第18話 そうでないなら、正直者らしく②



「――アリスちゃん、大丈夫?」



「……え?」



「ゴミ捨てから帰って来てから、ちょっと変よ。具合でも悪いの?」



「う、ううん。少しぼーっとしてたみたい。大丈夫だよ」



「文化祭の準備も、最後の方は間に合わせるのに必死だったもんねぇ。ここ一、二週間はシェリーちゃんに会いに行く時間もない位だもん。疲れが出たのかなぁ」



「明日に備えて、寮に戻りましょ。粗方綺麗になったし。これで大丈夫でしょ」



 レイチェルとミリセントの話に耳を傾けつつ、アリスは未だぼんやりする頭を押さえた。ゴミを捨てに行くために厨房を出たのは記憶にあるが、それ以降がかすみ掛かって思い出せない。

 最近こういうことがよくあるような気がする。何か重大な病気なのだろうか。

 取り敢えず明日の文化祭を無事に終えてから、病院の受診を本格的に考えるべきかもしれない。

 アリスは無意識の内に、匂い袋の入っているブレザーの胸ポケットに触れていた。



「アリス、厨房の明かり消してくれる?」



「あ、うん」



 忘れ物がないか確認すると、三人は食堂の出入り口に向かう。

 アリスが魔力の供給を止めると、煌々と輝いていたランプの灯火が一瞬で消え、厨房内は薄闇に包まれた。
















 リーは空き教室の大窓の側に腰掛け、外の景色を眺めていた。

 既に日付を跨いでいるため、窓の外は暗闇に覆われている。

 東棟のこの教室からならば温室の一部が見えるはずなのだが、闇に紛れてその輪郭すらはっきりしない。



「いよいよね」



 麗以外存在していなかった教室に、突如として少女の声が響いた。それは然程大きな声ではなかったが、静寂を打ち破るには十分だった。

 張り詰めていた糸が切られたようだ。破られた均衡に、麗は声の主を求めて顔を上げる。



「――鈴麗リンリー



「首尾はどう?」



「大丈夫。ここまで時をかけたんだ、失敗はしない」



「長かったわね。……それも、もう終わる」



 どこか聞き覚えのある台詞に、矢張双子だなと他人事のように思う。

 清々とした、憑き物が落ちたような顔をする鈴麗を、麗はじっと見詰めた。




「――今まで、楽しかった?」




 ぎょっと目を見開く鈴麗に、麗は自分自身でも驚いていた。こんなことを言うつもりは更々なかったのだ。

 しかしそれは、無意識の内に口を衝いていた。



「何アンタ、感傷的にでもなってる訳? ……でもまあ、確かに少し長く居すぎたのかもしれないわね」



「……」



 未だ自身の発言が信じられない麗には、姉に対して返す言葉が見付からなかった。

 そんな弟の戸惑いを気に掛ける訳でもなく、鈴麗は続けた。



「正直、楽しくなかったと言ったら嘘になる。これが普通の子供が享受すべき幸せなんだって、思わなかった訳じゃない。でも ――ここは毒だわ」


「長く居続けることは、お互いのためじゃない。だから、この辺りが潮時だったのよ。アタシ達の居場所はここじゃない」



 双子だというのに、正反対の色を持つ鈴麗の瞳が真っ直ぐに麗を射抜いた。

 この瞳の前に立つと、自分の後ろめたさや汚さを白日の下に晒されているように感じる。

 だからこそ麗は鈴麗の在り方を美しいと、そう思っている。


 どこまでいっても、麗にとって鈴麗とは唯一無二の肉親であり、指針であり、己の分身でもあった。それは鈴麗にとっての麗も同じだろう。


 二人の居場所はここではない。

 こんな陽の当たる場所ではない。


 麗と鈴麗の居るべき場所は静かな夜であり、その世界はお互いとだけで完結しているべきだ。




 ――だからいらないのだ。

 夜の訪れを優しく受け止めてくれる、夕陽色の存在なんて。











 翌日、小文化祭を迎えたテラスト魔法学校の校内はいつもの雰囲気からガラリと変わり、様々な飾り付けが為されていた。生徒達の手作りであることが一目で判るそれらは所々拙い部分もあり、微笑ましさを覚える。


 小文化祭とはいえ、生徒からしてみれば一大イベントだ。

 文化祭の開会式のために大講堂に集まる高等部の生徒達は、式典時とは違って皆表情が明るい。

 急遽入った会議のため不在にしている校長シャン・スタリアの代わりに、開会の挨拶をしたのは副校長のセージュ・スクードだった。

 登壇した彼が端的に挨拶を終わらせると、開会式は速やかに終了する。



「まだ教室の飾り付け終わってないよ~」、「あっ! あれ準備するの忘れた!」という慌ただしくも楽しげな声を聞きながら、アリスは席を立った。

 昨日の内に教室の飾り付けは済ませておいたため、戻った所でやることは少ない。

 せいぜい釣り銭に使うお金の確認や、商品、教室の飾り付けの最終チェック位だろう。


 アリス、レイチェル、ミリセントの三人のグループが販売するのは、ミリセントが主軸となって作った刺繍の入ったハンカチ、布製のトートバッグ、ブックカバーや栞等だ。

 アリスとレイチェルの器用さは可もなく不可もなくと言った所だが、ミリセントの助けもありそこそこ見られるものができた。

 本当に、今回はミリセントの女子力に助けられてばかりだ。


 しかしどれも短時間で作れるものではなく、結果として最終的な商品の数も少なくなってしまったので、クッキーの販売が認められて本当に安心した。

 来年の出し物は、もっと準備に掛けられる時間を考えて提案した方が良い。これは今回の経験からの教訓だ。






「じゃあ、店番は二時間置きに交代ね」



「はーい」



「次はアリスとミリィが交代ね。時間厳守よ、ミリィ」



「了解だよぉ。二人共宜しくねぇ。それじゃあ、私行ってくるねぇ」



「行ってらっしゃい、ミリィちゃん。頑張ってきてね!」



 最初の店番はアリスとレイチェルだ。

 ミリセントはこの間に、部活動の出し物の手伝いをしてくるらしい。

 生徒の出し物が始まるのは九時からだ。文化祭自体は十六時までで、出し物は十五時までとなっている。

 生徒達は自身の出し物を行う傍ら文化祭を見に来た初等部や中等部の生徒、保護者といった客の相手をし、休憩時間には他の出し物を回り、人によっては有志発表も行うというハードスケジュールだ。

 上手く立ち回らなくては、他のクラスの出し物が見られなくなってしまう。アリスは意地でも、麗のクラスの出し物を見に行くつもりでいた。



「ほらアリス、ぼーっとしないでよ。もう人が入って来てるわ」



 クラスメイトの保護者だろうか。教室の中を窺う夫婦の姿があった。

 廊下には彼等だけではなく、中等部の生徒や他の保護者の姿も少しずつ増えている。

 アリス達の店は教室の入り口からも程近い。呼び込みは最初が肝心と、アリスは明るい表情と笑顔を心掛けて言った。



「おはようございます! 宜しければ、ご覧になって行って下さいね!」


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