第12話 席はたっぷり空いてる③

 優秀な交換留学生達の存在は生徒達の良い刺激になったようで、高等部にはどこか活気が満ちていた。

 そうしてあっという間に、クロム・フォン・ゴードがエメラルド寮へやって来る日になった。

 彼は空き教室で行われるホームルームに、エドワードと共に姿を現した。エドワードも同じく四大騎士であるため顔見知りだったのか、二人にはどこか気安い雰囲気が漂っている。



「おら、お前等~席に着けよ~」



 教壇に立ったエドワードは生徒達が全員席に着くのを確認してから、自身の隣に佇むクロムに目を向けた。

 エメラルド寮の生徒達から熱心な視線を向けられているというのに、クロムに緊張した様子は一切ない。むしろ反対に、此方を観察するかのようなふてぶてしさを感じた。



「知っていると思うが、二日間エメラルド寮に滞在するクロム・フォン・ゴード君だ。クロム、簡単な自己紹介を頼めるか?」



 頷いたクロムが教室内をぐるりと見回し、口を開く。



「紹介に与りました、クロム・フォン・ゴードです。二日間、宜しくお願いします」



 自信たっぷりといった風に口の端を吊り上げる様も、どこか挑戦的だ。

 灰色を基調としたシルヴェニティア魔法学院の制服をだらしなく着崩し、ネクタイも緩く締められていて、軽薄そうな印象がある。式典の時はかっちり着こなしていたので、どうやら猫を被っていたのだろう。



 彼の持つ、光の加減で淡い水色にも見える銀髪は、左右非対称な髪型が特徴的で、丁寧にセットされている。

 両耳に付けられた大量のピアスは、遠目から見た時は全て魔力制御の魔法具かと思っていたが、よくよく見ると二つを除いて残りは全て装飾品だ。ただのお洒落だったらしい。

 内一つの、剣の形を模した左耳のピアスがとても凝った作りで、アリスの目を引いた。



 教壇から離れた席に座っていることを良いことにまじまじとクロムを観察していると、彼の深い緑の瞳がアリスを真っ直ぐに射抜いた。

 凝視していたので気を悪くさせてしまったかと慌てて視線を逸らそうとすると、クロムがアリスに向けてニヒルな笑みを浮かべる。

 それはほんの一瞬で、彼は直ぐに無表情に戻った。アリスは首を傾げ、視線の置き場に悩んだ末にエドワードに目を向ける。



「お前等の自己紹介は、各自休み時間にでも行え。クロム、エメラルド寮にいる間、ホームルームの時はそこがお前の席な。移動教室の時は席順が変わるから、その都度クラスの奴等に聞くように」



