第18話 そうでないなら、正直者らしく⑦

 死、死体、グロテスクな描写、また子供への虐待を想起させる描写がございます。

 これらの表現が苦手な方はご注意下さい。











 ゲイン・フリージアは、魔法警察省の資料室にいた。

 シャンの会議について行きたかったのは山々なのだが、以前から進めていたアリス・ウィンティーラを中心とする関係者の洗い出しで、少々気になる人物達がいたのだ。


 ゲイン以外の者ならば、恐らく見落としてしまうレベルのほんの些細な違和感。

 彼等の戸籍も経歴も、書類を見る限りではしっかりしている。

 ただし西大陸の者ではないため更に詳しく調べたいのならば、彼等の出身地にある公的機関までおもむく必要があるだろう。


 しかし、ゲインが気になったのはそこではない。彼等が生まれ育った、その村名が問題だった。


龍ヶ伏村りゅうがふしむら』――何時だかに、父の口から聞いた覚えがあった。


 魔法省に勤める重鎮が酒に酔った勢いで面白おかしく吹聴していた、一夜にして廃村となった村の話。

 父は気紛れに参加した酒宴の席でのそれを、興味深かったからとゲインに話してくれた。


 龍ヶ伏村は東大陸が華京国かけいこくの北部にある、人口百人程度の小さな村だ。

 村には高齢者が多く、子供の数は二十人に満たなかった。村人達は農業を中心に生計を立て、穏やかに慎ましく暮らしていた。


 そんな彼等が事件に合ったのは、三年前の冬のことだ。雪深く、寒さが厳しい年だった。

 事件は龍ヶ伏村に住む親戚を訪ねて来た年配の女性が、村の入り口で腕と思われる遺体の一部を発見したことが切っ掛けだった。

 凄惨な現場に泡を食った女性は、火事場の馬鹿力と言っても過言ではない脚力を以てして、一山程離れた隣町の警察機関に駆け込んだ。



 そして彼女の訴えを受けた警察が動き出し、捜査のため村に踏み入った。

 そこで警察官達が目にしたのは、顔や性別が判別できない程に惨たらしい姿を晒す村人達だった。

 遺体周辺の雪は真っ赤に染め上げられ、赤い花が狂い咲く様にも似ていた。


 村人は皆、一部の魔法生物が持つ鋭い爪のようなもので引き裂かれていた。

 死因の直接的な原因となった傷は矢張この爪痕で、当初は当然魔法生物のものと考えられた。


 そして司法解剖の結果、この魔法生物は村人達を食糧とするために襲ったのではないということが判明した。遺体にそのような痕跡が見当たらなかったのだ。

 更にはわざと急所を外し甚振ったような形跡があることから、人並みに知性がある魔法生物という説が有力となった。

 だが当時、この説を耳にした学者達は言ったらしい。


 『確かに……このような形の爪を持った魔法生物は存在する。だが、彼等にここまで人体を破壊することは出来まい。生物としての体の大きさが異なる。爪痕の大きさから見て、この魔法生物は人間程はあるんじゃないか?』と。


 事件の余りの不可解さに東大陸の警察だけでは解明できず、西大陸の警察までもが捜査に当たったが、結局解決には至らなかった。

 故に、未だ犯人の正体は不明のままである。



 そんなことを、父がまるで怪談話のように話してくれた。

 その時は食事の真っ最中で、ゲインは切り分けたハンバーグを丁度口にしようとしていたのだが。

 つい芋蔓式に、思い出さなくて良いことまで思い出してしまった。

 ゲインは口をへの字に曲げ、苦い顔をする。






 話を戻すと件の人物達の出身地が、その龍ヶ伏村となっていた。

 生き残りがいたと聞いた記憶はないのだが、ソースは所詮酔っ払いの戯れ言だ。


 しかしどんな小さな疑念だろうと払拭しておかねば、シャンの秘書失格である。

 わざわざシャンと別行動をしてまでここに来たのは、ゲイン生来の真面目さと、彼女の右腕としてのプライド故だ。

 小さく溜め息を吐いたゲインの目の前に、チープな青色のファイルが差し出された。



「これで、事件の資料は全てです」



「……思ったより少ないですね」



「合同捜査とはいえ、主要の捜査は東大陸の警察あちらがやっていましたから」



 資料を持って来たのは、フレデリカ・ロッソという女性である。魔法警察省大臣ジル・クランチェの部下だそうだ。

 そんな人物をわざわざゲインに宛がうとは思ってもいなかったので、顔には出さなかったが実の所かなり驚いた。

 聞けばシャンの代わりにゲインが学校関係者を調査していることは、ジル・クランチェも認知しているそうだ。ならばこの厚待遇も頷ける。


 それ程厚みのない三冊のファイルを受け取ったゲインは、資料室の長机の一角を陣取った。

 中身をパラパラとめくり、取り敢えず事件の概要から攻めていくかと調書を読み始める。

 秘書たるもの、書類を読むのはお手の物だ。

 一冊目のファイルに一通り目を通し、二冊目のファイルを広げる。



「『この村は村人全員の死亡が確認され、事実上廃村になった』……三年前に。当然だ」



 ゲインは問題となっている人物二人の書類を、鞄から取り出した。

 生徒手帳を作る際に用いた証明写真の彼等が、無表情にこちらを見詰めている。



(……矢張。彼等がテラスト魔法学校に編入したのは、高等部からだ。空白の期間がある。この間子供だけで、一体どこで何をしていたんだ?)



