第12話 席はたっぷり空いてる④

 翌日の昼食後、黒に程近い濃紺の運動着に着替えたアリス達は、演習場に整列していた。以前愛好会の活動時に来た時は芝生だったそこは、今日は授業のためにか砂地になっていた。


 エドワードは既に来ており、授業開始の鐘と共に号令を掛ける。

 担任の教師の授業というのは、何だか変な感じだ。特にエドワードが真面目な話をすることは少ないため、教師として彼がどのように授業をするのか、想像もできない。



「それじゃ『実戦における魔法対抗学』だが、そもそもこんなのは将来役に立たない方が良い授業だ」



 自身が受け持つ授業だというのに、エドワードは初っ端からあっけらかんと言い放った。



「誰かと魔法で争うことが前提となっているからな。そうなる前に話し合いで矛を収められれば一番だ、と俺は思う。だがそうもいかないのが人生って奴で、魔法を使ってでも相手を打ち負かそうとする奴は案外多い。だからこれは護身術位に考えて欲しい。決して誰かを傷付ける目的で使おうとするな。俺はお前等に身を守るためのすべを教える、それだけだ」



 いつもの砕けた口調のエドワードからは想像もできない至ってまともな言葉に、アリスは「へぇ」と感心した。彼のイメージが少しばかり変わりそうだ。



「この授業は習うより慣れろって所があるからな。口で説明するより実際に魔法を撃ち合った方が早い。今から二人一組になってもらう。組み合わせは俺が事前に考えてきたから、名前を呼ばれた順に組に分かれてくれ」



 エドワードが順々に名前を呼んでいく。エメラルド寮の一年生は三十人なので、十五組のペアができるということだ。

 大体真ん中程でアリスの名前が呼ばれた。相手はコニー・ブラウンだ。どちらかと言えば仲の良い相手で、ほっと胸を撫で下ろす。ソフィア・フィリスのグループの生徒とは、申し訳ないが余り一緒になりたくないのが本音だ。

 その後直ぐに名前を呼ばれたレイチェルとミリセントは一緒の組だったので、少し羨ましかった。


 今回は交換留学生であるクロムがいる。

 誰と組んでいるのだろうとクロムの姿を探すと、彼は制服のままエミル・マティス、ソフィア・フィリスの組に混ざっていた。

 エミルとソフィアは、エメラルド寮の一年生の中でも一、二を争う強さを持つ。そう考えればあの組にクロムが入るのも納得だ。



「アリスさん、宜しくね」



 近寄って来たコニーが、はにかみながら頭を下げた。アリスも笑顔でそれに応える。


 コニーもアリス同様補助系の魔法に特化している生徒で、彼はアリスと違い攻撃系の魔法も使えるが、いざ実戦となったら攻撃系統の魔法を使うよりも、生身で戦った方が幾らかはマシかもしれない。

 正直この二人で組んだ所で意味はあるのかと言いたいが、かといって他の生徒と組まされてもアリスでは何の役にも立てない。むしろ相手の生徒に迷惑だ。やはりこの組み合わせが妥当なのだろう。



「よし、組になったな。まずはどちらからでも良い。威力を抑えて、相手に魔法を叩き付けろ。魔法を向けられた方は、詠唱を破棄して防御魔法を展開しろ」



 他の組と十分な距離を取ったアリスは、コニーに魔法を放つよう合図した。攻撃系の魔法を使えないアリスは、必然的に防御側に徹するしかない。



「えっと、『健やかに! 伸びろ、蔓草』」



 コニーが属性魔法を詠唱し、砂地のフィールドから蔓がぼこぼこと顔を出す。蛇のように鎌首をもたげたそれは鞭のようにしなり、アリスに襲い掛かる。


 詠唱を破棄して魔法を出す、という感覚が余り良く掴めなかったが、何とか防壁が展開された。

 慣れない無詠唱で発動された防御魔法はかなり貧弱で脆く、十二分に威力を抑えられていたであろう蔓の鞭にも一発で罅が入った。

 畳み掛ける勢いで二発目の攻撃が放たれ、硝子が割れるような音と共に防壁が破壊される。


 何だかこれだけで疲れてしまった。魔力を大量に使った時にも似た疲労感がある。

 防御側に回っていた他の組の生徒もアリスとそう大差ない様子で、少し疲れた顔をしていた。



「相手から攻撃された時、冷静に詠唱して魔法を出すってのは難しい。そんな時は咄嗟に無詠唱になりがちになる。すると、焦って魔法に使う魔力量がバラつくんだ。無詠唱は便利そうに思えるが、慣れていないと今みたいになる。常日頃から無詠唱の練習をしろとは勿論言わないが、使い時は覚えていた方が良い」


