第5話 君の冒険談を聞かせておくれ
第5話 君の冒険談を聞かせておくれ①
六月も半ばになり、ヨル=ウェルマルク新興国は梅雨入りを果たした。
生徒達は既に衣替えを済ませているが、こうも蒸し暑かったり肌寒かったりと気温が安定しないのは困りものだ。
ヨル=ウェルマルク新興国は、遠い日ノ輪国同様四季がある。
遥か昔、まだヨル=ウェルマルク新興国が四大貴族によって統治されていた時代。
当時のフォード家の当主が仕事上の縁から日ノ輪国の者と交流を持ち、一部の商人達と貿易をしていた。
そこからフォード家が治めていた東側の地域には日ノ輪国の生活様式が浸透した。
更にこの国にはまだ暦という概念が存在していなかったため日ノ輪国に伝わる暦を使用するようになり、ヨル=ウェルマルク新興国となってからは新たに暦を作らず、日ノ輪国の暦に倣うようになったとされている。
同じように四季がある珍しい気候から、季節の行事や文化等も日ノ輪国に良く似ている。
それは学校行事も例外ではない。
アリス達の通うテラスト魔法学校高等部では、中間テストまで一ヶ月を切っていた。皆少しずつテストを意識し始め、ちらほら勉強する者も出て来る頃である。
そんな少し浮き足立った空気の中、アリス達もテスト勉強を進め始めていた。
しかし高等部に入って初めてのテストだというのに、三人は余り勉強に身が入っていなかった。
「あ~……記事になるネタがない……」
エメラルド寮の談話室にある丸テーブルの一つを占領し、持ち寄った菓子を食べながらだらだらと勉強会を開いていると、レイチェルが突然テーブルに突っ伏すようにして頭を抱えた。
但し、右手にはチョコレートの掛かった細い棒状の菓子が握られたままである。
これもまたMr.アダムスで購入した物の一つで、彼の作る菓子は女子三人の小腹をほぼ毎日のように満たしてくれている。本当にMr.アダムス様々だ。
「アンタ達何かネタないの!? はい、アリス!」
「えっ!?」
先生の使う指し棒のように菓子を向けられたアリスは、咄嗟のことで何も思い浮かばなかった。
そもそも日頃の会話をネタとして捉えていないので、『記事になるようなネタ』という物が何なのかいまいちよく分からない。
口籠るアリスに痺れを切らしたレイチェルは、ミリセントに菓子の矛先を向けた。
「じゃあ、ミリィ!」
「えっとねぇ……同じガーデニング部で、ガーネット寮の先輩達が話してたんだけど」
アリスがもたついていた時間に話題を思い付いていたのか、ミリセントの口調は淀みない。
彼女は指先で摘まんだグミをそのままに、すらすらと話し始めた。
「平日の真夜中に南棟の教室のどこかで、必ず一ヶ所明かりが点くんだってぇ」
怪談話をするように抑えられた語り口に自ずと大して進んでいなかった勉強の手を止め、アリスとレイチェルは固唾を呑んでミリセントの話に聞き入った。
「それは平日毎日続くみたいなんだけど、場所は決まってないみたいなの。それで怖いもの知らずのとあるガーネット寮の生徒が、教室の明かりの真相を確かめたんだってぇ。そしたらねぇ……」
場の雰囲気に呑まれ、アリスは息を凝らす。
「教室の丁度真ん中辺りの席に、白い人影が座ってたらしいの。それをゴーストだと思い込んだその生徒は怖くなって逃げたんだけど、次の日から原因不明の発熱でしばらく学校を休んだんだってぇ」
「……そんな話、初めて聞いたわ」
情報通を名乗っているにも拘わらず、自分がその噂を知らなかったことが大層ショックだったのだろう。レイチェルは話し終えたミリセントを睨むように見て、悔しそうに歯噛みした。
「その先輩達、噂はまだガーネット寮の生徒の間でしか出回ってないって言ってたよぉ。下手に他寮に言い触らして、騒ぎになったら大変だからって。テストも近いし、先生達の耳にも入っちゃうしねぇ」
ガーネット寮寮長、ネロ・クラウドの顔が三人の脳裏を過る。
「下らないことを言ってる場合? その時間を勉強に費やしたらどうなの」と、彼女の馬鹿にした表情が簡単に思い浮かんだ。
「……新聞部員の名に懸けて、この目で確かめるしかないわね。決行は翌日の授業に支障が出ないように、今週の金曜日の真夜中!」
いつの間にかレイチェル、ミリセントと共に三人で噂を確かめることになってしまった。しかし、全くその噂に興味がないかと言われれば嘘になる。
ミリセントは顔を曇らせ余り乗り気ではなさそうな様子だが、話題を提供してしまった手前行かざるを得ないだろう。
シェリーも居てくれたら楽しいだろうし心強いだろうが、彼女は生憎アメジスト寮。人目につかない時間とは言え、他寮の生徒である彼女を巻き込むのはさすがに申し訳なかった。
恐らくアリスが頼めばシェリーは付き合ってくれるのかもしれないが、そんな彼女の優しさに付け込むようなことはしたくはない。
その代わり噂の真偽を確かめた後、その顛末を話しに行くことにしよう。
それがどんな結末であれ、シェリーは面白がって聞いてくれるはずだ。
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