエミルは、顔には出さないが苦戦を強いられていた。
否、少しずつ圧され始めている。それは自分自身が一番理解していた。
ここまで勝ち上がってくるチームだ。当然、二人共にガーネット寮内の実力者でもある。
一対一ならばまだ勝機もあるだろうが、そもそもの実力は拮抗している。
それが二対一ともなれば、少しの油断が勝敗を決するだろう。
カインの炎を防御魔法で防ぎ、カーミラと対峙するシェリーに視線を向ける。
シェリーとカーミラ。同じ魔法属性を持つ二人は、お互い中々決定打を与えられず、膠着状態が続いているようだ。
今のカーミラの実力は、エミルを上回っている。
だがこのまま二対一で圧し負けるよりは、遥かにマシだ。少なくとも、一縷の望みはある。
そう判断したエミルの行動は、早かった。
「クランチェ!」
余裕のないエミルの声に、シェリーが素早く反応した。
彼女は向かい合っていたカーミラにさっと背を向けると、エミルの下に駆け出す。
シェリーと入れ替わるようにエミルが反転し、しつこく追って来ようとするカーミラへ光の矢を放ち牽制する。
カインとレグの前に踊り出たシェリーは、挨拶代わりに土属性の魔法をお見舞いした。剣山の如く
彼等は
演習場を覆い隠す形なき闇の一部が、カインとレグを絡め取った。
この場が有利なのは、カーミラだけではない。
本位ではないが、闇はシェリーにとっても馴染み深い。『
火属性であるカインは激しく魔力を燃焼させ、それにより生じた炎を光源として、闇の拘束を解いた。
一方のレグは、闇から未だ逃れられずにいる。
これで、彼等の実力差もはっきりした。シェリーは真っ先にレグへと狙いを定める。
シェリーの思惑に気付いたか、カインがレグを庇って炎の鞭を放った。
シェリーが右手を振り払う動作をすると、彼女の影から這い出た魔物の腕が、小煩い蠅を払うように炎を散らす。
――しかし、それは囮だった。
シェリーの足元に、火属性の属性魔法を示す大きな魔法陣が展開された。
逃れようと身を引くシェリーだが、一歩遅い。
彼女を中心に、その周りを炎が渦巻いた。
レグを助け出すまでの時間稼ぎか、はたまた足止めか。
シェリーは燃え盛る渦の中、冷静な頭で解答を弾き出すと、焦ることなくエミルを見やった。
カーミラに優位な魔法属性を持つはずのエミルだが、それだけに実力の差が明確だった。
それでも、勝機がない訳ではない。
視界にちらつく炎を鬱陶しく思いながら、シェリーは薄暗い天上を仰ぐ。――やることは決まった。
素早いカーミラの攻撃を、エミルは先程から間一髪の所で避けていた。
時折、躱しきれない攻撃を後衛のアリスが防御魔法を駆使することで、何とか無傷で済んでいる。
……『二人で一人前』ということか。
アリスの魔法がなければ、最悪チームの敗北も有り得るような冷や冷やする場面が何度かあった。
認めたくないが、それは事実だ。
エミルは歯噛みする。
この闇の中では、光属性である己やアリスの本領は発揮できない。……アリスは闇が晴れた所で、攻撃の手段は何一つとして持ち得ないのだが。
本来ならば光属性の魔法『蜃気楼』を用いたいが、演習場は闇に覆われ『蜃気楼』を使える程の光が集まらない。
光を晴らせば、あるいは。
だがそうするには、エミル自身の保有する魔力量が足りない。
それ程に、カーミラの魔力を多量に含む闇の帳は厚く、濃い。
そこまで考え、エミルははたと気付く。
『エミル一人の魔力では足りない』――しかし二人なら?
エミルは横目でシェリーを窺い見る。
考えることは同じなのか、炎を反射して輝く紅玉と目が合った。
シェリーは炎の渦の中だ。
だがそれでも、彼女ならば。――これは賭けだ。
エミルは魔法陣を展開させ、カーミラの鼻面へ雷を放つ。
いつもの威力に比べれば痛くも痒くもないだろう弱々しいそれを、彼女は防御魔法で簡単に防いだ。
カーミラが不敵に笑う。まるで、獲物をいたぶるのを愉しんでいるように。
赤い唇がにぃと笑みの軌跡を描く。見せ付けるように、彼女の右手がゆっくりとエミルへ向けられた。そして、
油断していたカーミラを、再度エミルの雷が襲った。
響き渡る雷鳴に、観客のみならずカインやレグの視線も引き寄せられた。
雷鳴を合図に、シェリーは魔力を練り上げた。
今回ばかりは
事前に魔力を編んでいるのは、保険でもあった。
真っ先にシェリーの魔力に気付いたカインが、多量の魔力を炎の渦へと流し込む。
炎は周囲の酸素を使い尽くす勢いで更に勢いを増し、天まで届きそうな程に燃え上がった。
――しかし残念ながら、狙いはカインではない。
こうして炎を目の前にすると、いつぞやのヴァイスとの決別を思い出す。恐らく一生、解り合えない彼を。
シェリーは
そして激しく燃える炎の渦へ、真正面から突っ込む。
走り抜けながら、パチパチと散る火花の音を耳が拾う。熱さなど感じる間もなく、炎の壁を抜けた。
その先で、自身と同じ紅玉の目を丸くするカインの姿があった。
四大貴族達が集う控室で出合わせた、フォード家当主ロイ・フォード。
――シエルとシェリーの、実の父。
こうしてカインの顔を見ても、腹違いの兄妹であると言われても、どうにも信じられない。
一瞬だけ窺えたロイの面影を、カインの容貌から読み取ることはできなかった。
シェリーは高めた魔力を放出した。
カイン、レグが身構えるが、それは彼等の杞憂だった。
『ぐうっ……!』
魔法陣が展開された先は、先程の雷を受けても尚無傷のカーミラの……その背後。
カーミラの背丈を遥かに上回る大きさの魔物の腕が、彼女を押し潰さんと迫る。
これにはさすがのカーミラも、エミルから距離を取った。
「――マティス。今だ、行け!」
シェリーの呼び掛けに頷いたエミルは、俊敏な動きでアリスの下まで後退した。
アリスは、戻って来たエミルに驚いて声を上げる。
「えっ、どうしたの?!」
「力を貸せ、ウィンティーラ。ボクの後に続いて詠唱しろ! 早く!」
勢いに圧されて頷いたアリスは、エミルの詠唱の後に続く。
何の説明もされることなく詠唱を始めたアリスだが、途中でこれが光属性の魔法の詠唱であることに気付いた。
果たして光属性の何の魔法だったか。ジストの授業、魔法基礎学の教科書に載っていたような気がするが……。
所々つかえながらも、エミルに倣いひたすら詠唱を紡ぐ。
アリスの視線の先で、シェリーがガーネット寮の生徒三人を相手取っていた。
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