第18話 そうでないなら、正直者らしく
第18話 そうでないなら、正直者らしく①
十一月下旬。文化祭前日ということで、今日は丸一日文化祭の準備に当てられている。
校内では準備に追われ、忙しそうに動き回る生徒の姿があちこちで見られた。
そして皆、いつもとは違う非日常的な雰囲気にどこか浮き足立っていた。
そんな中、アリスは厨房のキッチンを借りてレイチェル、ミリセントと共にクッキーを作っていた。
クラス全体でハンドメイドの店を出すことが決定していたが、アリス達が選んだものは少々時間が掛かるものだったため、全体の制作数が少なくなってしまったのだ。
そのため商品を増やすべく、急遽クッキーを作ることとなった。
食品の提供は衛生管理の面から学校の許可を得るのに手間が掛かるのだが、幸い
ちなみにこれはミリセントの案であり、
メインでクッキーを作っているのはミリセントだ。
アリスとレイチェルは出来上がってくるものにトッピングをしたり、ラッピングをしたりと自身の調理技術が問われない部分を担っていた。
「最後のクッキーが焼けたよぉ~」
「これはナッツが入っているから、トッピングは良いわよね」
「良い匂い~。そろそろお腹減ってきたね」
粗熱がとれてから、クッキーをラッピングしていく。
リボンが片寄って不恰好なものもあるが、やり直すと更に酷いことになりそうなので、手作りならではの愛嬌として許して欲しい。
「……良し、これで終わりだねぇ」
「ミリィちゃん、お疲れ様!」
「ありがとね、ミリィ」
「二人もお疲れ様。明日の販売が楽しみだねぇ!」
作業を終えた頃には、既に窓の外は茜色が混ざり始めていた。
アリス達はバタバタと厨房の片付けを始める。
これから夕食の準備のために調理員が厨房を使用するため、使用時間が定められていた。
十六時までが厨房の使用条件だったが、時刻は十五時四十分を少し過ぎていた。
慌てた三人は急いで役割を決め、アリスはゴミ捨て担当になった。
本来ならばこれは全て厨房の調理員達の仕事なのだが、清掃まできちんとすることを条件に厨房を借りたので手抜きは許されない。
アリスは黒いゴミ袋の口をきつく結んだ。日中のゴミもあるので結構な量だ。
一袋だがパンパンに詰められたそれは、見ただけでも重そうだった。
「じゃあ行ってくるね」
「やっぱり私が行くよぉ?」
「多分大丈夫! まだ外の部活の人もいるし。迷ったら道を聞くから!」
「迷う前提の時点で、何も大丈夫じゃないのよね……」
今まで小文化祭の準備で大活躍だったミリセントには、少しでもゆっくりして欲しい。こんなゴミ袋一つを少しばかり離れた所に捨てに行く労力等、彼女の頑張りに比べたら大したことはない。
しかし迷子になっては更にミリセントやレイチェルの仕事を増やしてしまうので、細心の注意を払って任務を終了させるつもりだ。
アリスは決意を一新に、心配そうな二人の視線を背に感じながらも厨房を後にした。
ゴミ捨て場は校舎の外の、東側にある。そのため一度、正面玄関から外に出なければならない。
アリスは玄関までの道のりを、休憩を挟みながら進んだ。
ゴミ袋が重いのだ。だからといって引き摺って歩くと、袋が破れて中身が出てしまう。
「これは思った以上に重いかも……」
アリスは再びゴミ袋を足元に下ろした。
やれやれと無防備に一息吐いていると、背後から突然声が掛かる。
「そこで何してるの、アリス?」
振り向いた先に、バインダーを持った
「麗先輩、お疲れ様です」
「お疲れ。文化祭の準備、まだやってたんだね」
「いえ、さっき終わったので今は片付けの真っ最中です。クッキーを作ってたんですよ」
「あぁ、クラスの出し物でハンドメイドのお店をやるんだっけ? クッキーを作れるなんて凄いね」
