私の断片2 記憶にたなびく②

 折角の晴れ舞台だというのに、アリスの頭の中は先輩であるリーのことで一杯だった。


 式典も終盤となり、シャン・スタリア校長直々に寮の組み分けが伝えられる。

 魔法学校の校長は、アリスの中では貫禄ある老齢の男性のイメージだったのだが……登壇したのは全く正反対の妙齢の女性であった。

 彼女の傍らに立つ副校長の方が、アリスの想像に近い『魔法学校の校長』らしい見た目をしている。


 校長がまだ若い女性であるということもだが、アリスが一番驚愕したのはシャンの真紅の髪とドレスが、まるで燃え盛る紅蓮の炎のように見えたことだ。


 一言で表すと『派手』。それに尽きる。


 校長とは、皆このような感じなのだろうか。

 学校に通うのはこれが初めてのアリスには、正解が分からなかった。



 生徒の名前が次々と呼ばれていく最中も「もしもエメラルド寮に入れたら、是非とも麗先輩とお近付きになりたいな」等と邪なことを考えていると、アリスの名が呼ばれるのはあっという間だった。



「アリス・ウィンティーラ」



「――はい!」



 アリスは大きく返事をして、席から立ち上がった。

 保護者席には後見人のサラもいる。小さい声で返事なぞしたら、後で小言を言われてしまうかもしれない。


 すると壇上のシャンと目が合い、薄く微笑まれる。

 彼女のいる壇上とアリスが座る席はかなり離れているのだが、何故だろう。漠然とそう感じた。




「――エメラルド寮」




 厳かなシャンの声が講堂内に響く。


 ――『エメラルド寮』。麗と同じ寮だ。


 それが分かった瞬間内心小躍りし始めたアリスは、シャンと目が合ったことなどすっかり明後日の方向へと放り投げてしまった。


 シャンは麗美なかんばせを俯かせ、演台へと視線を落とす。恐らく、次の生徒の名前を確認しているのだろう。

 そう間を開けず、隣の席の生徒が名前を呼ばれた。彼はサファイア寮だった。


 式は粛々と進行する。

 比較的最初の方に名前を呼ばれたアリスは、シャンが新入生全員の名前を呼び終えるまで、エメラルド寮で麗に会えたら先ずは何を話せばいいか、妄想を捗らせた。











 ようやく新入生全員の名前と彼等が編入する寮を読み上げたシャンは、次いで高等部一年生を担当する教師の名前を告げ、今年度からの教育実習生を紹介した。

 ティナ・トワイライトと、日野ひのあかねという名前の二人の教育実習生は、昨年度の卒業生らしい。

 彼女達の実習期間は三年間というのだから、驚きだ。そんな長期間に及ぶ実習など、アリスにはできそうにもない。


 シャンはそれが終わると、今度は各寮の寮長達を登壇させた。

 校長に促され、五人の教師が壇上に立つ。

 寮長全員が並ぶと圧巻だった。オーラが違うとでも言うのだろうか。

 更に彼等は各々自由な服装であるため、かなり個性的な印象を受けた。


 深紅のオペラグローブに包まれたシャンのすらりとした腕が、自身に一番近い位置に立っている少年のような見た目の教師を指し示した。



「サファイア寮寮長兼、寮長主任シューゲル・グランドウォール。担当教科は『魔法生物学』」



 シューゲルと呼ばれた少年がブーツの踵を鳴らし、一歩前へ出る。

 あんな小さな子供が、本当に教師なのだろうか。

 アリスの疑問を他所に彼は被っていたフードを下げると、ローブの裾を払いさっと頭を下げ、素早く元の位置に戻った。

 気難しそうな人物だな、アリスはそんな印象を持った。



「続いてトパーズ寮寮長、ユリカ・フローラ。担当教科は『占星学』」



 優しげな雰囲気の、可憐な女性が音もなく進み出る。

 彼女は一度講堂内をゆっくりと見回し柔らかい笑みを浮かべると、深く頭を下げる。

 落ち着いた大人の女性然としたその仕草が素敵で、目を奪われた。



「エメラルド寮寮長、エドワード・フォン・アレス。担当教科は『実戦における魔法対抗学』」



 砂色のマントを羽織った錆色の髪の男性が、粗野な動作で歩み出る。

 彼は前の二人とは異なり、右拳を左胸に当てる独特の礼をした。

 マントの隙間から見える腕は、結構筋肉質そうだ。身体を鍛えているのかもしれない。

 あの人がエメラルド寮の寮長なのかと、アリスはエドワードと呼ばれた彼が元の位置に戻るまで、まじまじとした視線を向けていた。



「ガーネット寮寮長、ネロ・クラウド。担当教科は『薬草学』」



 一際存在感のある、少女が着るようなフリフリのドレスを身に纏った女性が、堂々とした足取りで躍り出た。

 まだ若そうな印象だ。しかし彼女はとても洗練された動作で、優雅にカーテシーをした。

