第24話 時 流れた⑤

「――私とエニィちゃんと……ソフィアちゃんは幼馴染みなの。村には子供が少ないから、私達が仲良くなるのは必然だった」


「もう四年近く前になるかなぁ……エルフ、ハーフエルフの人達が住むアルカナ・フォレが『サーカス』に襲われたの。このサルバス=フォレにも火の手が迫って……本当に怖かった。近しい人が、友達が死んでしまうんじゃないかって思った。実際、アルカナ・フォレでは亡くなった人もいたって、後から聞いたよぉ」


「サルバス=フォレに被害はなかったの。でも『サーカス』の恐怖に当てられて、村の人達は皆疑心暗鬼になった。そうしてどういう経緯なのかは分からないけど……『サーカス』を手引きした人がいたんじゃないかって話になった」


「ソフィアちゃん、フィリス家は昔からこの辺り一帯を治める貴族様だったんだぁ。現在は領主とまではいかないけど、それでも村の中心だった。……だけど、以前からそれが気に食わないって人も中にはいてねぇ。その人達が言い出したのかどうか真相は兎も角、ソフィアちゃんやフィリス家の人が怪しい、『サーカス』を手引きしたんじゃないのかって……ソフィアちゃんは強い魔力を持っていたから、皆尚更そう思ったのかもしれない」


「――そして村の人達は、フィリス家を取り囲んで詰め寄った」



 ミリセントは過去の情景を思い起こしているのか、話しながらも虚ろな目でどこか遠くを見ていた。



「当然、フィリス家の人達は『サーカス』との関与を否定したし、馬鹿げたことだって一蹴した。でもフィリス家に悪感情を抱いていた一部の人はその態度に激昂して、近くにいたソフィアちゃんに向かって魔法を放ったの。そんな彼女を庇ったのが、エニィちゃんだった……アリスちゃんはそういう所が少しだけ、ほんの少しだけ、エニィちゃんに似てるよぉ」


「……当たり所が悪かったのか、怪我が治ってもエニィちゃんは目を覚まさなかった。四年近く経った、今でも」


「それ以来、ソフィアちゃんのお家と、エニィちゃんのお家は私達サルバス=フォレの住人と関わらないようにしてる……当然だよねぇ」



 ミリセントに掛ける言葉が、いくら探しても見付からない。

 口を閉ざすアリスとレイチェルに、ミリセントは懺悔染みた口調で言った。



「……私ね、村の人達が大好きなんだぁ」


「――だからね、怖かった。いつも声を掛けてくれるおじさんが、笑い掛けてくれるおばさんが、作ったお菓子を分けてくれるお婆さんが、見たこともないような表情でソフィアちゃんや、フィリス家の人達を責めるのが」


「……私、助けを求めるソフィアちゃんと目が合ったのに、気付かない振りをした。ソフィアちゃんを庇ったら、大好きな人達に私もこんな目で見られるんじゃないかって。そう思ったら、怖くて堪らなくなった。狡いでしょ? ――ううん。こんな風に聞くのも、狡いよねぇ」



 力無く肩を丸めたミリセントは、いつも以上に小さく見えた。

 当事者ではないアリスが、好き勝手言うのは簡単だ。しかし、それでミリセントの気持ちが晴れることはないだろう。彼女の憂いは、ソフィアとエニィとの対話でしか解決されない。

 


「『サーカス』はサルバス=フォレ私達にとって恐怖の対象であり、罪の象徴なの。――でもそれ以上に私は、あの時の私自身が恐ろしかった」


「ソフィアちゃんの縋るような目ですら、私は無視した。無視できてしまった……何よりも、それが一番怖かった」


「……ソフィアちゃんが私を憎む気持ちも、良く解るの。私は、エニィちゃんのお見舞いにも行かない薄情者だから。……でも私にエニィちゃんに会う資格なんて、ある訳がない」



