第40話 目が覚めて

第40話 目が覚めて①

 ――目を開ける。


 は一人、暗闇の中に身体を横たえていた。


 ……『サーカス』は、『光の御子教』はどうなったのだろう。


 何より、ここは一体どこなんだろう。

 楽しくて、幸せで。それでいてとても悲しい、長い長い夢を見ていたような気がする。



「――あ、やっと起きた!」



 突如、視界いっぱいに女の子の顔が現れた。

 少女は目立つ夕陽色の髪をしていて、年の頃は十歳位だろうか。顔付きからはこの年頃の少女特有のおしゃまな、背伸びした雰囲気があった。

 それにしてもどこか見覚えのある――否、見覚えがあるどころの話ではない。



「貴女、もしかして私……?」



「そう! 『あたし』は『アリス』!」



『アリス』は快活に笑うと、闇の中でくるりと回った。ワンピースの裾が優雅に翻り、水色の軌跡を残す。


 顔の造作は同じなのに、浮かべる表情一つ違うだけでこんなにも別人に見えるものなのか。

 子供らしく無邪気な『アリス』に戸惑いは増すばかりで、私は沸き上がる疑問を次々に投げ掛けた。



「ここはどこ? 貴女は本当に私なの? 私は――」



「もうっ、そう急かさないの!」



 『アリス』は頬を膨らませ「何か、夢を見た?」と、質問に質問を重ねた。

 それは卑怯なのではとも思ったが、いちいち咎めていては話が進まないので不承不承首肯する。



「あれは夢? それとも、実際にあったこと?」



「現実だよ。あれはあたしアリスの物語」



「じゃああの『リヒト』って人は、私……のお父さん?」



「ううん。あの人はお父さんだけど、お父さんじゃない。中身が違うの」



「……貴女はどうして、今、この時に――私の前に現れたの?」



『アリス』は一度口を閉ざし、「見て」と闇の先を指差す。

 彼女が指し示すその先に、微かな光が洩れていた。



「お母さんの掛けた魔法が解けて、貴女の記憶に綻びが生まれたの。そしてあたしの物語を見たことで、それはどんどん広がっていく」



 話している側から闇はぼろぼろと剥がれ落ちて行き、射し込む光の量が増えて行く。



「『あたし』と貴女『私』の境界線が交ざり合い、やがて曖昧になって――最後は一つになるの。まるで、紅茶にミルクを入れるみたいに」



「それは……」



「そう。記憶が戻るの」



「……『私』と『あたし貴 女』の記憶が一つになったら、どちらかは消えちゃうの?」



『アリス』はきょとんと目を丸くすると、けらけらと明るい笑い声を上げた。




「消えないよ。あたし達が『アリス』であることは変わらないし、変えられないもん。それに、恐がる必要なんて何もないの。だって『あたし』は『アリス』に、『私』は『アリスあたし』に戻るだけなんだから!」




「……ふふ。何だか、なぞなぞみたい」




 何てことない様子で歯を見せて笑う『アリス』に、肩の力がほうと抜けた。


 そうして差し出された『アリス』の右手を握る。『アリス』の記憶が、その手を伝って『私』に入り込んで来る。



 嬉しい記憶。

 楽しい記憶。

 辛い記憶。

 悲しい記憶。それら全てが。




「……ねえ、貴女はだあれ?」




「――『私』は『アリス』」




 私とアリスあたしは、ようやく一つになった。


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