私の断片2 記憶にたなびく
私の断片2 記憶にたなびく①
新入生だろう。花飾りを左胸に付けた生徒と、何度か擦れ違った。
緊張して強張った表情の彼等、彼女等の制服は少し大きく、どこか着せられている感が抜けない。
どの家族も当事者である生徒以上に、保護者の方が気合いが入っているように思える。
新入生の生徒の父親だろうか。大きなカメラを持っているスーツ姿の男性の姿も少なくない。子供の晴れ舞台だ。力が入るのも仕方がないか。
アリスは何組かの家族連れを追い抜きつつ、人波に従って大講堂へ向かう。
自分の時はどうだっただろうかと、一年前の記憶を掘り起こす。
それはまるで昨日のことのように、目蓋の裏に思い描くことができた。
「ここ、どこなんだろう……」
後見人として入学式に参加してくれたサラは「入学手続きをしてくるわ」と、その場を離れていた。
故にアリスは一人、入学式の会場である大講堂とやらを目指していたのだが……全く以てそれらしい建物に辿り着けない。
今は硝子張りの建物を目の前にして立っている。
外から窺い見るに、温室だろうか。
生憎見取り図が描かれた書類は、サラが他の重要書類と共に持って行ってしまっていた。
初等部、中等部、高等部を包括しているテラスト魔法学校は、その敷地も広大だ。
これから先毎日のように迷子になる未来しか見えず、アリスは途方に暮れた。
「――君、温室に用事? 今日は入学式でネロ先生もアンジェラ先生も出払っているから、開いてないよ」
背後から唐突声を掛けられ、アリスは後ろを振り返った。
そこには中性的な見た目の、優しげな風貌の男子生徒が立っている。彼はアリスの左胸を彩る花飾りに目を留めると、首を傾げた。
「その花飾り、新一年生だよね。大講堂はこっちじゃないよ。……もしかして、親御さんと待ち合わせ?」
「あっ、いえ。その……」
言うか言わまいか逡巡するも、入学式に遅れたことがバレたらサラにこっぴどく叱られるだろう。
それに比べれば自分が多少恥を掻く位、どうってことはなかった。
「大講堂の場所が分からなくて……教えてもらえませんか?」
「……講堂は正反対だよ」
男子生徒は気不味げにそう言うと、「こっち」と手招きした。
どうやら大講堂まで連れて行ってくれるらしい。
彼は此方の歩幅に合わせてくれているのか、その歩みはゆったりとしたもので、アリスは恐縮しながらもその後を追った。
「僕は
「あっ、アリス・ウィンティーラです! 宜しくお願いします!」
立ち止まって勢い良く頭を下げたアリスに、麗と名乗った男子生徒が苦笑した。
「そんなに畏まらなくて良いよ。……アリスさんは、どこか希望の寮があるの?」
「あの、どこの寮が良いとか悪いとか、そういうのってあるんですか?」
「どうだろう。聞いたことないなぁ」
「じゃあ、麗……先輩の寮は、どういう雰囲気ですか?」
アリスの質問に、麗は腕を組んで考え込むと宙を仰ぎ見た。
「うーん……穏やかな生徒が多い、かなぁ? 先生は個性的な人が多いけど、ってこれは全部の寮に共通してるか」
「先生達って、やっぱり怖い人が多いんでしょうか」
「怖いっていうよりも、
麗はさっと言い直したが、言葉の意味は同じである。
自身の入寮する寮がどこになるのか、一気に心配になってしまった。不安気に顔を曇らせるアリスに、麗がからからと笑う。
「大丈夫。住めば都って言うように、入ったらその寮にも先生達にも慣れてくるさ」
フォローになっていないような気もするが、気を遣ってくれたのだろう彼に、アリスは曖昧に頷いた。
「――着いたよ。あそこが大講堂。新一年はもう入場してるだろうから、あとは近くの人に案内してもらうと良い」
話をしていると、大講堂まではあっという間だった。
これ幸いとばかりに麗を質問責めにしてしまったが、彼は嫌な顔一つしなかった。
迷っていたアリスに声を掛けてくれたことからも、性根の優しい人物なのだろう。
麗はアリスを促すばかりで、自身は大講堂には入らないつもりらしい。
この学校では、在校生は入学式に参加しない方針なのだろうか。でも普通は参加するものなのでは……いや。多分、彼はこれから用事があるのだろう。
こんなに真面目そうな麗がサボる訳もないだろうし、恐らくそうなのだろう。
浮かんだ疑問を即座に頭から消し去り、アリスは改めて麗に向き直った。
「あの、ありがとうございました!」
再び風を切るように頭を下げたアリスに、麗が勢いに圧されて後退る。
「気にしないで。それじゃあ、アリスさん――もしもエメラルド寮に組み分けられたら、その時は宜しくね」
向けられた微笑みに、雷に打たれたような衝撃が走った。
ひらりと手を振って去って行く麗に、アリスは惚けた表情で手を振り返す。
「優しくて素敵な人だなぁ……」
麗の後ろ姿が見えなくなっても手を振っていたアリスだが、偶々その場を通り掛かった教師に見咎められ、ようやく大講堂へと足を踏み入れた。
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