第17話 あっという間に飲みほして
第17話 あっという間に飲みほして①
アリスは校内アルバイトが始まる時間まで、談話室でレイチェル、ミリセントと共に時間を潰していた。
そこに
「――アリス、ごめん。ホームルームが長引いちゃって。待たせちゃったね」
「いいえ、大丈夫ですよ。じゃあ行きましょうか。行ってくるね、ミリィちゃん、レイちゃん」
「ええ、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい。頑張ってねぇ」
慌ただしく談話室を出て行くアリスと麗の後ろ姿が見えなくなると、レイチェルが口を開いた。
「ねぇ。最近のアリス、前程シェリーの所に行かなくなったと思わない?」
「うん、私も思った。シェリーちゃんの名前を口にするのも、少なくなったよねぇ。何かあったのかなぁ……喧嘩とか?」
「どうかしら。でも反対に麗先輩とのアルバイトは頻繁よね。あの二人、付き合い始めたのかしら?」
「でもそれなら、私達に教えてくれるんじゃないかなぁ?」
「そうなのよね、それなのよ」
二人して首を捻っても、答えが出る訳ではない。結局答え合わせを諦め、レイチェルは眼鏡の位置を直しながら言った。
「取り敢えず、明日にでもシェリーの所に行ってみましょう。アリスが会いに来なくて、寂しがってるかもしれないしね」
茶目っ気たっぷりに言う彼女に、ミリセントが同意を込めて微笑んだ。
夏服から冬服へと衣替えも済み、一気に肌寒くなった十月の下旬に差し掛かろうかという頃。
アリスは月一の星空愛好会活動日のため、演習場に来ていた。
夏頃にあった『サーカス』の事件により、学外での活動が見送られているのが現状だった。中々思った通りに事が進んでいないのが、仕方のないこととはいえ歯痒い。
図書室から借りてきた本を指先でなぞりながら夜空と見比べていると、シェリーが躊躇いがちにアリスの名を呼んだ。
「……なあ、アリス」
「なあに? シェリーちゃん」
アリスは本に目を落としたまま返答した。
――見付けた。
多分この星だろう。アリスは再度空を仰ぐ。
……いや、線で結ぶと星座の形が違う気がする。
「その、文化祭の準備は忙しいのか……?」
アリスは「文化祭」という言葉に、シェリーの方へと顔を向けた。
余りシェリーとは結び付かない単語だったため、彼女の口からそれが出て来たことが意外だった。
「え? 文化祭の準備? 私達のクラスはハンドメイドのお店をやる予定だから、個人個人で作業してるし、今はまだそれ程でもないと思うけど……どうして?」
「……いいや。いいんだ、何でもない」
うろうろと視線を彷徨わせていたシェリーだが、それ以上何かを言う訳でもなかったため、アリスも特に尋ね返すことなく再び本に視線を戻した。
本の解説に目を通しながら、アリスは先程の質問にどのような意図があったのかを考える。そして文化祭の話がしたかったのだろうかという結論に至り、シェリーに話題を振った。
「シェリーちゃんの所は、文化祭で何か出し物とかするの?」
「……
「そうなんだ。それはそれで大変だね」
「いや」
シェリーからの返事はあったものの、どこか覇気がない。彼女が何か言いたげなのも気にはなるが、アリスに思い当たる節は全くなかった。
何か悩んでいるのだろうか。いつか話してくれると良いのだが。
口数も少なくぎこちない雰囲気の二人の背を、ジストが気遣わしげに見詰めていた。
そんな些細なやり取り等すっかり頭から抜けていたアリスだが、思いもよらない所でシェリーの不可解な態度の解答を知った。
それは星空愛好会の活動日から二週間近く経った、十月の終わりのことだった。
校内アルバイトもなく、また木曜日でもあるためシェリーの所には行かずに、エメラルド寮の談話室でレイチェルとミリセントと丸テーブルを囲んで話していた時だ。
座って話し始めてからずっとそわそわしていたレイチェルが、言葉を選んでいるのが丸分かりな様子で口火を切った。
「……ねえアリス。その、最近忙しそうだけど麗先輩と何かあった?」
「えっ、特に何もないよ?」
