第37話 ウサギのお使い③
一部、自然災害を連想させる表記があります。
お読み頂く際には、十分に御注意下さい。
話し合いが終わると大人は積もる話しがあるからとでもいうように、学生であるアリス、シェリー、クロムは校長室から追い立てられた。
授業中故に静まり返った廊下で、アリス達三人は顔を突き合わせる。
授業時間は既に半分以上が過ぎているが、今から参加することも勿論可能だ。
しかし授業中の教室に入るのは勇気がいる。それに、何より面倒臭い。なのでクロムとの再会を喜ぶと同時に時間を稼ごうと、アリスは小狡い算段をしていた。
「久し振りだね、クロム君。背、ちょっと伸びた?」
「三センチな。百八十センチまであとちょっとだ」
「鍛えたのか? 少し筋肉も付いたような……」
クロムが細身なのには変わりないが、シェリーの言う通り、以前より身体に厚みがあるような気がする。
「今度は負けない。次は魔力制御の魔法具を全部外して良いぞ、シェリー」
「それはどうだろうな。また返り討ちだ」
少年同士のようなシェリーとクロムのやり取りに、アリスは乾いた笑みを溢した。
「そういえば、クロム君はどうやってこの捜査に参加させてもらったの?」
「ヨル=ウェルマルクもゆくゆくはそうなると思うが……国を上げて、今回の捜査には優秀な魔法士達を注ぎ込んでるんだよ、
――とは言っても、クロムの元々の国籍はヨル=ウェルマルク新興国である。それがノースコートリア側からの参加ということは……以前の御前試合の時同様、かなりの無茶を言ったのではないだろうか。
クロムならば有り得そうなことで、アリスは思わずノースコートリアのお偉いさん達に合掌した。
「……ノースコートリア王国は上へ下への大騒ぎだ。『サーカス』によって王宮が襲われ、王位に就いた現国王が殺された。現在は命からがら逃れて無事だった王女が、国の指揮を取ってる。あの王女は王位を巡って親兄弟で血を血で洗う争いをすることを、ずっと疑問視していた。王権廃止を長らく訴えている方だから、恐らく彼女が最後の王となるだろうな。いずれ、ノースコートリア『王国』という国はなくなるだろう」
そこまで詳細な話は初耳だった。
ノースコートリア王国側で情報規制をしているのか。或いは『サーカス』に関する話しなので、シェリーを気遣ってレイチェルが口を閉ざしていたか。
「クロム君達の学校は大丈夫だったの……?」
「襲われたのは首都ティオロ・ネージュだ。シルヴェニティア魔法学院は、ノースコートリアでも田舎の方にあるから被害はない」
「――首都の被害は」
硬い声音で、シェリーが問い質した。
彼女にちらりと一瞥をくれたクロムは、淡々と述べる。
「水属性の魔法士による攻撃で、首都は一度水に浸かった。今は水も引いたみたいだが……街は壊滅状態だ。酷いモンだよ。死者も多い。それでなくとも今の時期のノースコートリアは寒さが厳しい。そしてこれからの季節、寒冷さも増す。運良く生き残った人間も住む家を失った訳だから、更に死者が増えるだろうな。彼等を受け入れられる場所もなく、水害によって移動手段も絶たれている。八方塞がりだ」
「水属性……?」
シェリーが眉を顰めた。考え込む様子の彼女にアリスは「どうかした?」と尋ねる。
慌てた様子で「いや、何でもない」と言い繕うシェリーだが、彼女が何かを隠しているのは丸解りだ。クロムも「言え、シェリー」と高圧的に促す。
二人分の視線の圧に耐え兼ねたか、シェリーは目を泳がせると、躊躇いがちに口を開く。
「……オレが知ってる『サーカス』メンバーで、主属性に水属性を持つ奴はいない。魔法相関図に於いても、使える者は限られる。奴等の中で水属性を使用できる可能性があるのは、ヴァイスとリーチェだけだ。でもオレは、この二人が主属性以外の魔法を用いた所を一度も見たことがない」
「回りくどいぞ。何が言いたい」
クロムの苦言に、シェリーはアリスにそっと目配せした。
シェリーが知っている『サーカス』メンバーの中に、水属性を主として持つ者はいない。
それが指し示すのは、彼女が『サーカス』を抜けた後にメンバーになった者ということだ。
――ならば、該当するのは一人しかいない。
「
すまなそうに、シェリーが小さく頷いた。
アリスが大きく表情を変えたのに、クロムが訝しげな顔をする。
「知り合いか?」
「ああ」
アリスを慮ってか詳細は口にしないシェリーにクロムが首を捻るも、彼は一言一句はっきりと二人に、特にアリスに言い聞かせるように告げる。
「――迷うな。相手は『サーカス』だ。そいつがやったことは、許されることじゃない。多くの無関係な市民の命が奪われている、これが現実だ」
クロムの正論に、アリスは静かに首を縦に振った。
いつまでも視線を上げられないアリスに、シェリーが問う。
「アリス。お前、あの本……『ヒーロー少年V』シリーズだったか。まだ読んでいるのか?」
「……うん。後少しで最新刊に追い付くよ」
「答えは出たか?」
「……解らない。でも「もしかして」って、そう思う部分はあるよ」
すると二人の会話に黙って耳を傾けていたクロムが、「なら」と突然強い口調で言い放った。
「戦え、アリス・ウィンティーラ。時に戦い、ぶつかっていかなければ、己の目には見えないものもある。それすらせずに最初から目を背けていては、何も見えてなんて来ないぞ」
クロムの深い緑の瞳が真っ直ぐにアリスを射抜く。
彼の正鵠を射た言葉に、心が揺さ振られた。相変わらず、愚直なまでの真っ直ぐさだ。
「……アリスをお前と一緒にするなよ」
「何を。間違ってはいないだろう」
呆れた口調で返すシェリーに、クロムが噛み付く。
賑やかな彼等のやり取りに、アリスはつい笑い声を洩らした。シェリーとクロム、二人が揃ってアリスの方を向く。
「ありがとう、クロム君。私も、戦うから」
自分と。
自分の弱さと。
『サーカス』と。麗と。そして――彼の真実と。
「ああ。これは両国の、俺達の共同戦線だ――期待してるぞ、アリス」
そして授業終了の鐘が、校舎に響き渡った。
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