第5話 君の冒険談を聞かせておくれ③


 後日。レイチェルと新聞部に於ける彼女の相棒で、アリス達同様エメラルド寮の一年生でもある男子生徒、コニー・ブラウンが発行したガーネット寮を特集した校内新聞はかなり好評だった。教師陣の間でも、評判はとても良かったようだ。


 これにはレイチェルも満面の笑みを浮かべ、「次はサファイア寮を記事にするわよ!そのためにはサファイア寮の生徒とか、先生の情報を集めなきゃ!!」と意気込んだ。

 しかしレイチェルは突然糸が切れたように押し黙ると、気不味そうに口をもごもごとさせる。

 滅多に見ない彼女の様子に、アリスとミリセントは心配になって声を掛けた。



「どうしたの、レイちゃん? もしかしてどこか具合でも悪い?」



「大丈夫? 保健室行く?」



 二人の問いを首を横に振ることで否定すると、レイチェルは意を決した力強い瞳でアリスを見詰めた。



「あのね、アリス。お願いがあるんだけど……」



「うん。私にできることなら、何でも言ってね」



「……あのね」



「うん」




「アンタ、時々シェリーと会ってるでしょ……? 今度それについて行っても良い?」




 いつか皆で一緒に話せたらとは思っていたが、まさかレイチェルの方から言い出すとは思ってもいなかった。

 驚きで目を丸くさせるアリスに、レイチェルは弁解するように早口で捲し立てる。



「順番もまだ決まってないから何時になるか分からないけど、いずれアメジスト寮も記事を書くから。だから話を聞きたくて、それで。聞くなら同級生の方が、こっちもやり易いし」



「……分かった。今度会いに行く時、シェリーちゃんに伝えておくね。楽しみにしてくれると思うよ!」



「それ、私も行っちゃ駄目かなぁ……?」



 気弱な声がミリセントから発せられる。

 罰則の切欠ともなった演習場でのやり取りの際に、ミリセントがシェリーに対して恐怖心を抱いていたのは知っている。

 だからこそ「ミリィちゃんも一緒に行かない?」とは言い出せなかったのだが、一体どうしたというのだろう。



「……私ね、シェリー、ちゃんが怖い。……でも本当は、本当に怖いのは、シェリーちゃんでも『サーカス』でもないの」


「今はまだ、私が弱いから、これしか言えない。でも怖がってばかりじゃ駄目なんだなって、カーミラちゃんを見て思ったの。私も変わらなきゃ、いつまでも向き合えない。……いつか、必ず。二人には本当のことを話すから、待っててくれる?」



 ミリセントの瞳が、真っ直ぐにアリスとレイチェルを射抜く。それを受け、アリスは静かに頷いた。

 二人がシェリーや『サーカス』に対して抱いている感情は、アリスが思っている以上に複雑に絡まり、根深いのだろう。それを甘く考えていた能天気な己に、アリスは嫌気が差した。


 だが今は反省は後だ。二人の友人として無理はして欲しくないが、変わりたいと思っている彼女達の背を押すことも、友人としてのアリスの役目だろう。



「皆で話せるんだもん、私はむしろ大歓迎だよ!」



「そうよミリィ。アンタ、アタシを一人にするつもり? アリスなんて絶対シェリーにばっかり構うんだから、アンタがいてくれないと困るわ」



「……うん。ありがとねぇ、二人共」



 中間テストも近付き梅雨もまだまだ明ける気配のない曇り空の多い毎日だが、近く四人で話せる未来を夢見て、アリスの心はただただ晴れやかだった。











「……でね、そのゴーストの正体はカーミラちゃんっていう、吸血鬼と人間のハーフの女の子だったの。すっごい美人でスタイルも良くてね、長い黒い髪が綺麗で素敵なんだ!」



「珍しい、吸血鬼のハーフか。しかし、ゴーストに間違えられたのは災難だな」



 水曜日の放課後、アリスは先週の深夜の冒険をシェリーに聞かせていた。

 二人の手にはアリスが持ってきたMr.アダムスの菓子(本日はジェリービーンズ)と、シェリーがボトルに入れて持って来た紅茶があった。



 まさか自分がお茶請けにジェリービーンズを食べる日が来るとは、思ってもみなかった。いつか機会があったら、意外と紅茶にジェリービーンズは合っていたということをロゼオに伝えなければならないなと、頭の片隅で思う。

 シェリーは飲み物とお茶請けの組み合わせに特に拘りがないのか、迷いなくジェリービーンズを口に運んでは紅茶を飲んでいた。



 ジェリービーンズも初めて見るというシェリーは、当初色とりどりのそれらを見て「これは本当に食べられるのか? 実は宝石とかじゃないのか?」と、アリスとジェリービーンズを疑い深く何度も見比べていた。