「分かりました」



 エドワードが指し示した空席はアリスが座る席から見て右隣の列の後方にあったため、必然的に彼はアリスの側を通ることになる。

 何か言われるかもと身構えていたものの、クロムがアリスに視線を向けることは一度もなかった。

 矢張先程のことは気のせいだったかと、エドワードの話に意識を戻す。



「困ったことがあったら手を貸してやれよ。こういうのはお互い様だからな。以上、解散! 次の授業に遅れるなよ」



 エドワードの号令で生徒達が各々立ち上がり、教室を移動する。

 アリスもレイチェル、ミリセントと連れ立って教室の出入り口へ向かった。




「――アンタが『アリス・ウィンティーラ』?」




 どこか含みを持たせた声音で名を呼ばれ、アリスは後ろを振り返った。

 パンツのポケットに手を入れ、片足に重心を掛けた気怠げな立ち姿のクロムが、そこにいた。

 彼は振り向いたアリスを値踏みするように、視線を上下させる。



「アンタ、シェリー・クランチェと仲が良いんだろ? 他の寮の奴等が言ってた」



 例の新聞の話でも聞いたのだろうか。

 しかしどこか棘のある言い方をするクロムに、アリスは余り良い気分がしない。



「……そうだけど」



 自分のことだけならばもっと穏やかに応対するのだが、シェリーのことまで何か言われるのは堪えきれず、それが言葉の端にも滲み出てしまった。



「ふぅん、案外普通だな。もっと変な奴を想像してたんだが」



 しかしクロムは気にした様子もなく、顎の下に手を当てて考える仕草をする。

 目の前の少年が何を言いたいのか全く分からずアリスが眉を顰めると、雰囲気の悪さに気付いたクロムが降参とでも言うように両手を挙げた。



「勘違いするなよ。他意はない。ただシェリー・クランチェがどんな奴か、知りたかっただけだ」



「なら直接本人と話せば良いでしょ。第三者からその人の評価を聞くのは、真実が捩じ曲がって伝わることもあるわ」



 レイチェルの台詞には、経験則と言わんばかりにいやに説得力があった。アリスとミリセントも同意して頷く。

 クロムは物珍しそうにアリス達三人を見ると、幾分か穏やかな表情を浮かべた。



「四大貴族程ではないとはいえ、それでも四大騎士相手にそんな口を利く奴は初めてだ。お前等、面白いな。確かにアンタの言うこともごもっともだし、シェリー・クランチェのことは最終日に会った時、見極めさせてもらうとするよ。忠告感謝する、レイチェル・バーグ」



 クロムは一方的に話すと、颯爽と教室を出て行った。

 取り残されたアリス達三人は、呆然とそれを見送る。



「……クロム君、何でレイちゃんの名前を知ってたんだろうねぇ?」



「恐らくシェリーのことを知るために、先輩達が書いたアリス達の載った記事や、アタシが書いたアメジスト寮を特集した記事なんかを読んだんだわ。アイツ、分かっててアリスにちょっかい掛けたのよ。『性格に難有り』ね。噂話にしては、珍しく的を射てる。……とんだ野郎だわ」



 レイチェルの独白めいた悪態が、伽藍堂の教室に響いた。











 クロムは確かに優秀だった。

 どの授業でも、指名されれば的確な返答をしていた。シルヴェニティア魔法学院とは授業の進捗状況が異なるようで、テラスト魔法学校ではまだ習っていない範囲でも、すらすら受け答えする彼の姿は圧巻の一言だ。



「――だけど『性格は難有り』なんだね」



「優秀な上、更には四大騎士の人だから皆遠慮しちゃって、誰も話し掛けないのが気になってたけど……やっぱりエミル君とコニー君は優しい良い人達だねぇ」



 購買部で購入した昼食を教室の片隅で広げながら、今や噂の中心となったクロムについて話す。

 レイチェルによると他寮の生徒もそうだったらしいが、四大騎士という肩書きとクロム本人の親しみ難さからか、彼に話し掛けようとする猛者はいなかったらしい。

 そんな彼は例に洩れず、エメラルド寮においても一人だった。

 それは二人一組になって行う授業でも同じで、あぶれていたクロムを見兼ね、エミルとコニーが同じ組になろうと声を掛けたのだ。それを機にクロムは彼等に懐いたのか、以降はずっと二人について回っていた。


 アリスはふと次の授業が気になり、ノートに挟めていた時間割を取り出す。何かの授業で、提出するプリントがあったような気がしたのだ。




「あ……」




「どうしたの、アリスちゃん?」



 目を皿にして時間割を確認していたアリスが小さく声を上げると、ミリセントが食事の手を止めて首を傾げた。



「うんとね、明日はエドちんの授業があるなって。『実戦における魔法対抗学』。エドちん、どんな授業をするんだろう」



「『座学は俺が嫌だからやらない』って言ってたわよね。それもどうかと思うけど。だから演習場集合でしょ?」



「確か運動着着用だよねぇ」



「……これにクロム君も参加するんだよね? 四大騎士のエドちんと、クロム君が?」



「それフラグって言うのよ、アリス。……問題しか起こらなそうじゃないの」

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