第12話 席はたっぷり空いてる②
そんなことがあっての翌週、遂にノースコートリア王国からシルヴェニティア魔法学院の留学生を迎えることとなった。
留学生の紹介をするために集会が開かれ、アリスは講堂の一席に座っていた。
残暑もまだ厳しい最中、式典用の黒のローブが相変わらず暑苦しい。
留学生は皆高等部の生徒で、各学年一人ずつの計三人だ。一年生が男子生徒、残り二人は女子の先輩である。
「交換留学生は二週間滞在し、アメジスト寮を除く四つの寮全てを回ることになっています。本日はオリエンテーション、最終日は彼等と我が校の代表としてアメジスト寮が親善試合を行うため、計算上では一つの寮で二日間学んで頂きます。寮毎の特性や雰囲気を知ってもらい、我が校の授業を実際に体験してもらうのが目的です。その中で、生徒同士交流を深めてもらえればと思います」
そこで言葉を切ると、シャンが壇上の三人に視線を向ける。
「まず一年生のクロム・フォン・ゴード」
名前を呼ばれた男子生徒が、不敵な笑みを浮かべて一歩前に出た。フォンの名に相応しく、彼は横向きにした右手の握り拳を左胸に当て、騎士特有の礼をした。
クロムの両耳を飾る魔力制御の魔法具と思わしき大量のピアスが、その動きに伴って揺れ動き、講堂の照明を反射してちらちらと輝く。
ふと疑問に思い「あれ?」と、アリスは小声で囁く。
「『フォン』ってことは四大騎士の人だよね? 何で他国の学校に通ってるの?」
「シルヴェニティア魔法学院は、
「要はもっと魔法について知りたい、強くなりたいから、シルヴェニティアに行くってこと?」
「理由は人それぞれだろうけど、大体はそういうことでしょうね」
レイチェルの回答に、アリスは首を捻りながらも頷いた。
攻撃系の魔法全般を使用することができないアリスにとって、強くなりたいという自己研鑽の気持ちは中々理解し辛いものだった。
しかし『サーカス』という不安要素が出て来た今となっては、彼のような者が徐々に増えていくだろう。
「二年生、マリー・エリミール」
可愛らしい雰囲気の小柄な少女が、慣れた様子でカーテシーをする。美しいそれに、アリスは小さく感嘆の息を漏らした。
「三年生、アイリス・フォン・レガリア」
最後に名前を呼ばれた背の高い少女が、ブーツのヒールを響かせて前に出た。
スリットが深く入ったロングスカートから、すらりとした足が覗く。彼女が歩く度に、その腰回りを飾るシルバーのチェーンが、ちゃりちゃりと金属質な音を立てる。
クロムと呼ばれた男子生徒と同じくフォンの名を持つ彼女は、同様に騎士の礼を執った。
途端に、講堂のあちこちで感じ入るような溜め息が上がる。
アイリスはボーイッシュな見た目の少女で、そんな彼女が騎士の礼をすると、まるで物語に出て来る王子様のようだった。
「――以上の三名が二週間という短い期間ですが、このテラスト魔法学校の一員となり皆さんと共に過ごすことになります。明日よりサファイア寮、ガーネット寮、エメラルド寮、トパーズ寮の順番で回ることになりますので、何かあったら各寮の生徒達はサポートしてあげてくださいね」
こうして、共に学ぶ期間は短いながらも新しい生徒が加わり、アリス達の一年生後期の学校生活が本格的に始まった。
とはいうものの、一年生の交換留学生であるクロム・フォン・ゴードがアリス達の所属するエメラルド寮に来るのは来週の話だ。
女子生徒ならば兎も角、相手は男子生徒。エメラルド寮滞在期間中にもそう話す機会はないだろうと、アリスは他人事に考えていた。
しかしレイチェルは違うようで、噂の的であるクロムを新聞のネタにできないかと、色々と他寮の生徒に話を聞いているようだ。
アリス達はシェリーと会うために、いつもの空き教室へ来ていた。
アメジスト寮は最終日にある親善試合でしか留学生達との接点がないため、シェリーもクロムに対して余り興味がなさそうだった。
「何か結構凄いらしいわよ、あの留学生。飛行術の授業で、
『日野先輩』というのは、今年卒業した
彼女は箒に於ける類い稀な才能を買われて、飛行術の教鞭を執るスピカ・スターライトの助手をしている。助手といっても教育実習生という扱いであるため、行く行くは教師になるらしい。
そんな彼女に勝てないまでも食らい付くとは、中々できることではない。
レイチェルの話を受けて、ミリセントが何か思い出すように宙を見上げた。
「そういえば、ガーデニング部のガーネット寮の子も言ってたよぉ。どんな教科でも、先生に指名されたらすらすら答えちゃうって」
「かなり優秀らしいわね。ただ、性格に難有りだそうよ」
「「ふぅん……」」
無関心なアリスとシェリーの声が重なってしまった。
二人はばつが悪そうに顔を見合せ、苦笑する。
アリスの耳にも多少の噂は入ってくるが、年頃の少女達は皆クロムの家柄や容姿について根も葉もなく騒ぎ立てていたので、少々辟易していた。
「そういえば……四大騎士ゴード家といえば、その昔はクランチェ家に仕えていた筆頭騎士よね。シェリーは彼に会ったことはある?」
「いや、今は殆ど交流がないらしい。ジルの口からゴード家の話等、出たことがない。どこの四大貴族もそうじゃないのか?」
「でも親善試合ではシェリーちゃんとクロム君が戦うんだもんね。そう考えると、何か凄い組み合わせかも!」
既に最終日にある親善試合の対戦カードは決まっており、アメジスト寮の生徒が高等部の各学年に一人ずついることから、同学年同士での組み合わせであることが生徒達には告知されていた。
「……まあ余り気乗りはしないが、決まっているものは仕方ない。上手くやる」
「四大騎士相手にそう言えるアンタは、やっぱり凄いわ……」
「クロム君だけじゃなくて、先輩達も優秀な人達みたいだよぉ。二年生のマリー先輩は木属性らしいから、どんな魔法を使うのかちょっと楽しみにしてるんだぁ」
「へぇ、ミリィちゃんがそう言うの珍しいね?」
「やっぱり、色んな植物を観られるのは楽しいよねぇ」
朗らかに本来の親善試合の主旨とは異なる発言をするミリセントに、アリス達は微苦笑を浮かべた。
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