追憶の欠片2 まだ小さな女の子だった頃⑥


 シェリーから連絡が来たのは、彼女の拘束を解いてから四日目の夕方のことだった。

 話によれば学園都市テラストの外れにある廃屋に潜伏しているとのことで、珍しく団員が全員揃っているらしい。「この日を逃せば、またいつ全員が集まるか分からない」と切られたそれに、ジルは計画を決行した。

 大慌てで上層部に出動許可を取り、シェリーとの通信を試みる。魔力を上手く調整し、水晶の表面温度が変化するよう魔力を送り込んだ。こちらからはどれ位の温度になるか分からないのが難点だ。改良の余地がある。



『結構熱いぞ、これ……』



 ぼやくシェリーの声が、水晶越しに届いた。ジルは魔力を少し抑え、早口に続ける。



「今夜、決行する」



『……そうか。じゃあ、何としてでもアイツ等をここに引き留めてみせる。時間は?』



「一般人の往来も視野に入れるならば、二十二時以降が妥当か」



『……なら二十四時だ。その時間なら人目もないし、アイツ等も気が緩んでいるはずだ』



「分かった、それで良い。廃屋の特徴は? 近くに何がある?」



『何かの店の跡地、だと思う。平屋で、広さはそこそこだ。入り口は二つ。正面と裏口だ。正面の入り口は廃材で塞いである。裏口は問題ない。周りは廃工場に囲まれている。少し行くと民家があった』



「十分だ。後はこちらで特定する。配置完了時、また連絡する。その前に何かあったら、即座に知らせてくれ」



『ああ』



 やり取りを終え、ジルは時計を仰ぎ見た。今は十六時四十分過ぎ。ジルは深く息を吐くと、フレデリカの姿を探した。

 万全を期さなければ。この好機を逃す訳にはいかない。
















 二十三時五十六分、シェリーは汗ばんだ手の平を無意識に握り締めた。

 緊張しているのか。夕食もままならず、パンを一口齧っただけで止めてしまった。「アンタ、具合でも悪いの?」とリーチェに心配されたが、曖昧に濁すことしかできなかった。


 ジル・クランチェからは二十三時半頃に、配置に付いたと連絡があった。

 あとはシェリーの合図で彼等が突入して来る。

 自分では上手くやったと思う。今この場にはヴァイスを含めてメンバー全員が揃い、思い思いにくつろいでいた。

 シェリーは他の者達からは少し離れた位置で柱に寄り掛かり、ぐるりと視線を巡らせた。



 廃材が積まれ一等高くなった場所を椅子代わりに、読書するヴァイス。

 その近くでヴァイスに一人話し続けるミデンと、どこからか盗んで来た菓子を貪るルーク。

 誰が持って来たのか、スプリングが一部飛び出たソファーに悠々と腰掛け、爪を整えるリーチェ。

 ソファーの側の、質素な木の椅子に座り微睡むミハエル。



 ――そして何をする訳でもなく、その視線もどこに向いているのか分からない、ぼんやりと佇む



 彼の存在を、誰もおかしいとは感じないのか。

 この空間の中で、シェリーだけが異物だ。

 『サーカス』メンバーは、彼女にとっても確かに家族のようなものだったと言うのに。

 いつの間にか、心はこんなにも擦れ違っていたことに、気付いてすらいなかった。




 シェリーはパンツのポケットに忍ばせていた、手の平サイズの魔法水晶をそっと取り出した。彼女の動きを注視する者等、いやしない。彼等はシェリーを仲間だと、家族だと、信頼しているから。

 その証拠に、魔法警察省で拘束されていた三日間についても追及されることなく、ミハエルやリーチェに「心配した」と声を掛けられただけで済んだ。



 その時の彼等の表情を思い返すだけで、胸が痛んだ。



 魔法水晶に目を落とす。小さなこれに囁くだけで、彼等との縁は引き裂かれる。

 ヴァイスの捕縛が成功すれば、団員達はシェリーを憎むだろう。彼等にとって、シェリーは敵でしかなくなる。



 ――二十三時五十八分



 ちらりとを見る。ぴくりとも変化しない表情、最早思考も睡眠も、食事も、更には呼吸すら必要としない彼。



 ――二十三時五十九分



 ――やはり許せるものでは、ない



 口元に手を当て、欠伸を堪える仕草に見せ掛けながら、シェリーは魔法水晶に唇を寄せた。

 はくりと、酸素を求めて口が開閉し、シェリーは乾いた唇を舐める。



 ――二十四時




「――ジル・クランチェ、今だ」



 シェリーに応えたのはジルの声ではなく、二つの入り口から響いた破壊音と、メンバーを閉じ込めるためか、建物全体に張られた防御魔法だった。











 シェリー・フォードの合図が耳朶を打つ。

 ジルはまず裏口に待機する部下達に、突入の指示を出した。総員は百名。正面、裏口にきっかり三十人ずつ、残りは建物の側面に二十名ずつ配置している。

 数人の魔法士達で創り上げた、防御魔法の魔法陣が展開する。これは『サーカス』のメンバーが、建物の外に出ることを防ぐためだ。

 総指揮を取っているジルは、部下達と共に正面入り口にいた。彼等は裏口の人員が突入後、その三分後に突入することになっている。

 今は裏口の突入班からの連絡待ちだ。


 通信用の魔法水晶にちらりと視線を送ったのとほぼ同時、それが淡く光った。



『これより、『サーカス』メンバーとの戦闘を開始します』



 緊張を隠せない、フレデリカの硬い声が魔法水晶から届く。

 フレデリカには裏口の指揮を取ってもらいつつ、建物内部に入ったらおりを見てシェリーと合流するよう指示していた。



「了解した。気を付けろ」



 ジルも己の仕事をするまでだ。『サーカス』メンバーの誰一人として、逃しはしない。

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