第21話 どうか、教えて④


「アリス。悪いんだけれど……子供達と一緒に、クリスマスパーティーに必要な物を買って来てくれる?」



 シスター長のサラに買い物メモと財布代わりの巾着袋を渡されたのは、十二月二十四日の朝のことだ。アリスは朝食を食べ終え、食堂の椅子に座ってぼんやりとしていた。

 文化祭の事件からほぼ一ヶ月が経つものの、思い出したように塞ぎ込み部屋に籠るアリスを心配しての提案だった。

 アリスもそれを解っていたので、気分転換にも良いかと二つ返事で了承した。



「……うん、良いよ」



「そう、じゃあお願いね」



 幾分かほっとした表情のサラがアリスの頭を一撫ですると、他の子供に呼ばれて去って行く。

 サラを見送ると、アリスは緩慢な動作で立ち上がった。



(一緒に行く子達って誰だろう……?)



 疑問には思ったものの、店が開く時間にはまだ早い。

 アリスは一度自室へ戻り、身支度を整えることにした。












 そろそろ買い物に行こうかと玄関に向かうと、既に同行者達は待ち構えていた。



「遅いぞ、アリス姉ちゃん!」



「早く行こう……!」



「ティファ、手袋は?」




 三者三様といった様子の子供達に出迎えられ、アリスは苦笑した。騒がしい旅になりそうだ。

 アリスは彼等がきちんと厚着をしているか確認し、外に出た。

 雪は降っていないが、空は灰色掛かった雲に覆われている。

 吐いた息は白く、外気に触れている部分からどんどん熱が奪われていくのが分かった。



「寒い!」



 外に出たトトの、大きな第一声が響く。

 彼は『子供は風の子』の典型で、上には厚手のダッフルコートを着込んでいたが、下は半ズボンだった。

 一応出る時に声は掛けたのだが「大丈夫!」の一点張りで聞かないため、厚着させるのを諦めたのだ。

 アリスは「やっぱり着替えて来たら?」と再度問うが、寒さで顔を赤らめ歯を鳴らすトトに笑顔で断られた。

 ……まあ本人がそう言うならいいかと、アリスは歩き出す。



「アリスちゃん、最初はどこに行くの?」



 子供達の歩調に合わせているので、アリス達の歩みはゆっくりとしたものだ。

 ティファが飼い主の足元でぐるぐると回る犬のように、アリスの周りをちょこまかと動く。

 犬耳の生えたティファを想像し、アリスは思わず笑みを溢した。


 サラから貰った買い物メモに目を落とし、どこで何が購入できるか、回る店の順番を考える。



「うーん、最初は文具店かな。お菓子は量が多いから嵩張るし」



 文具店は、お馴染みMr.アダムスのある通りから少し離れている。

 この文具店は以前麗と出掛けた際、アリスがノートを買うために立ち寄った店だ。

 そこまで思い出して、アリスは表情を翳らせた。街の中でも、麗の影がちらついてしまう。



「アリス姉、文具店では何を買うの?」



 アンディがアリスの手元を覗き込んだ。

 アリスは彼が見易いよう、少し手元を下げてやる。

 メモには折り紙、画用紙、糊、ペンセット等とここぞとばかりに大量に書いてあった。



「こんなに沢山、何に使うんだろうね。アンディは何か聞いてる?」



「母さんが、クリスマスにちなんだ絵をボク等に描かせるって言ってたよ。玄関に飾るんだって」



 それはそれは、賑やかな玄関になりそうだ。

 赤や緑が中心となった、のびのびとした絵が飾られるだろう玄関を思い浮かべ、アリスは目を眇める。



「サンタさんもびっくりするだろうね。私も、皆の絵を観るの楽しみだな」



「何言ってるんだ、アリス姉ちゃん」



「アリスちゃんにも描いてもらうって、お母さん言ってたよ」



「えっ」



「ここは、年上のアリス姉が手本を見せてくれないとね」



 アンディがにっこりと笑って言った。

 アリスは控え目に言って、余り絵が得意ではない。手本というより、悪い例にならなければ良いが。

 だが、それ以前に描かないに越したことはない。



「ねえそれって、パーティーの準備を手伝えば免除ってことにはならないかな……?」



「うわ。セコいぞ、アリス姉ちゃん」



「アリス姉、ズルは駄目だよ」



「アリスちゃんの絵、見てみたいな……」