「例えば……アメジスト寮のアノス・キルストは魔力はそう多い方ではないが、慣れ故に無詠唱でも一定の魔力量で連続して攻撃することができる。これができれば、相手に隙を与えず自分のペースに持って行きたい時なんかに有効だな。またはシェリー・クランチェのように魔力保有量が多い場合、無詠唱した際に多少魔力のバラつきがあっても、詠唱するよりかは効率が良かったりする」


「まあ、アメジスト寮の奴等は大概詠唱破棄する奴が多いから、余り参考にはならんがな。逆に詠唱することのメリットは、純粋に魔法の威力が上がる。呪文を覚えるのも大変だし、戦ってる最中に唱えるタイミングも難しいが、その分相手に当たれば強い。あとは魔法を使う方向性も定まるから、暴発も少ない。その辺はジスト先生の『魔法基礎学』でやるだろうけどな」


「じゃあ今度は先に防御側が詠唱有りで防御魔法を展開し、攻撃側は詠唱破棄してみろ」



 淀みないエドワードの指示に従い、アリスは防御魔法を展開する。



「『我が身を守れ!』」



 アリスを中心に、円状に防壁が広がる。それは光の加減によりキラキラと輝き、どこか幻想的だ。

 防御魔法が展開されたのを目視したコニーが、無詠唱で属性魔法を放つ。先程同様蔓が防壁に叩き付けられるが、今度は防壁に罅が入ることなく蔓を弾き飛ばした。



「威力が全然違う……」



 まるで自分が発動した魔法ではないみたいだ。

 エドワードが周りを見回し、全ての組が指示通りに動き終えたのを見届けると、口を開いた。



「――よしよし、全員終わったな。今やってもらった通り無詠唱より、詠唱有りの魔法の方が威力は強い。だが相手が出した魔法が自分よりも多く魔力を使用していた場合は、詠唱してても圧し負けることがある。覚えておけよ」


「詠唱有りの魔法同士、無詠唱の魔法同士の場合も、物を言うのは魔法に込められた魔力量だ。この場合も魔力が多い方が勝つ」


「アメジスト寮の特別演習を覚えているか? 千梨・フォン・フェルトの属性魔法を、シェリー・クランチェが魔力を放出しただけで破壊したのと同じ原理だ」



 分かりやすい例に、アリスは一人納得する。

 魔力量も人並みのアリスからしてみれば、無詠唱とはいえあれだけの属性魔法を魔力のみで抑え付けたシェリーに衝撃を受けたので、よく覚えていた。



「万が一戦闘になった時は、相手と自分の魔力量の差と詠唱の有無が大事になってくるって訳だ。そして放つ魔法に、どれ位の魔力を込めればいいのか。これ等を見極めて戦わないと、あっという間に詰みだ。だがこういうのは経験や場数を踏んでいないと判断できない。よって俺の授業では模擬戦も行っていく予定だから、心しておくように。 ――今までの話の中で、何か解らないことがあった奴はいるか?」



 アリスのいる場所から見て、左前の組の辺りで誰かが手を挙げた。アリスとその組の間にも何組かがいるため、それが誰のものなのかまでははっきりしない。

 しかしエドワードがその手の主を見て、嫌そうに顔を歪めたのは分かった。



「……何だ、クロム・フォン・ゴード」



「この授業は『サーカス』に対抗するためのものだと聞きました」



「正確には対抗というより、身を守るためだな。それが?」



「相手が詠唱の時間を待ってくれるとは限りません。手っ取り早く、実戦を見せるべきでは?」



「……お前の本音は?」




「――俺と戦え。四大騎士アレス家が一人、エドワード・フォン・アレス」


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