第21話 どうか、教えて⑧

 買い物から戻ったアリス達は、それぞれクリスマスの飾り付けに精を出していた。


 近所の方のご好意で頂いたというもみの木は、中々に立派だった。

 今は院の女の子達が中心となって飾り付け、雄々しい緑は星や月、赤や青といった様々なカラーボールで素敵におめかしされていた。


 最年長故に壁の高い所の飾り付けを担当していたアリスは、首の疲労を感じて脚立の上で一息吐いた。

 後ろを振り返ると、院の子供達がほぼほぼ全員揃っている。皆思い思いに室内の飾り付けを楽しんでいて、アリスは頬を緩ませた。

 さてもうひと踏ん張りと壁に向き直った所で、下から声を掛けられる。



「――アリス、ココアを淹れたの。少し休憩しない?」



 孤児院のシスターの中では最年少のテレネ・デューイ。

 年はアリスと五歳は離れていたように思う。少々頼り無げな雰囲気の、大人しい女性だ。


 アリスは頷くと、するすると脚立を下りて彼女からマグカップを受け取った。

 脚立に腰掛け、マグカップに息を吹き掛ける。このオレンジ色のマグカップはアリス専用だった。

 その隣ではテレネが湯気立つマグカップ片手に、ココアを堪能する子供達を微笑ましそうに眺めている。



「雪が降りそうね」



 窓の外を見て、テレネがぽつりと言った。

 彼女の言う通り空は白け、いつ雪が降り出してもおかしくない。

 そういえば、とアリスはテレネを見上げた。



「ねぇ、テレネさん。前まで孤児院うちに来てたあの黒猫、どうなったの? 何回か帰って来たけど、一回も姿を見ないから。こんな雪の中じゃ、ちょっと可哀想だよね」



「黒猫? ……ああ、あの子ね。あの猫、死んじゃったのよ」



「え……そう、なんだ」



「病気だったのか寿命なのかは分からないけど、院の庭先に倒れてて……見付けた子供達が庭に埋めたの」



 アリスは無言でココアに口を付ける。甘くて美味しい。疲れた身体によく染みた。

 一心にココアを飲み下していると、何か言いたげなテレネと目が合った。



「どうかした、テレネさん?」



「……あの、サラシスター長からちらっと聞いたんだけど、アリスってシェリー・クランチェさんとお友達なんだよね?」



「え?」



 テレネの口からシェリーの名前が出るとは思ってもおらず、反射的に尋ね返した。


 シェリーを知ってるいるのだろうか。

 年齢は離れているが……まさか『サーカス』の被害者だろうか?

 しかしそれにしては、恨み辛みの籠った目はしていない。


 黙り込むアリスに、それを肯定と受け取ったのか、テレネが真剣な眼差しで口を開いた。

 言葉を選んでいるのか、あるいはどこか躊躇っているようだった。



「できれば、彼女に伝えて欲しいことがあって。あのね、」



「――ごめんなさい、テレネ! 少し手を貸してくれない!?」



 何か言い掛けたテレネを、他のシスターが遮った。

 テレネは先輩のシスターとアリスを交互に見て逡巡したが、「ごめんね」とアリスの方へ素早く言い残すと、先輩のシスターの元へ小走りで向かった。


 シェリーに何を伝えたかったのだろう。


 気になったがアリスも子供達の飾り付けを手伝ったり、シスター達の料理を手伝ったりしていたら、すっかり頭から抜けてしまった。











 クリスマスパーティーは大賑わいだった。

 一般家庭のパーティーと比べればそれはそれは些細だろうが、いつもとは違った雰囲気とちょっとしたご馳走に、子供達は喜色満面だ。


 二十一時を回るとうつらうつらと船を漕ぎ始める子供が出てきたので、パーティーはお開きになった。

 シスター達が子供達を部屋に連れて行くのを横目にテーブルの上の食器を片していると、サラが纏めてある食器を軽々と持ち上げた。



「母さん、私手伝うよ?」



「いいのよ。アンタも部屋に戻りなさい。今日は特別早く寝ないとね。サンタクロースが来られないわ」



「さあ、戻った戻った」と食堂から追い払われたアリスは、母の強引さに苦笑しつつ自室に戻る。


 今まで沢山の人の気配に包まれていたためか、一人の自室は更に寂しく、やけに暗く感じた。


 属性魔法でランプに灯りを点し、カーディガンを羽織る。

 吐き出した息が、建物の中だというのに白かった。


 寒さで歯の根が合わず、口内でカチカチという音を立てながら、カーテンを閉めるために窓際へと近寄った。

 うっすら凍った窓から外を覗くと、白いものが目の前をふわりと落ちていく。



「雪だ……」



 いつから降っていたのか。外は少し雪が積もっていた。

 このまま降り積もってくれれば、明日は皆で雪遊びかなと思いを馳せる。


 次いで浮かんだのはシェリーと麗だった。

 彼等も、この雪を見ているのだろうか。


 アリスはそっとカーテンを閉めた。

 ベッドに潜り込みシーツの余りの冷たさに悲鳴を上げるも、徐々に自分の体温が移っていくと幾分か温かく感じるようになった。




 微睡むアリスは、微かにシャンシャンという鈴の音を聞いたような気がした。






 第21話 どうか、教えて 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る