第12話 席はたっぷり空いてる
第12話 席はたっぷり空いてる①
始業式には張り詰めた空気が漂い、教師陣の面持ちも険しい。
皆式典用に黒いローブを羽織っているため、雰囲気も重苦しかった。場の空気に呑まれてか、珍しく生徒達の話し声も一切ない。
そんな中、口火を切ったのはシャンだった。
「先ずは皆が何事もなくこの場に集まれたこと、嬉しく思います。知っていると思いますが夏休み期間中に、ヨル=ウェルマルク北部で黒魔術結社『サーカス』による襲撃がありました。それを受けて、エメラルド寮寮長エドワード先生が担当している『実戦における魔法対抗学』を、本来ならば二年生から学ぶべき所、一年生の後期からに繰り上げます」
「『サーカス』の襲撃は他人事ではありません。彼等は子供であるから、学生であるからと差別しない。誰かに守ってもらうのではなく、魔法士足るもの、自分の身は自分で守れるようになるべきだと私は思います。それと、今学期から魔法警察省の協力の下警備を立てるので、人の出入りが増えることも念頭に置いてください」
そして彼女は一度口を閉ざすと、話題を変える。
「そして終業式の際話したと思いますが、ノースコートリア王国がシルヴェニティア魔法学院との交換留学は、例年通り行います」
生徒達のざわめきが大きくなった。
今正に『サーカス』の話をしたばかりだというのに、中止にしないのはアリスも驚きだった。
すると右隣に座るレイチェルが、アリスに耳打ちした。
「今年はノースコートリア王国との復交二百周年の記念の年に当たるから、学校だけの問題じゃなくなったみたいよ。父さんが言ってたわ。それにノースコートリアはこの国より『サーカス』の被害が少ないから、あまり危機感もないんでしょうね」
親子揃って凄い情報網だ。
「……交換留学生が来るんだね。知らなかったなあ」
「アリスちゃん、終業式の時ほぼ寝てたもんねぇ……」
ぼそぼそと会話をしていると起立の号令が掛かり、アリス達はワンテンポ遅れて立ち上がった。
そのまま式は閉会し、アリス達もエメラルド寮へ戻る。今日は始業式のみで学校は終わりなので、シェリーの所へ行こうかと三人で話し、購買部で昼食を買うことにした。
お昼時であるため購買部は人が多かったものの、何とかそれぞれ食べたい物を買えた。
そしていつもの空き教室に向かい、いつものように窓を開けると、まるでアリス達が来るのを予測していたようにシェリーが立っていた。
「うわぁ! びっくりした……早いね、シェリーちゃん」
「多分来るんじゃないかと思ったから。……あの後大丈夫だったか? 許可が下りなくて、オレの方から手紙を出すことができなかったんだ」
恐らくそうではないかという予想はしていたので、すまなそうに眉を下げるシェリーに「気にしないで」と声を掛ける。あの状況下でいくら友人にとはいえ手紙を出すというのは、第三者から見れば疑ってくださいと言っているようなものだろう。
アリスは購買部で買ったパンの包装をガサガサと開けながら、シェリーの問いに答える。それを見ていたシェリーも、釣られるように持っていた紙袋に手を突っ込んだ。
「私達は特に何もなかったよ。シェリーちゃんの方は、大丈夫だった?」
「お前達と一緒だったから、一先ずあの事件への関与の疑いは晴れた。ただ……」
「『ただ?』」
ハムとチーズのサンドイッチを口に含みながら、行儀悪くレイチェルが問うた。
シェリーは言葉を探す素振りをしつつも、パン屋の紙袋を漁る手を止めない。
紙袋には見覚えのない店名が書かれている。朝、学校に送ってもらう途中で購入したのだろう。
「リーチェが何故アリスに接触したのか、ずっと気になっていた。アイツはオレとアリスに接点があることも、ましてや顔なんて知らないはずだ ――この学校の関係者を除いて」
ミリセントがはっとして顔を上げ、レイチェルが眉を顰めた。
「……それって『サーカス』の内通者が、この学校にいるってこと?」
「分からない。そういうことも考えられるってだけだ。新聞部には、前に面白おかしくオレ達のことを取り上げられたからな。知っている生徒は少なくないと思う」
「新聞部……?」
アリスが首を傾げると、レイチェルが頭痛がするとでも言うように額を押さえる。
「……前までアンタとシェリーだけで会ってたでしょ。それを見た新聞部の先輩達が、恋愛小説のワンシーンにかこつけて記事にしちゃったのよ。良くも悪くも、シェリーのことならかなりの話題になるしね。ただアンタ達の許可を取らずに勝手に写真を載せて記事にしたから、部内で結構問題になったわ」