 沈んだ声音で、ミリセントが話を締め括った。

 居たたまれず、アリスは出されたハーブティーを静かに口に含んだ。すっかり冷めてしまっている。場違いな清涼感が、やけに喉に残った。

 レイチェルが無言で眼鏡の弦を直す。カチャリという軽い音と共に、彼女は口を開いた。



「――確かにイオステュールの『惨劇のクリスマス』辺りを境に、魔法史学なんかで学ぶような魔女狩り染みた行為が、多数報告されているわ。常日頃から気に入らなかった人間を排除するために、『サーカス』の存在を利用した人達がいたのは事実よ。サルバス=フォレのように、ね」



 レイチェルの、ただただ事実を告げる淡々とした口調に、ミリセントがそっと目を伏せた。

 事実を――そこにある真実をひたすら追い求めるレイチェルの、真っ直ぐな視線を受け止めるのは辛く厳しいものがあるだろう。

 彼女の言葉は、雄弁に語る目は、疚しさを抱える者にとっては余りにも毒だ。



「はっきり言って、サルバス=フォレアンタ達のしたことは愚かしいことよ。唾棄されるべき行為と言っても良い――でもそれは一般論」


「『ミリセント・ヴォルム』の友人の立場から言わせてもらえば、どんな過去があろうとなかろうともアタシはミリィアンタの友達だし、ソフィア・フィリスのことは嫌いだわ」


「――入学式の時の彼女の態度は、今の話を聞いて理解できた。本来ならば、同情されて然るべきなのかもしれない。それでも、アタシはソフィア・フィリスが気に食わないし、あの時の彼女の態度を許そうとも、これから仲良くしようとも思わない」


「……でもミリィが、ソフィア・フィリスと仲直りしたいというなら……手伝ってやらないこともないわ」



 レイチェルは長々と言葉を重ねていたが、結局はそれを伝えたかったのだろう。

 気難しい表情で口を噤んだレイチェルに、アリスは薄く微笑んだ。



「……ミリィちゃんは、ソフィアちゃんと仲直りしたい?」



 アリスの問いに困惑した様子で視線をさ迷わせていたミリセントだが、やがて小さく頷いた。



「仲直りはできなくても、話がしたい。……後悔はしたくないから」



 以前は「まだ話す勇気がない」と口を閉ざしていたミリセントが、こうして決意して話をしてくれた。そこには恐らく、文化祭でのシェリーの一件も関わっているのだろう。


 シェリーのことを思うと、不甲斐なさと寂寥感で胸が締め付けられる。


 それでも、ミリセントが己自身で成長し変わっていこうとしていることに嬉しくなった。

 自分には勿体ない位に、眩しく真っ直ぐな友人達だ。

 彼女達と――レイチェルとミリセントに出会えて、本当に良かった。











 ミリセントに見送られながら、アリスとレイチェルはサルバス=フォレ駅を後にした。

 車窓から射し込む西陽が目に痛い程で、レイチェルが問答無用でカーテンを閉めた。景色を楽しもうといった情緒よりも、利便性を優先する彼女は本当に現実的だ。



「……何か、色んなことがあったわね」



「うん。でも、ミリィちゃんのお母さんの料理、美味しかったなぁ」



 茸はアリスの気分的なものなので兎も角、グラタンは本当に美味しかった。パスタが入っていたのも、満腹感があり最高だった。

 食べ物のことを考えていると、お腹が減ってきた。微かに鳴ったアリスの腹の虫に、レイチェルが吹き出す。



「お腹減ったわね」



「……うん」



 汽車はがたがたと断続的に揺れながら、彼女達を乗せて走って行く。


 明日から、二週間ばかりの春休みが本格的に始まるのだ。


 孤児院の自室の机に重ねられた五冊の本を思い浮かべ、カーディガンの――普段ならば制服の胸ポケットがある辺りに、そっと触れる。


 匂い袋の、柔らかな匂いが香ることはない。


 レイチェルはアリスのその仕草を見咎めることなく、水色のカーテンをぼんやりと眺めていた。






 第24話 時 流れた 完

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