 一冊目のファイルに戻る。冷えた指先がページを捲る。

 村の全人口約百人の内、調書によると十八才以下の子供の数は十二人だ。

 彼等は全員死亡が確認され、遺体は全て見付かっている。




 ――遺体は全て見付かっている。




 調書には被害に合った子供達の名前と、見付かった遺体の部位、個人を特定する決め手となった身体的特徴などが事細かく記されていた。


 ゲインの頭の中で、嫌な想像ばかりが膨らんでいく。


 しかし馬鹿な妄想だと切って捨てるには、さすがに状況が出来過ぎていた。

 再び二冊目のファイルに目を落とし、とある文面に釘付けになる。



『事件の数日前より、身元不明の男の姿が村の周辺で目撃されていた』


『男を目撃した隣村の男性によると、身長百七十センチ代、鳶色の髪の若い男で、黒の上下を着ていた』



 そして上記とは異なる筆跡で書かれた次の文章に、ゲインは呼吸を忘れた。



『サーカス残党が潜伏している可能性も視野に、捜査を進める方針』



 フレデリカの姿を求めて周りを見回すと、彼女は資料室の入り口付近に佇んでいた。ゲインが気を散らさないようにという配慮だろうか。

 ゲインはフレデリカに小走りで駆け寄ると、ファイルを見せながら尋ねる。



「フレデリカさん、これ結局『サーカス』が関わっているか分かったんですか?」



「いえ。現地の警察が『そんな調査は必要ない』の一点張りだったそうです。西大陸以外で『サーカス』の目立った動きは確認されていません。だからこそこちらも強要できなかったと、当時の担当者から聞いています」



 その時資料の隙間から、はらりと一枚の写真が落ちた。

 糊付けが甘かったのか、年季と共に糊が劣化して剥がれ落ちてしまったのか。ゲインは膝を折って落ちた写真を取り上げた。


 御堂おどうのような建物の写真だ。

 ゲインは写真を片手に資料を捲り、それが貼ってあっただろう該当の頁を見付け出す。


 どうやら、その御堂は龍ヶ伏村で信仰している龍神を祀っているようだ。

 調書には更に『御堂の地下には過剰なまでの魔法水晶に囲まれた座敷牢があり、つい最近にも使用されていた痕跡があった』と書かれていた。

 少し色褪せた座敷牢の写真も載せられていて、そこはおおよそ人が生活するには適していない、劣悪な環境だった。



「当時、ここには誰もいなかったんですか?」



「ええ。しかし、牢の鍵は壊されていたと聞いています。その、村人達を襲ったものと同じ傷があったそうで」



「……こんな所にまで魔法生物が入ったと? しかもこれ、仕掛け扉ですよね?」



 ゲインは話しながら、御堂内部の写真を指先でつつく。

 見た所、外側からしか開かないタイプのものだろう。これを正規のやり方で開け、座敷牢に辿り着いたというなら。


 ――それは最早、知性ある人でしか有り得ない。


 当時捜査していた警察は入り口から入り、座敷牢を見付けただけのようだ。

 調書のサインを見ると、矢張東大陸のものだった。この辺りの調査は西大陸の警察が携わっていない部分らしく、向こうから送り付けられた調書を事務的にファイリングしただけなのだろう。


 これだから縄張り争いなんてどうでも良いことに精を出し、物事の本分を理解し得ない人種は嫌いなのだ。本当に反吐が出る。



 座敷牢の中にあったのは子供の服や本、玩具ばかりだったという。

 子供の仕置き部屋だったのか、若しくは表に出せないような理由のある子供だったのか。

 だからと言って手枷、足枷はやり過ぎだと思うが。


 それにしても、天井から吊り下げられた手枷が一つに、重しのついた足枷が一つ。

 玩具や本の表紙等を見るに、それ程大きい子供ではないはずだが。

 この高さから吊り下げられた手枷を嵌めてしまえば、小さい子供等地面から爪先が浮いてしまうだろう。足枷を嵌める意味があるのだろうか。



(――いや)



 よく考えると玩具に統一性がない。

 女児が好みそうなものもあれば、男児の好みそうなものもある。女の子らしく、男の子らしくという考えが古いのは解っているが、ゲインは強い違和感を覚えた。


 天井から吊り下げられた、足の爪先が届かないであろう手枷。重りのある足枷。

 囚われていた子供のものだろう、性別の読めない玩具の数々――そこでゲインは、ある考えが浮かぶ。



「――男女の子供が、この中に囚われていたのでは?」



 言葉にした途端、全てのピースがぴったりと嵌まった。



 事件前に目撃されたという不審者に『サーカス』残党の疑いがあること。


 その人物が現れてから、時を置かずに廃村となった龍ヶ伏村。


 遺体が発見され、全員の死亡が確認された村の子供達。


 調書に名前がない、龍ヶ伏村出身の二人の生徒。


 保護者や来賓といった、不特定多数の出入りがある小文化祭。


 そして先方の伝達ミスとして、シャンに突然入った会議。




 ――彼女は今、学校を離れている。




 ゲインの脳内に浮かび上がったのは、長い時間を掛けて描かれたであろう一枚の絵だ。二年近くも掛けて、彼等はこの絵を完成させた。

 杞憂ならそれで良い。もしもゲインの立てた考察が間違っているのなら、それはそれで結構だ。自身が馬鹿にされる屈辱だけで済む。



 だがしかし、ゲインには予感があった。

 恐らくこれは正しい図なのだろうという、予感が。



「……フレデリカさん、早急にシャン・スタリアに連絡を。――これは罠です」






 第18話 そうでないなら、正直者らしく 完

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