第35話 タルトをぬすんだのはだれ?③

 幾ら外部からの来場が制限されているとは言っても、初等部や中等部の生徒達の出入りは変わらずある。

 しかし、アリス達の出し物である童話喫茶は想像以上の人の入りとなった。


 その原因となったのが――シェリーである。


 元首アーリオ・プティヒを招いての御前試合決勝戦、エメラルド寮対ガーネット寮戦。

 その試合中、対戦相手であるカーミラがアリスとエミルの属性魔法により、その身を太陽の下に晒してしまった。


 吸血鬼とのハーフであるカーミラにとって、太陽の光は毒にも等しい。

 機転を利かせたシェリーが己のブレザーをカーミラに被せることで事なきを得たが……その時の写真が、新聞部の発行している校内新聞に大きく取り上げられた。


 ちなみに掲載されたこの写真だが、写っている本人達からはきちんと許可を得ている。……渋るシェリーを、アリス達三人で何とか言いくるめたという経緯はあるのだが。

 実際の写真は見せずに「試合中の写真」とだけ説明して掲載許可を得るという騙し討ちのような手に、校内に貼り出された新聞記事を目にしたシェリーは「騙したな……」と、絶望感に満ちた呟きを洩らしていた。

 悪いとは思ったがあからさまな落胆顔に、アリスとレイチェル、ミリセントは笑いを堪えるのに必死だった。


 写真の効果もあってか、シェリーは一躍注目の的となった。しかも陰では『麗しの騎士様』などといった渾名が付けられているらしい。

 この手の平返しにはさすがのアリスも閉口したが、シェリーはこれを切っ掛けとして他の生徒からも話し掛けられることが増えたようで、当の本人は少し嬉しそうにしていた。

 アリスは何となく悔しいような気持ちもあったが、シェリーが喜んでいるならばと目を瞑っている。


 しかし「また二つ名が増えたな……」とのシェリーのぼやきにはどう反応して良いか解らず、彼女が好きな苺ソース入りのチョコトリュフをアリスは無言で献上した。




 そんな良くも悪くも大反響な童話喫茶に、新たな客が入店した。

 振り返ったアリスは、接客における定型文を口にする。



「いらっしゃいませ、何名――」



 「様ですか」と続くはずのそれは尻窄みになる。


 教室の入り口には進級して高等部の制服を身に纏ったアメジスト寮のアノス・キルストと、同じくアメジスト寮で初等部二年生のユリーシャ・レインが落ち着かない様子で立っていた。


 客の飲み物を危なっかしい手付きで卓に置いたシェリーが、後輩達の姿を認めて目を丸くした。

 彼女の頭の上で、作り物の兎耳がピョコンと揺れる。



「お前等……」



「いらっしゃいませ。アノス君、ユリーシャちゃん、こっちの席にどうぞ!」



 驚愕の表情で言葉も出ないシェリーに代わり、アリスはアノスとユリーシャを空いている席へ案内する。

 アリスに従って腰を下ろす二人に「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」と声を掛け、未だ立ち尽くすシェリーの肩を軽く揺すった。



「シェリーちゃん。二人の注文が決まったら、オーダー取って来てくれるかな?」



「あ、ああ」



 小刻みに頷くシェリーに、アリスは続ける。



「少しだったら、お話して来ても大丈夫だよ。レイちゃんもエミル君もいるから」



「……うん」



 アノスが「すみません」と控え目に声を上げたため、シェリーは彼等の卓に近寄って行く。

 ぎこちない動きのその背中に苦笑しつつ、アリスは教室の壁掛け時計を見上げた。



 ――何時に来てくれるだろう。

 午後だとシェリーちゃんも私も、接客から外れちゃうんだけどな。

 ……そういえば私、そのことをきちんと手紙に書いたっけ?



 内心かなり不安に思いつつ、アリスはオーダーを取るために他の卓へと向かった。

 少ししてアノスとユリーシャの卓から離れたシェリーは、すっきりした顔をしていた。



「――何か話せた?」



「ああ。時間をくれてありがとう」



 薄く笑みを浮かべたシェリーは、厨房のミリセントの「これ、5番テーブルさんに誰か持ってってぇ」という言葉に素早く反応すると、身を翻して駆けて行く。

 アリスはアノスとユリーシャの席を振り返る。偶々目が合ったアノスがはにかみながら頭を下げるのに、アリスは微笑み返した。


 今年は入寮基準を満たす者がいなかったため、アメジスト寮に新入生はいない。

 シェリーは普通科への転寮となり、千梨は今年卒業する。そのため年少の二人が心配だったのだが……少しでもシェリーと話しができたようで良かった。


 すると厨房ブースから出て来たシェリーが、慎重な足取りでアリスの側を通り過ぎる。

 トレーに乗せられている二つの紅茶が、カタカタと小さな音を立てた。……正直、見ていてハラハラする。


 それはアノスも同じのようで、おっかなびっくりという表現がよく似合うシェリーの様子を、彼は心底不安そうに見守っていた。

 尊敬する先輩からの給仕に、ユリーシャは反対に目を輝かせて頬を綻ばせている。

 対照的な二人の反応は、性格が出ていて面白い。


 無事二人のテーブルに辿り着いたシェリーが、紅茶のカップを丁寧に後輩達の前へとサーブする。



「ゆっくりして行ってくれ」



 どんな表情をしていたのか。

 シェリーはアリスに背中を向けていたため分からなかったが、真正面からそれを見たアノスとユリーシャは、一度目を大きく見開くと満面の笑顔で「はい!」と返事をした。





 アノスとユリーシャは二十分程で退席した。

 さっぱりとした顔で去る二人に、シェリーが小さく手を振って見送っている。


 今日はシェリーを訪ねてくる客が多い。

 朝一にはレイチェルの父親が童話喫茶に足を運んでくれたのだが、彼はどうやらシェリーを知っているようだった。

 二人はしばしの間話していたものの、彼等の間に流れる空気は悪いものではなく、実父と友人の会話を見守っていたレイチェルが、とても嬉しそうにしていた。


 レイチェルの父が退席すると、アリスは「シェリーちゃん、レイちゃんのお父さんとはお知り合いなの? どういう繋がり?」と真っ先に尋ねたのだが「大したことじゃない」とはぐらかされてしまった。

 ただ、レイチェルが一言「お礼は言えた?」と問い掛けたのに、シェリーが「ああ」とだけ答えていたので、シェリーの目的が達されたのなら良いかと気にしないことにした。




 アリスは再度時計を見上げた。

 現在の時刻は十一時半。そろそろ来てくれなければ、午前の部のアリス達は出番が終わってしまう。


 まさか、来られなくなってしまったのだろうか?


 手紙では「大丈夫だ」とあったのだが……ハラハラと時計と教室の入り口へと視線を往復させていると、廊下から突如「きゃあ!」という黄色い声が上がった。

 それはどんどんアリス達のいる教室へと近付いてくる。そして。



「――おっ、ここか。よっ、アリスにシェリー! 遊びに来たぞ!」



 姿を現したのはシスター服を身に纏う元アメジスト寮生、クリス・ベリル。



「――クリス先輩!」



 そう。彼女はアリスの待ち人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る