第21話 どうか、教えて⑦


「申し訳ありませんが、規則でして……面会時間は十五分です」



「分かりました。ありがとうございます」



 ジスト・ランジュが警官の手によって開けられた扉を潜ると、随分物が少ないこざっぱりとした部屋に出迎えられた。

 部屋の主は室内にある大きな窓から、外の景色を眺めていた。

 彼女はジストの気配に気付くと、身体ごと振り返り小さく会釈をする。



「こんにちは。お久し振りです、ジスト先生」



 文化祭の日以来初めて顔を合わせたシェリーは、少しばかり痩せた印象だ。

 ジストは職人の街ヴェルフェクスにある、クランチェ家の屋敷を訪れていた。



「元気にしていたか? 体調はどうだ?」



「変わりありません。どうぞ、お掛けになってください」



 シェリーに促され一人掛け用のソファーに腰掛けると、時を同じくして扉がノックされた。

 シェリーが入室を促すと、部屋へ入って来たのはこの家の使用人だった。

 やせぎすな金髪のメイドが、しずしずと足を進める。

 彼女は手早くジストとシェリーへティーカップをサーブし、ミルクとシュガーポットを置くと、二人に頭を下げて退室した。

 それを見計らって、シェリーが口を開く。



「……ジルから、先生の来訪があることは聞いていました。多分、先生が今から話すだろうことと、オレがお聞きしたいことは一致していると思います。正直先生から言い出してくれて、有り難かったです……オレからでは、どう尋ねて良いか分かりませんでしたから」


「――率直にお聞きします。先生は、ヴァイスを知っていますね?」



 シェリーからそう問われるであろうことは、大体予想していた。

 むしろジストも、それを話すつもりで今日ここに出向いていたのだ。ジストは、用意していた回答を淀みなく口にした。



「……七年前、俺はヴァイス、ミデンと共に行動していたことがある。一年にも満たない、ほんの短い間だったが」



「は……」



 はぐらかされると思っていたのか、思いがけない答えを聞いたシェリーが、吐息のようなものを発した。



「当然、まだ『サーカス』という名は付いていない。当時十四歳だった俺は、物心付いた時から親の顔も知らずに育ち、生きるためなら何でもした。スリは平気でやったし、詐欺といった犯罪の片棒を担いだこともある。勿論、それが分かった上でだ。殺人以外は何でもやった。だが因果応報とは良く言ったものでな。被害に合った奴等が徒党を組んで、報復に来たんだ。俺の容姿は目立つから、直ぐに足が着いた。……そうしてゴミ捨て場にボロ雑巾のように打ち捨てられていた所を、偶然通り掛かったヴァイスに助けられた」


「ヴァイスが俺を拾った理由は明確だった。『容姿が美しかったから』。奴ははっきりとそう言った。ヴァイスは、俺の怪我が治るまで世話してくれた。……いや、正確に言うと世話したのはミデンだが。しかし元より根が卑しかった当時の俺は、怪我が治ればまた、前の生活に逆戻りになるということに直ぐに気付いた。だから俺は必死になった。捨てられたくない、気に入られたい一心でヴァイスに擦り寄った。アイツの言うことは全て肯定した。明らかに間違ったことを言っていたとしても、全て」


「――恐らくヴァイスは、それが気に食わなかったんだ。ただ美しいだけなら、人形を手に入れれば十分だからな。アイツの、俺に対する興味は一気に失せた。そこからは早かったよ」



 ジストは少し冷めた紅茶で喉を潤した。



「……『サーカス』はなくとも、ヴァイスとミデンは時々小さな街や村を襲っていた。そのため魔法警察省の中にも、少しずつ彼等の存在に気付き始める者がいた。それが魔法警察省に警官として勤めていた『あの人』だった」



「『あの人』?」



 ジストはシェリーの問い掛けには答えず、笑みを浮かべてその場を濁した。



「以来、はヴァイスとミデンの痕跡を追ようになった。そしてその存在を確信し、警察省の上層部に申し立てた。面白くないのはヴァイス達だ。ヴァイスは目障りな人間を排除するため、一つの計画を立てた」


「ヴァイスは俺の記憶を操り『あの人』の懐に入り込ませて、彼を殺すつもりだった。この刺青は、その時ヴァイスに入れられたものだ。ヴァイスが俺に下した命令は二つ。『あの人』を殺害すること、命令を遂行次第、俺は自害すること」



 自害という単語が出るとシェリーがぎょっと目を丸くしたので、ジストは苦笑して付け足した。



「まあ、結局後者の命令は果たされなかったんだがな。でなければ俺はここにいない。……『あの人』の存在が、俺に掛けられた魔法を解いたんだ。でも『あの人』は、喪われた」