 苦手な絵を何とか回避しようと苦し紛れに言うと、トトにじとりと睨まれ、アンディには嗜められ、更に上目遣いのティファに追撃された。

 三対一では分が悪くなり、アリスは「遅くなっちゃうし、行こっか!」と話を逸らすと、孤児院の門を潜った。











 街はクリスマス一色だった。

 子供連れの姿が多く、彼等の笑い声が楽しげに響く。人々の往来も盛んで、どこも賑わいを見せていた。

 どの店のショーウィンドウもクリスマスの飾り付けがなされ、目に痛いカラーのプレゼントボックスが何個も積み重ねられている。



「あんなプレゼントの山に埋もれてみたいな!」



「そう? 特別な日に大切な人から一つでもプレゼントを貰えたら、ボクはそれで良いけどな」



 アンディの口からとんでもない人たらしの発言が飛び出て、アリスは赤面しそうになった。

 彼が大人になったら、どういう男性になってしまうのだろう。色々な意味で、アンディの将来が心配になった。



「……アンディ、そういうことを言うのは一人の人にだけだからね。あんまり安売りすると、後ろから刺されちゃうよ」



「当然でしょ。アリス姉はボクを何だと思ってるの? ……というかアリス姉、学校に通うようになってから変なことばっかり覚えてない? 勉強は大丈夫なの?」



 鋭く光るアンディの瞳に、アリスは目を泳がせた。

 それを不憫に思ったのか、ティファが彼のコートの裾を引っ張る。



「アンディ、アンディはサンタさんに何をお願いしたの?」



 ティファのキラキラした目を前に、彼女を除く三人が素早く目配せした。


 アリス達は知っていた。孤児院に於けるサンタクロースは、院長の神父であることを。


 サンタクロースは実在しないという事実はいずれ誰しもが通る道だが、まだ幼いティファにはもう少しだけ夢を見せてあげたかった。

 アンディが自然な流れでティファに向き直り、優しい口調で言った。



「ボクは本をお願いしたんだ。ティファは?」



「ぬいぐるみ! くまさんのやつ!」



「アンディ、去年も本じゃなかったか?」



「去年は図鑑だよ。今年は児童書」



「げぇ~。そんなの一緒だろぉ?」



「うるさいな。君は何をお願いしたんだ?」



 言外に「神父様に」というのが聞こえた気がした。それは少し考え過ぎだろうか。

 問われたトトが、何故か誇らしげに胸を反らす。



「汽車のオモチャを頼んだんだ!」



「……君、去年もそれじゃなかった?」



「違う! 去年は黒くて人を乗せるやつ! 今年は色は同じだけど、荷物を乗せるやつだ!」



「何だよそれ。一緒じゃないか」



「一緒じゃない! 見た目が違う!」



 きゃんきゃん騒ぐ男子二人を無視して、ティファが満面の笑みをアリスに向ける。



「アリスちゃんは? 何をお願いしたの?」



「私は、」



 アリスは去年何を貰ったのかを思い出す。

 確かに欲しかったものを頼んだはずなのだが、全く記憶になかった。

 それに今年はテラスト魔法学校に入学しアルバイトをするようになって、自由にできる金銭がある。何でもとまではいかないが、学生の身分で手に入るようなものは、少し頑張ればほぼほぼ買えるようになった。

 すると、誰かに願ってまで欲しいものというのは案外少ないものだ。


 むしろ今のアリスが必要としているのは、形のないものなのかもしれない。




(――シェリーちゃんに会いたい。言いたいことが沢山ある)



(できることなら、麗先輩の真意を知りたい)




 この願いが叶うなら、アリスは何もいらなかった。



「アリスちゃん……?」



 黙り込むアリスの顔を、ティファが怪訝そうに覗き込んだ。

 不安気な様子のティファに、アリスは慌てて「うーん、洋服かなぁ」と答える。



「そっかぁ。楽しみだね」



 ニコニコ笑うティファに、アリスは罪悪感が湧く。

 咄嗟に答えてしまっただけで特に洋服等欲しくもないというのに、純粋な目で真っ直ぐに言われると心が痛んだ。

 ティファからの詮索を避けるため、アリスは未だに口論するトトとアンディを「ほら、行くよ」と急かした。

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