第24話 時 流れた

第24話 時 流れた①


「……以上が、私の結論だ。何か異論はあるか、シェリー・クランチェ」



 魔法省の一室。シェリーは執務机に肘を突き、指を組むアーリオと相見えていた。


 元首アーリオ・プティヒの執務室に通されたシェリーは、彼の言葉を宣託の如く神妙に聞いていた。『熾天使』の二つ名を持つアーリオには、あながちその表現も間違ってはいまい。

 共に呼ばれたジルはアーリオの決定が信じられないのか、呆然とその場に立ち尽くしている。

 シェリーはジルに代わり、深く頭を下げた。



「……いえ――寛大な処置、深く感謝致します。元首アーリオ・プティヒ殿」






















『テラスト魔法学校高等部卒業証書授与式』と長々と書かれた立て板の側で、アリスは多くの生徒達がそれぞれ別れを惜しむ様をぼんやりと見ていた。


 レイチェルもミリセントも、珍しくアリスの傍にはいない。二人は部活の先輩に挨拶をしてくるとのことで、しばし別行動をしていた。

 アリスがここにいるのも在校生としての強制イベントであり、卒業生のための見送り要員としてだった。


 今はそれも終わり、後は友人二人を待つだけなのだが……先に寮に戻ってしまおうか。

 手持ち無沙汰なのもそうだが、特に親しい知り合いもいない中、ただ突っ立っているのはどうにも居心地が悪い。



(レイちゃんとミリィちゃんには悪いけど、先に戻っちゃおうかな……)



 校内に入ろうと踵を返すと、「アリス」と呼び止められた。



「よっ、卒業式参加お疲れ~」



 アメジスト寮のクリス・ベリルが、卒業証書の入った黒い筒をブンブン振って朗らかに笑った。



「別に、在校生って出席しなくて良いと思うんだけどな~。そう思わないか?」



 卒業式についての持論を展開するクリスに苦笑しつつ、アリスは「卒業おめでとうございます」と月並みの祝辞を送った。



「ありがとな。……シェリーも、この日位出席できると良かったんだけど。まあ、こればっかりは仕方ないか!」



 クリスは証書筒で肩を叩きながら、ブレザーのポケットから半ばはみ出していた封筒をアリスに差し出した。



「これ、お前に。さっきジスト先生から預かったんだ。正確には、ジスト先生がジル・クランチェ魔法警察省大臣から預かったんだけどな。シェリーからだって」



 アリスは受け取った封筒を、慌てて開封した。

 四つ折りの便箋をもどかしく開くと、流麗な文字が現れる。いつかの手紙の時同様、二行程季節の挨拶といった堅苦しい文章が続いている。

 相変わらずだなと笑うアリスに「お前の手紙にも取引先みたいな挨拶が書かれてたのか? あれ、慣れてくると段々面白くなってくるよな」と、クリスが言う。

 アリスは同意すると、シェリーからの手紙に視線を落とした。


 手紙は、シェリーの今後について書かれている訳ではなかった。

 体調も変わりなく、元気で過ごしていること等がさらっと書かれ、以降はアリスやレイチェル、ミリセントのことを気遣う言葉が書き連ねられている。

 そして締めには『必ず帰る、約束する』と一言添えてあり、手紙はそこで終わっていた。

 戸惑ってクリスに視線を向けると、彼女も困ったように眉を下げた。



「シェリーのこれからについては、アタシの手紙にも書いてないんだよ。全く、薄情な奴だよな」



 台詞の割に、クリスの口調はどこか嬉しそうだ。

 彼女はアリスに視軸を向けると、目元を緩めた。



「アタシは卒業だけどさ、もしもシェリーがテラストに帰って来たら、また仲良くしてやってくれるか?」



「勿論です」



 拒否する謂われなど、毛頭なかった。

 手探りだろうと何だろうと、もう二度と後悔はしたくない。

 アリスが力強く頷くと、クリスは安堵の息を洩らす。



「そっか、安心したよ」



「……あの、クリス先輩。先輩の就職先はどちらですか?」



「アタシの就職先? 何で?」



「シェリーちゃんが帰って来た時に、クリス先輩のことを伝えてあげたいので……」



 それを聞いて、クリスは何故か悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 そして少しだけ屈み、アリスと目線を合わせる。




「次に会う時までの秘密だな。大丈夫、必ず会えるよ。――特にアリス。お前には」




 クリスはそう言い残すと、あっさりと歩き去って行く。

 アリスは呆然とその背中を見送ることしかできず、別れの挨拶すら伝えられなかった。


 クリスの意味深な台詞に頭を悩ませるも、一向にしっくりくる答えは出ない。アリスは早々に考えるのを止め、校内へと戻った。


 卒業式以降は放課になり、春休みに入る。

 これから孤児院に戻るつもりでいたアリスは頭の中で算段を付けながら、軽やかな足取りで寮の道を辿った。






 寮に戻る途中、方向転換して図書室へ足を向ける。

 明日からは春休みであるため、本の貸出し冊数が増えることに思い至ったのだ。アリスには、ずっと読みたいと思っている本がある。



 図書室には司書見習いのウィスタリア・フューリ以外、人の姿はなかった。彼は貸出しカウンターを陣取り、鈍器と言われても納得するような厚さの本に集中していた。

 髪の一筋も微動だにしないウィスタリアは、精巧な人形にも見える。

 生徒の大半が卒業生の見送りに出払っているために、校内は普段の喧騒さとはかけ離れていて、それ故この風景は完成されきっていた。

 完成されたこの世界を壊してしまうことに躊躇していたアリスだが、ウィスタリアが彼女の存在に気付く方が早かった。



「――おや。これは珍しいお客様だ。やあ、アリスさん。どうかしたかな?」



 ウィスタリアが本を閉じてアリスと話す体勢になってしまったので、申し訳なさを感じつつも彼のいるカウンターに近付いた。



「こんにちは、ウィスタリアさん。……あの、本を探しているんです」



「そう。タイトルは分かる? 僕に掛かれば一発だよ」



 ウィスタリア・フューリは、天才的な記憶力を持つ。


 彼はこの図書室にある全ての本の内容を一言一句違えず記憶し、諳じることができる。本が置いてある場所まで、寸分違わず覚えているのだというのだから驚きだ。

 勿論、そこには一切魔法の干渉はない。これは彼の才能で、天からのギフトだ。


 アリスは本のタイトルを言い掛けて、逡巡する。

 未だ、本当に読むべきなのか悩んでいる。もしかしたらこれも、嘘なのかもしれない。


 ―――それでも、彼に会う手立てがない。


 ならば彼と話した内容から、その心情について何かヒントを得るしかない。

 アリスは意を決して口を開いた。



「……『ヒーロー少年V』シリーズって言うんですけど、ありますか?」

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