「そんなことがあったの? 知らなかった……」
「アンタは、もうちょっと情報に敏感になった方が良いわね。シェリーですら知ってるんだから」
「……でも意外だなぁ。シェリーちゃん、あんまりそういうの興味なさそうだけど」
「クリス先輩が新聞を見せてきたんだ。オレもそれがなければ、知らないままだったと思う」
当時のことを思い出したのかげんなりとした口調で話すシェリーに、クリスが嬉々として新聞を見せたであろう様子が容易に浮かんだ。
「まあそれは置いといて。その話、ジル魔法警察省大臣には伝えた?」
「ああ。念のためな。ジルはシャン校長にも伝えたと言っていた」
「……それって、かなり黒ってことじゃない」
「ヴァイス脱獄の件に関して、ジルも思い当たる節があったらしい。多分そのためだと思う」
シェリーが、迷いに迷って紙袋から取り出したチョココロネに齧り付く。アリスもカツサンドを口に含んだ。
「――お前達も周りの人間には気を付けろ。全てを疑えとまでは言わないが……悪人程、親切な態度と甘い言葉で近付いて来るぞ」
「……シェリーちゃん、口の周りチョコ付いてるよぉ」
「あ、私ティッシュ持ってるよ! ちょっと待ってね」
「……すまない」
「何か……アンタもどんどん締まらなくなってきたわね。まあ、アンタに限っては良いことなんだろうけど」
昼食後もだらだらと談笑していた四人だったが、ミリセントとレイチェルが部活の用事があるというので、十五時頃に解散した。
二人とは途中で別れ、アリスが何とか迷わずにエメラルド寮に戻ると、談話室のテーブルに一人腰掛けて読者をする
ならばヴェルフェクスで購入したあのネクタイピンを渡すのには、丁度良いタイミングかもしれない。
そう考えたアリスは駆け足で自室に戻り、目当ての物を手に取ると再度談話室へ向かう。
最初見た時と同じポーズで黙々と読書をする麗の下に近寄ると、そっと声を掛けた。
「麗先輩」
「……ん? ああ、アリス。どうかしたのかい?」
麗が読み掛けのページに栞を挟むと、文庫本を閉じた。丁寧な手付きで本をテーブルに置く様に、麗がその本を大切に扱っていることが伝わった。
「読者中すみません。あの、夏休み中に出掛けたので、お土産をお渡ししたくって」
「お土産? どこに出掛けたの?」
「……実はヴェルフェクスなんです」
絶対に何かしら聞かれるであろうことは十分承知のため、ヴェルフェクスの名前を出すのを躊躇する。
それを聞いた麗も、やはり例に洩れず顔色を変えた。
「ヴェルフェクス!? 『サーカス』の襲撃があった所の直ぐ隣街じゃないか。大丈夫だったのかい? 怪我は?」
矢継ぎ早にされる質問に、アリスはあたふたと答える。
「見ての通り無事です。シェリーちゃんの所に遊びに行っていたので、魔法警察省の方に守ってもらいました」
「魔法警察省……そっか、彼女の養父は警察省の大臣だったね。怪我がなくて良かったよ」
「心配して下さってありがとうございます。それで、これなんですけど……」
アリスは小袋を差し出した。麗のほっそりとした指が、味気ない無地の包みを受け取る。
「開けても良いかな?」
「はい、どうぞ」
他人に自分が選んだものを渡す瞬間というのは、矢張何度経験しても緊張する。それが気になっている相手ともなれば、尚更だ。
アリスは麗の反応を思い、ハラハラしながら彼がネクタイピンを手の平に出すのを見ていた。
「綺麗……アイスラリマーだね」
さすがは博識な麗。石の名前も知っていた。
手の上のネクタイピンをまじまじと眺める麗に、アリスは一人頷く。
アイスラリマーの青色掛かった白色は、麗に良く似合っている。矢張自分の目に狂いはなかったと自画自賛していると、麗がポツリと呟いた。
「……アイスラリマーの効果は『癒し』。そして、『持ち主が本当に望んでいること』をサポートしてくれるという」
『麗に似合いそう』という理由で購入したが、そんな意味のある石だったのかとアリスは目を丸くさせた。
「――ありがとう、大切にするね」
声音から、気に入らなかったとか、そういうことではないのだろう。
しかし礼の言葉を口にした麗の表情は、苦しそうな、どこか悲しそうな、そんな複雑なものだった。
気にはなったものの好きな人に嫌われたくない一心で、そこまで踏み込んで聞くことはできなかった。
無事お土産を渡すことはできたが、この時の麗の表情が、凝りとなってアリスの心に残った。
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