 彼女の淡い桃色の髪がふわりと広がる様が、服装も相俟ってどこかお伽噺のお姫様を連想させた。



「そして最後にアメジスト寮寮長、ジスト・ランジュ。担当教科は『魔法基礎学』」



 紫の髪の、白衣の男性が静かに足を踏み出した。

 彼の左頬に何か傷のようなものが見えるが、如何せん遠くてよく解らない。

 それでも、壇上に程近い前列の女子生徒達から上がった黄色い声から、彼がとんでもない美貌の持ち主であることだけは理解した。


 そこで、「しかし」とアリスは首を捻る。


 アメジスト寮に組み分けられていた生徒は、果たしていただろうか?


 自分の世界にどっぷり浸っていたため定かではないが、記憶にある限りアメジスト寮と言われていた生徒はいなかった気がする。



「――以上、寮長紹介を終わります」



 それを合図に、寮長五人が降壇する。

 彼等が席に戻るのを確認すると、シャンが再度口を開いた。



「……寮への組み分け方法ですが、魔法属性や魔力量、入学試験のペーパーテストの結果、それぞれの特性等を考慮した上で、各自一番適性があるだろう寮に組み分けられています。寮はそれぞれ宝石の名前を冠していますが――貴方達は、宝石言葉というものを知っているかしら?」



 一瞬、シャンの口調が砕けたものに変わる。



「――各寮、宝石言葉に因んだ寮規があります」


「サファイア寮。『この寮で魔法を学ぶ者、高潔であれ。崇高なる魂、汝かくあれかし』」


「トパーズ寮。『この寮で魔法を学ぶ者、潔白であれ。友情と知性は汝を裏切らず。汝の繁栄を願う』」


「エメラルド寮。『この寮で魔法を学ぶ者、明晰であれ。さすれば道は開かれん。汝の道行きに、多くの幸福と喜びがあらんことを』」


「ガーネット寮。『この寮で魔法を学ぶ者、真実を追い求めん。友愛の精神を忘れるなかれ。さすれば勝利は汝とともに』」


「最後に、アメジスト寮。『この寮で魔法を学ぶ者、自身に誠実であれ。汝高貴なる者。その力は強大だが、決して他者との調和を忘れるなかれ』」


「……これは寮の精神です。自分が何故この寮に組み分けられたのか、それをしっかりと考え、充実した学校生活を送って下さい。改めて、入学おめでとうございます」



「――以上、入学式を終わります。」



 シャンが締め括ると、盛大な拍手が講堂内を満たした。

 そして式が終わると直ぐ、サファイア寮の生徒から退席を促される。


 フードを被った少年教師、シューゲル・グランドウォールが、自寮の新一年生へと声を掛けた。


 ……しかし彼は本当に寮長で、教師なのだろうか?


 先程、校長であるシャンからも彼は五つある寮の寮長主任と説明されたが、どう見ても孤児院の子供達と同じ位にしか見えない。

 そんな失礼なことを考えていると、サファイア寮に組み分けられた隣の生徒が立ち上がり、アリスの前を申し訳なさそうに通って行った。


 サファイア寮の生徒が列を作って講堂を出て行くと、次はトパーズ寮の生徒達が呼ばれる。

 トパーズ寮の寮長はユリカ・フローラと紹介された、あの可憐で優しそうな雰囲気の女性だが、近くで見ると上に着ているローブが少し野暮ったい。

 美人なだけに勿体ないなと思っていると、ユリカが注目を集めようとか、手を大きく振り上げた。



「トパーズ寮の皆さん、揃っていますでしょうか?では、私について来てくださいね」



 ローブの下から垣間見えたのは、シトラス色のドレスだ。それは彼女に良く似合っていた。まあ、それは良い。

 問題は、そのドレスの露出が多いことだ。胸の谷間が丸見えである。アリスはいけないと思いつつも、つい二度見してしまう。……細身の体格の割に、胸が結構大きかった。



 次はアリスの寮である、エメラルド寮が退席する番だった。

 前に立ったのは、独特な礼をしたあの錆色の髪の男性教師、エドワード・フォン・アレスだ。近くに来ると、彼が意外と小柄なのが分かる。

 二十代半ば位だろうか。童顔なため、年齢が読めない。



「――エメラルド寮生、起立」



 エドワードの号令に従って、エメラルド寮に組み分けられた生徒達が立ち上がる。既に二つの寮の生徒が退席した後であったため、移動はスムーズだった。

 エドワードの指示で、アリス達は二列に並ぶ。順番は男女入り混じっていて適当だ。

 前の生徒が歩き出したため、アリスもそれに倣い一歩踏み出した。



 そうだ。

 ここから遂に始まるのだ。アリスの学校生活が。

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