「作ったのは、殆んどミリィちゃんなんですけど」
「へぇ。確かに、あの子そういうの上手そうだよね」
「麗先輩のクラスも、まだ作業中ですか?」
「うん。僕は明日必要な備品の、調達に来たんだ」
「麗先輩の所は、喫茶店でしたっけ?」
「そう。正確には仮装喫茶。接客担当の生徒が、モンスターの格好をするんだ。僕もウェイターとして出る予定」
「えっ、仮装は何やるんですか!?」
「ふふ、それは来てのお楽しみだね」
麗に似合う仮装は何だろう、
しかしそれではありきたりだから、あえてのミイラ男か。だがそれでは露出が……いやでも少し見てみたいような気も、等と妄想を膨らませる。
そんなアリスを知ってか知らずか、二人の足元で存在を主張するゴミ袋に視線を移した麗が「良ければそれ、持って行こうか?」と提案した。
「重くない?」
「でも、麗先輩も用事があるんじゃ……」
「ゴミ捨て位直ぐだし、気にしなくて良いさ。それに、アリスも早く終わった方が良いでしょう?」
言うが早いか、麗がゴミ袋をさっと持ち上げてしまったので、アリスは代わりにバインダーを持たせてもらった。
別に良いのにと言われたが、先輩に荷物を持たせて自分は手ぶらというのも落ち着かない。
アリスは受け取ったバインダーに視線を落とす。麗の字だろう女性的な、美しく柔らかい文字が目に入った。矢張優しい人は書く文字まで優しそうなのだな、と一人納得する。
麗の字にうっとりとしているアリスを尻目に、麗はすたすたと正面玄関へ歩き出していた。
我に返ったアリスは、急いでその背中を追った。
麗に追い付くと、アリスは然り気無く彼の横に並び立つ。
アリスがあれ程重さに耐え忍んで持って来たゴミ袋を、麗は片手ですんなりと運んでいる。
(顔は女の子みたいに綺麗でも、やっぱり男の人なんだなあ……)
麗の横顔をちらちらと窺いながら、アリスはその隣を跳ねるような足取りで歩く。
この幸福な時に、しばしの間浸りたかった。
「――はい、終わり」
ゴミ捨て場にゴミ袋を置いた麗が、アリスからバインダーを受け取った。
「ありがとうございました、麗先輩」
「ううん、僕の方こそ。これ、持ってくれてありがとね」
アリスと麗が穏やかに話していると、どこかの窓が開いているのか、生徒の賑やかな笑い声が聞こえた。話の内容までは分からないが、とても楽しそうだ。
それを聞いていたら何だかアリスまで楽しくなってきてしまい、つい笑みを溢してしまった。
「……楽しそうだね」
突然笑い出したアリスを気味悪がるでもなく、麗は微笑ましげに眦を下げた。
まるで小さな子供を見るような慈愛に満ちた視線に、アリスは気恥ずかしくなる。
「皆楽しそうだなって思ったんです。私も初めての文化祭なので、凄い楽しみで」
「そっか」
「麗先輩は、去年の文化祭を経験されてますよね。どうでした?」
「……楽しかったよ。僕は高等部からの編入だから、ああいうことは経験したことがなくて。眩しかったな」
「眩しい、ですか?」
こう言っては何だが、たかが学校行事の、それも小文化祭に対して使う言葉としては大仰な気がした。
更にはまるで他人事のような言い方に、アリスは戸惑いを覚える。
「そう。本来なら一生知り得なかった、光だった。僕
「えっ、と……?」
発言の意図が読めず眉を下げて困惑するアリスに、麗は妖しく唇を吊り上げた。しかし彼の青い瞳は笑ってはおらず、冷たく凪いでいる。
生徒達の笑い声が、どこか遠くに聞こえる。アリスは無意識の内に後ずさった。
「――これで、最後だね」
パチンという音と共に、アリスは意識を失った。
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