 しかしいざ口に含むと最初の内は独特の食感に驚いていた様子だったが、直ぐに二個、三個と摘まんでいた。

 そんなほんの十五分程前のやり取りを思い出して、アリスは苦笑する。



 シェリーとこうして会うのも、そろそろ両の手で数え切れない程になっていた。

 その内の半分位は菓子を持参していたが、どれもシェリーが食べたことのない物ばかりだったようで、初めて食べる菓子に対する彼女の反応を見るのも、いつの間にかアリスの楽しみの一つになっていた。

 アリスもシェリーに倣いジェリービーンズを一つ摘まみ、紅茶を流し込む。




 ――いつ言おうかと悩んでいたが、ようやく決心がついた。




「……あのね、シェリーちゃん。聞いて欲しいことがあるんだ」



 アリスのいつになく真面目な表情に、シェリーが今正に何個目かのジェリービーンズを摘まもうとする手を止めた。

 話の続きを促すように、シェリーはアリスをじっと見詰める。それを受け「嫌だったら断ってくれても良いからね」と一言前置きし、アリスは続けた。




「あのね ――今度、レイちゃんとミリィちゃんを連れて来ても良いかな?」




 言い終えてから、アリスは何度か深呼吸して緊張を和らげた。

 しかし想像していたよりもシェリーに動揺は見られず、少し拍子抜けする。

 アリスの気の抜けた表情に、苦笑したシェリーが口を開いた。



「いつか、そう言われるだろうなとは思ってた。お前は優しい奴だから。……オレはその二人が良いと言ってるなら、別に構わない」



「本当に良いの……?」



「お前が友達を呼びたがっているのは、早い段階で気付いていた。でもオレとその二人に、気を遣っていたんだろう?」



「………」



「オレ達にも仲良くなって欲しいと、お前がそう思っているのは分かっている。なら、オレはそれを叶えたいと思う」



 アリスへの信頼に満ちたその言葉に、当の本人はひたすらに困惑した。

 何故シェリーがここまで自分に対し、心を砕いてくれるのかが分からなかった。その信頼に応えられるようなことをアリスは何もできていないし、むしろ助けてもらってばかりだ。

 何なら、かなり無理を言ってシェリーを振り回している自覚もある。だからこそ、尚更理解不能だった。

 幾ら考えても答えが出ず途方に暮れていると、シェリーが「そんな情けない顔するな」と困ったように言った。



「――ここまで深くオレに関わってきた奴は、お前が初めてだよ。お前は余り分かってないみたいだが、『サーカス』を抜けた所で、結局オレが異分子であることには違いない。テラスト魔法学校でも、このアメジスト寮でもな。……でもな、アリス。お前はそんなオレに話し掛け、笑い掛けてくれた。それだけではなく、こうして何度も会いに来てくれる」



「――それに、オレは本当に救われたんだ」



「だからお前が困った時は手を貸してやりたいと思うし、何かあった時は助けたい。……オレがお前に、そうしてもらったように」



 まさかシェリーが、アリスをそんな風に思っているとは思いもしなかった。

 アリスに、そのような意図は全くなかった。アリスはしたいように、自分がやりたいように動いただけだ。



「……アリス、お前が重荷に感じることはない。オレも自分がやりたいようにやる。だから頷いて、認めてくれる、ただそれだけで良いんだ」



「……うん、分かった」



 何を言った所で、シェリーの意思は変わらないだろう。

 アリスにもそれが伝わり、頷いた。

 ――だが、これだけは言わなければならない。




「――シェリーちゃんも、私が貴女にすることに対して重荷だと思わないで。私も、自分がやりたいことをやってるの。だってシェリーちゃんは、大事な友達だから」




「友達、」




 呆けたように呟くシェリーは何度か『友達』という言葉を繰り返すと、「あはは!」と無邪気に笑った。




「ははっ、そうだ、そうだな。そうか。友達、友達か」



「ありがとう、アリス。――オレの『友達』」




 シェリーの目尻に光るものがあったが、アリスは見て見ぬ振りをした。




 近い内に必ず、レイチェルとミリセントを連れて来よう。その時はちょっと奮発した菓子を四人で食べながら、他愛もない話をするのだ。

 アリスが校内で五十回目の迷子になった話、レイチェルの書いた校内新聞の話や、ミリセントのガーデニング部の話、初めて食べる菓子に目を輝かせる、シェリーの新たな一面の話を。




 ――そしてカーミラやミリセントが覚悟を決めたように、アリスもいつか、そうしなければならない。




 アリスには、約六年間分の記憶しかないこと。

 それ故に『サーカス』への認識が、他の者達より甘いということ。

 それら全てを、いつか必ずシェリーに話さなければならない。




 ――その覚悟を、






 第5話 君の冒険談を聞かせておくれ 完

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