「ほら、最近よく麗先輩と一緒に校内アルバイトをやってるじゃない? もしかして付き合い始めたのかと思って……」
「そう、かな? 麗先輩とは偶々同じアルバイトになるだけで、付き合ってないよ」
「そう……」
やはりレイチェルの様子がおかしい。いつもだったら歯切れ良く話す彼女が、これ程までに言い淀むことなど珍しい。
二人のやり取りを険しい顔付きで見ていたミリセントが、意を決した表情で言い放った。
「アリスちゃん、シェリーちゃんと喧嘩した? シェリーちゃんのことが嫌いになったの?」
強い口調で詰問され、アリスは驚いてミリセントの顔色を伺う。どうして彼女がそのように考えたのかが、アリスには理解できなかったのだ。
「喧嘩なんかしてないよ。ミリィちゃんはどうしてそう思ったの?」
困惑して尋ねると、ミリセントの表情が更に険しくなり、レイチェルも顔色を変えた。
友人達の劇的なまでの変化に、アリスも戸惑いが隠せない。先程よりかは幾分かはっきりとした口振りで、レイチェルが問う。
「アンタ自覚がないの?」
「自覚……?」
「最後にシェリーの所に顔を出したのはいつ?」
「シェリーちゃんと会った日? えっと……」
宙を見上げて考えるも、全く思い出せない。愛好会の時に会ったのが最後ではないだろうか。だとしたら二週間近くは前だ。
今まで三日と空けずシェリーに会いに行っていたので、アリスは顔を青くさせた。何故二人に指摘されるまで気付かなかったのか。
アリスが黙り込むと、レイチェルは続けた。
「愛好会の活動日が最後でしょ。シェリーもそう言ってたわ。正確には九月に交換留学生達が帰った辺りから、アンタが余り顔を見せなくなったって言ってたんだけどね」
どうやらレイチェルとミリセントはアリスの口からシェリーの話題が滅法減ったことにいち早く気付き、合間を見て彼女の所に顔を見せていたようだ。
シェリーから「アリスはどうした」と聞かれる度にいつも校内アルバイトと伝えていたが、こうも毎回では理由としては苦しくなってきてしまい、咄嗟に文化祭の準備と答えてしまったらしい。
そこでようやく、シェリーのあの問いの意味を理解した。
彼女もレイチェルとミリセントを疑っていた訳ではなく、恐らくアリス本人の口からきちんとした理由を聞きたかったのだろう。
しかし何も知らなかったアリスは、馬鹿正直に本当のことを答えてしまったのだ。
ならばシェリーの落ち込んだ様子も当然である。彼女からしてみれば、自分に会いたくないからレイチェルやミリセントに嘘を吐かせているとしか思えない。
レイチェルとミリセントも、自分達のしたことが悪手だったということを分かっているのだろう。彼女達は「私達も勝手なこと言ってごめん」と頭を下げた。
「……ううん、私の方こそ二人に気を遣わせてごめんね」
レイチェル達に言われるまで、自身の行動を疑問にすら思っていなかった。
麗とのアルバイトが重なっているな位の印象はあったが、示し合わせていた訳ではないし、そもそも自分でも、何故シェリーに会っていないことに今まで気付けなかったのかが理解できない。
「アタシが言うのも何なんだけど……本当に嫌になったのなら、本人に伝えるべきよ。お互い傷が浅い内にね。『いつかまた』を期待させるのは、可哀想だわ。特にシェリーは」
「本当にそういうのじゃないの。自分でも不思議なんだ。何でだろう、二人に言われるまで気付かなかった。……まるで自分が自分じゃないみたい」
「……それって、アリスちゃんの失くなった記憶と何か関係があるのかなぁ。それとも疲れてるとか……あんまり酷いようなら保健医の
「うん、そうする。ありがとう。近い内にシェリーちゃんの所にも、顔を出してみる」
しかし今更になって、六年も前の記憶喪失の弊害が出るものだろうか。まさか、とアリスは否定的に考えた。
それならば疲れの方が十二分に考えられる。
そこまで金銭的に余裕がない訳ではないし、この機会に身体を休めても良いかもしれない。
アリスは一人頷き、小さく溜め息を溢した。
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