第38話 ゲームへのご招待④
一方、教団地下――第一部隊。
「何だこれ……?」
クロム達第一部隊の目の前には、薄緑色の光を放つ培養機が地下室一杯に並んでいた。
クロムから一番近い培養機の中では、銀髪の男が穏やかな顔で目を閉じている。死んでいるものと思ったが、彼の細く開いた唇からコポリと気泡が生じ、呼吸をしていることに気付く。
――生きているのか。
魔法警察省大臣ジル・クランチェの部下、フレデリカ・ロッソが「これはまさか……」と呟く。
彼女は一つ一つの培養機を、探るような目で具に観察していた。
「年齢はバラバラですが……この顔付きは『サーカス』のヴァイスでは?」
「アンタ、フレデリカさんだっけ。会ったことがあるのか? 『サーカス』の親玉に?」
年上の女性に対して敬語の「け」の字もないクロムに、フレデリカが首肯する。
「四年前のヴァイス捕縛の際に、シェリーの協力の下彼に手錠を掛けたのは私です」
「へぇ、見掛けによらず剛胆だな。……で。これがそのヴァイスって、どういうことだ?」
フレデリカが一言「解りません」とだけ言った。
拍子抜けしたクロムは、一つ大袈裟に肩を落とす。
「解りませんって……」
「どこからどう見ても、この男性はヴァイスそのものです。ですがそちらで眠る少年も、少し幼さはありますが……ヴァイスそのもの。まるで同じ人間を複製したかのような――」
フレデリカの頭の中ではおおよその見当が付いていたのだが、己の考えを認めたくないが故に彼女は半ば一方的に捲し立てる。
フレデリカの独白にも似たそれを、カツンという硬質な靴音が遮った。
「的を射ておられますね、フレデリカ女史。貴女のことは、プリメラ女史より聞き及んでおります」
そこにも、同じ顔がいた。
幾つもの同じ顔に囲まれ、頭がおかしくなりそうだ。
黒の司祭服を身に纏うその男は、クロムと同程度の年齢に見える。だが男の司祭服の陰からこれまた同じ顔の子供が現れると、クロムの理解の範疇を超えた。
「……プリメラ氏から私の何を聞いたのかは知りませんが、どうせ悪口でしょうね。詳しい事情は警察省にてお聴きします。大人しく同行して頂けませんか? 貴方達は見た所未成年者。情状酌量の余地があるかもしれない」
「どう考えても訳有りの私達を、普通の人間同等に扱うとは。肝の据わった方ですね」
「ボク達に勝てたら、大人しく付いて行ってやっても良いぞ! 勝てればな!」
少年が無邪気に笑う。まるで、カードゲームの勝敗を決めるが如く気軽な口振りだ。
フレデリカがその空気に呑まれまいとか、平静さを取り繕おうとしているのが丸分かりな口調で「……貴方達は一体何者ですか?」と尋ねた。
「私は『祈る者』。シオンと申します」
「ボクは『迷える子羊』。レネス」
名乗ると同時に、シオンとレネスが駆け出した。
クロムが右耳の魔法具、剣型のピアスを具現化させると同時に、どこから出したのか、レネスは細身の
クロムはその構えから三連撃の素早い軌道を予測し、レネスが狙っているだろう位置に氷の盾を出現させると、彼の攻撃を全て防ぎ切って見せた。
レネスが子供らしく顔を歪ませるのに、クロムは満足気にほくそ笑む。
これは、クロム自身が親善試合でシェリーにやられた技だ。本人にやり返す前に披露してしまったのは残念だが、そうも言っていられまい。
クロムはレネスを相手取りつつ、フレデリカを一瞥した。
さぞ苦戦しているものと思ったが、彼女は警官達に指示を出しながら、意外にも冷静にシオンに対処している。クロムはその的確な指示を聞き流しつつ、内心で「へぇ」と感心した。
フレデリカ自体はそれ程強力な魔法士という訳ではない。純粋な力量はクロムの方が当然上だろう。
だが彼女には、クロムにないものがある。
人を纏め、動かす力だ。
確かに、この場の警察省関係者の中で一番階級が上なのはフレデリカなのだろう。その彼女の指示ならば、部下は従わざるを得ない。
しかし彼等から感じる熱量は、ただそれだけではないのだ。フレデリカの指示が正しいものであるという、確信めいた強い信頼。
これは、一朝一夕で得られるものではない。
『強いだけが当主になれる訳じゃない』
クロムの脳裏に、いつかのエドワード・フォン・アレスの台詞が甦った。今ならば、彼の言っていたことを少しだけ理解できる気がする。
クロムは顔面を狙って突き出されたレネスのレイピアを首の動きだけで躱すと、剣の鍔と手首のスナップを利かせて、少年の手から物騒なレイピアを弾き飛ばしてやった。
「剣は
クロムの一閃を、レネスが素人丸出しの動きで避けた。彼の慌て振りは滑稽に過ぎ、クロムは思わず鼻で笑う。
憎々しげにクロムを睨み付けたレネスの赤い瞳が、激しい怒りを湛えた。
その瞳が強く瞬いたかのように見えた刹那、クロムの足元に巨大な魔法陣が出現する。
――土属性の属性魔法だ。
クロムは回避が間に合わないと判じ、即座に防御魔法を展開した。
次の瞬間レネスの魔法陣から土塊で出来た巨大な両腕が現れ、クロムの防御魔法に頑強な握り拳を叩き付る。
響く轟音にフレデリカが「クロム君!」と叫ぶも、シオンとギリギリの攻防をしている彼女に、クロムを手助けする余裕など一切ない。
勝ち誇ったレネスの哄笑が反響する――しかしそれは突如として止んだ。
「――何笑ってんだ」
クロムの防御魔法は、レネスの攻撃を完璧に防いでいた。防壁の強度に圧し負け、土塊の拳から砂がボロボロと零れ落ちる。
レネスは表情を引き攣らせ「何なんだよぉ、お前ぇっ!」と癇癪を起こし地団駄を踏むと、彼は攻撃の手法を変えた。
巨大な手の平が、今度はクロムの防御魔法に手を掛けた。このまま防壁ごと圧し潰すつもりだろう。
クロムを包む防御魔法から、ビキビキという余り耳にしたくはない系統の音がひっきりなしに続く。長くは保つまい。それでなくとも一発デカいのを食らったばかりだ。
「あははは! ざまあみろ!! ぺしゃんこに潰されちゃえ!」
甲高い子供の笑い声が喧しい。
既に勝ったつもりになっているレネスに、クロムは大層呆れると共に憐憫すら覚えた。
クロムが今まで戦って来た相手は、レネスの何倍も強かった。レネス程度の実力の魔法士、クロムの敵ではない。
「――『貫け』!」
クロムがそう言い放つと同時。
土塊の腕の、人間でいう所の手首と呼ばれる場所。その真上の中空にぽっかりと穴が
次いで魔力で覆われた数多の剣が穴の中から現れ、巨人の手首、その一点に集中して突き刺さった。魔力で覆われた剣先は折れることなく、次から次へと刺さる剣は、やがて針の如く小さな穴を穿つ。
穿たれた穴から、まるで砂の城が波に呑まれて呆気なく消えていくように土塊の両手が崩れ、サラサラと形を失っていく。
「――どうだ、クソガキ! これぞ『小水石を穿つ』だ!!」
「えっと、その使い方は合っているのでしょうか……?」
フレデリカが困惑げに呟いたものの、勝利を確信しているクロムの耳に届くことはなかった。
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