「俺が殺したようなものだ。――いや、俺が殺したんだ」




 強い口調で話を切ったジストに、シェリーがちらりと視線を向けた。

 どこか気遣わしげなそれに気付き、ジストは小さく息を吐いて目を伏せた。



「その後は紆余曲折あり……俺もお前のように魔力が多い子供だったから、同じような境遇の生徒を指導して欲しいという話が出て、アメジスト寮の教師になった。以降はお前が知ってるいる通りだよ。お前が知りたかったことは、これで全部だ」



 ジストが紅茶に手を伸ばすと、シェリーもティーカップの取っ手を握り締める。

 ジストは口を湿らすと、シェリーへ問い掛けた。



「俺からも一つ良いか? 『サーカス』メンバーの一人に、俺が過去に掛けられたような、洗脳の魔法を受けている少女がいた。あれは――」



「ジスト先生が想像している通り、ヴァイスのものです」



 シェリーが食い気味に言った。彼女はそのまま淡々と話し続ける。



「ヴァイスはオレと出会う以前から、人の生死に酷く興味を持っていました。死んだ人間の蘇生に、関心があったんです。恐らく先生が掛けられた脳を操作する魔法というのは、その一環で出来た魔法だと思います」



「……死者の蘇生は禁術だ。ヴァイスはそれを成したと?」



「いいえ」



 やけに明瞭なシェリーの否定が、ジストの耳に残る。


 まるで実際に蘇生された死者を見たことがあるような、はっきりとした口調だった。有無を言わせないそれに、ジストは二の句が告げない。

 それを知ってか知らずか、シェリーは半ば強引に話題を変えた。



「……アリスは、アリス達は元気ですか?」



「あ、ああ。アリス・ウィンティーラは『魅力チャーム』の魔法の後遺症もなく、文化祭の翌日には帰省している。他の者も同様だ」



「そうですか。……なら良かった」



 先程の様子からは一変し、シェリーは穏やかな語調で安堵の息を吐く。

 彼女の問いに反射的に答えてしまった手前、ヴァイスの話題を蒸し返し難くなってしまい、ジストは内心歯噛みした。


 どう話を切り出せば良いかとジストは残りの面会時間を見るため、部屋を見回した。

 しかし、この部屋は図ったように時計が置かれていなかった。



「――ジスト先生。もしも、もしもオレが学校に戻れたら、単位はどうなりますか?」



 珍しく不安そうなシェリーの声に、ジストは我に返った。

 返答を待つ彼女に、不安を助長させないよう慌てて口を開く。



「今の所は休んでいる分を課題の提出とテストで補い、単位とする方向で決まっている。後は元首の判断次第だが……」



「そうですか」



 微かに表情を翳らせたシェリーに、ジストはこの教え子が一瞬の内に何を考えたかが手に取るように分かった。



「悲観的になるな。お前がしたことは、決して間違ったことではない。それを忘れるな」



「……はい」



 部屋の扉がノックされ、先程の警官が開いた扉の隙間から顔を覗かせた。

 人が好さそうな顔全体から、申し訳なさそうな雰囲気が伝わってくる。幾度も頭を下げながら、しかし職務に忠実な彼は宣告した。



「時間です」



 ――ここまでだ。

 ジストはソファーから立ち上がった。



「……じゃあ、身体に気を付けて。課題を持ってまた来る」



「はい。ありがとうございました……良い、クリスマスを」



「ああ。お前もな」



 シェリーにとって、クリスマスとは複雑なものなのだろう。

 音楽の都イオステュールを襲った『惨劇のクリスマス』は、まだ彼女が『サーカス』に所属していた頃の話だ。

 クリスマスという単語をどこか言い辛そうに発する彼女を、ジストはそのように捉えた。


 シェリーに背を向け、警官が押さえてくれている扉を潜る。

 扉が完全に閉じるその直前、




「ありがとうございます。……ごめんなさい」




 シェリーのものには違いないが、やけに幼子染みた声音だった。

 ジストは振り返りそうになるの何とか抑え、素知らぬ顔で警官に頭を下げると、足早にその場を後にした。



 ――シェリーは何かを知っている。



 何か重大な秘密を抱えた上で、彼女は口を閉ざしているのだ。あの強引なまでの話題転換も、そのためだろう。

 もしかすればそれは、彼女の養父ジル・クランチェですら認識していないことかもしれない。

 しかしそれが何か分からない以上は、一介の教師にしか過ぎないジストに、成す術はなかった。

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