第21話 どうか、教えて⑤
買い物は順調だった。
ふらふらと違う道に入りそうになるアリスを子供達三人が全力で阻止してくれた甲斐もあり、昼食を取ったとしてもこの分では十四時前に孤児院へ戻れそうだ。
子供達はそれぞれ小さな袋を持っていた。
中には買い物メモにあった商品が、それぞれ入っている。
文房具店で袋詰めをお願いした際、誰が荷物を持つかで子供達三人が揉めたのだ。
見兼ねた店主の計らいで買い物袋を小分けにしてもらえたため、何とか彼等を宥めることができた。
実際購入してみると想像以上に大きな袋になってしまったため、Mr.アダムスに立ち寄る前に一度孤児院に戻るべきかとも考えたのだ。
袋をぶつけて、売り物の菓子をひっくり返しでもしたら大変だ。
小分けにしてもらうことで嵩張らずに済み、一度院に戻る手間も省けたため、文房具店の店主には感謝しかない。
次の目的地はMr.アダムスだ。
来た道を戻り、今度は一本隣の通りを進む。少しすると、Mr.アダムスの店舗が見えて来た。
Mr.アダムスのショーウィンドウも、他店同様クリスマス仕様の飾り付けがなされていた。
ショーウィンドウの中はお菓子の家と、家族と思われる人形が三体、近くにはサンタクロースと
ショーウィンドウを覗き込んだ子供達が、瞳を輝かせる。
よく見ると、それ等全てが菓子で作られていた。
人形達は全てマジパン。お菓子の家や橇はクッキーやチョコレート、ウエハースで出来ていて、屋根に掛かる雪は粉砂糖、積もった雪を表現しているのは綿飴だろうか。お菓子の家の壁や橇の飾りにはグミやジェリービーンズ、キャンディが使われ、ポップで可愛らしい。
「へぇ、凄いね」
「可愛い……!」
「これ全部お菓子なのか!? 食べるの勿体ないな」
彼等らしい感想を聞いて、アリスも同意した。
そうしてしばらくショーウィンドウを眺めていたアリス達だが、トトの腹の虫が盛大に鳴いたことで我に返り、Mr.アダムスへと足を踏み入れた。
店内はいつも以上に客の姿で賑わっていた。
子供達が、きょろきょろと忙しなく辺りを見回す。
今にも駆け出してしまいそうな彼等に、アリスは強い口調で釘を刺した。
「走り回っちゃ駄目だよ。売り物に触るのも駄目だからね。何か欲しい物があったら、私に相談するんだよ」
サラから持たされた財布の中身には、昼食を食べられる位の余裕があった。アリスにもアルバイト代があるため、余り高い物でなければ買うことができる。
頷いた子供達が、三人揃って焼き菓子のある方へと歩いて行った。お菓子の家のクッキーを見て感化されたのだろう。分かり易い。
アリスは買い物籠を持つと、サラからのメモを取り出した。
『量の入ったお菓子の詰め合わせ』とだけあるため、院にいる子供の数と入っている菓子の数を照らし合わせて、三十個入りを四袋購入することにした。
「――あらぁ、お嬢さん一人?」
真剣に悩んでいたためか、声を掛けられるまでアダムスの気配に気付けなかった。
小さな悲鳴を上げ肩を跳ねさせたアリスに、それに驚いたアダムスも「きゃあん!」と野太い声を上げる。
「ご免なさいねぇ、驚かせちゃったわぁ」
「いっ、いいえ。私こそすみません」
頬に手を当てて首を傾けるアダムスに、アリスが未だバクバクと跳ねる鼓動を押さえ付けるように胸に手を翳した。
そこにいつも仕舞われていた匂い袋は、もうない。
あれはテラスト襲撃から数日後、フレデリカに提出してしまっていた。
中身の解析が終わり次第返却するとは言われたが、まだ連絡はない。
正直、それが有り難かった。
今あの匂い袋が手元にあったとしても、どうするべきか分からなかったからだ。
麗のことを思い表情を陰らせるアリスに、アダムスが気遣わしげな視線を送る。
「……学校、大変だったわね。お嬢さんや、よく一緒に来てくれるお友達に怪我はなかった?」
「はい。私も、レイちゃんもミリィちゃんも、大丈夫です……」
皆、アリスの身を案じて優しい言葉を掛けてくれる。
そういえば、事情聴取に尋ねて来たフレデリカも終始アリスを気遣ってくれた。
――それが嬉しく思う反面、辛くもあった。
アリス達の無事は、シェリーが身を挺して守ってくれた結果だからだ。
大事な友人をアリス自身が脅かし、その立場を危ういものにしたという事実は、彼女を大層叩きのめした。
アリスが更に暗い顔をしたことにより、自身の気遣いが裏目に出たことに気付いたアダムスが、困ったように眉を下げる。
「……何か悲しいことがあったのね。『大丈夫よ』なんて無責任なことは言えないけど、お菓子に囲まれてるのにそんな顔をするもんじゃないわ。お菓子は人を幸せにするためにあるんだから!」
アリスに目線を合わせたアダムスが、華麗なウィンクを決める。
アダムスが目の前で何事か唱えると、彼の武骨な手にはいつの間にかピンク色の小さな袋が乗っていた。
「試作品よ。他のお客さんには秘密よ? 今日のアタシは特別仕様、アダムス・サンタクロース。沢山の人を幸せにするお菓子を届けるの!」
アダムスはピンク色のそれを、アリスが持つ文房具店の買い物袋にさっと忍ばせた。
丁度その時、「アリス姉ちゃーん!」とトトの声が響く。
大きな声を出してはいけないと、子供達に注意することを忘れていた。
店内にいた客達が、微笑ましそうにクスクス笑っている。
トトの近くにいたアンディは、その場から離れて他人の振りをしていた。
アダムスが「あらあらぁ、元気ねぇ」とからから笑うので、アリスは恥ずかしくなって頬を染めた。
「すみません……」
「いいのよぉ。可愛いもんじゃない。さあさあ、あの子が呼んでることだし、お嬢さんも行ってあげなきゃね。良いクリスマスを!」
ヒラヒラ手を振るアダムスに頭を下げ、トトの方へ向かった。
近付いて来るアリスに、トトとティファが表情を綻ばせる。
「アリスちゃん、これ見て。すっごく綺麗だよ」
「アリス姉ちゃん、あのグミ見てくれよ! スッゲー長いの!」
「――アリス姉。あれ、噛んでると味が何度も変化するガムだって。どういう仕組みだと思う?」
気付けばアンディも合流し、気になったお菓子について楽しげに話す彼等にアリスは眦を下げた。
「……私が買ってあげる。一つずつ持っておいで」
子供達が嬉しそうに歓声を上げ、お目当ての物の所へと散る。
アリスは、早足で去って行く子供達の背中を見送った。これは、彼女なりの礼だった。
長らく塞ぎ込んでいたアリスを、院の子供達が心配してくれていたのは知っている。
三人は子供達を代表して、買い物に名乗りを上げてくれたのだろう。
そこにサラを筆頭としたシスター達が一枚噛んでいるのだとしても、子供達なりにアリスを元気付けようと、いつも以上に明るく振る舞ってくれた。
その心遣いが、本当に嬉しかった。
子供達がそれぞれ欲しい物を籠に入れたのを確認し、他にも幾つか菓子を購入した。
目を瞬かせる彼等に、アリスは微笑む。
「帰ったら、十五時のおやつに皆で食べようね」
快活な返事と共に、子供達は頷いた。
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