第14話 ぼくらのように自由にして

第14話 ぼくらのように自由にして①

 交換留学生達の、テラスト魔法学校に於ける滞在最終日。

 遂に彼等とアメジスト寮の親善試合が行われる。


 午後からのそれは演習場で行われるため、昼休みの間に席を取っていた生徒も多く、既に良い席の大半は埋まっていた。

 抜かりないレイチェルは早くからフィールドが良く見える席をチェックし、親善試合当日の今日は真っ先にお目当ての席を陣取っていた。その御零れに与ったアリスとミリセントも、当然シェリーの勇姿を特等席で観られる。

 しかし、



「うーん。レイちゃんとミリィちゃん、どの辺りに座ってたかな。こうも人が多いと分からないよ……」



 アリスは、またしても迷子になっていた。






 レイチェルとミリセントと、三人で横並びに席に着いたまでは良かった。試合の途中で席を立たずに済むように用を足しに行ったのも、まあ良いだろう。

 しかし問題は「席の場所が分からなくなるから、一緒に来て」と頼まなかったことだ。



 その時はレイチェルが忘れ物をしたとかで席を外しており、ミリセントは偶々近くに座っていた同じ部活の友人と話しをしていた。

 声を掛けて邪魔をしても悪いし全員が席を離れる訳にもいかないだろうと思い、アリスは一人手洗いへと向かう。話しに夢中になっていたミリセントとその友人は、アリスが席を立ったことに気付いてはいなかった。


 そして何とか手洗い場に辿り着き、いざ用を足し終えたは良いが、どの方向から来たのか分からなくなり、今に至る。



「知ってる人に会えれば良いんだけどな……」



 一応席は自由ではあるが、リボンやネクタイの色から判断するに、皆大体寮毎に座っていた印象だ。

 まあ、エメラルド寮の生徒がいたからといって、アリスが座っていた席がその近くにあるとは限らないのだが。

 考え事をしながら歩いていたためか、気付けば屋内通路に来ていた。

 ……今度は観覧席に出る出口を探さなくては。


 出口を求めてうろうろとしていると、通路の先で二人組の男子生徒が話し込んでいるのが見えた。

 一人は背を向けているため分からないが、もう一人の男子生徒のネクタイはアリスと同じ緑色だ。顔に見覚えがないので同学年ではないだろう。


 こうなったらあの男子生徒達に観覧席までの道を聞こうと思い近付くと、彼等の会話にシェリーの名前が上がり、アリスは咄嗟に柱の陰に身を隠してしまった。特に疚しいことがある訳でもないのに、条件反射とは恐ろしい。

 出て行くタイミングを逃し、否が応にも男子生徒達の会話が耳に入ってしまう。



「シェリー・クランチェとクロム・フォン・ゴード、どっちが勝つだろうな?」



「オレは賭けちまった手前、クランチェに勝って欲しいけどな。お前は?」



「オレは今回ゴードに賭けたぜ。一回位、クランチェが負けるとこ見てぇからな」



「うわ、性格悪いなお前」



「いっそのこと魔法で妨害でもして、クランチェが負けるように仕向けてやろうか。大体の奴はクランチェに賭けるから、ゴードが勝ったらほぼ一人勝ちみてぇなもんだろ」



 同じエメラルド寮の人間の口から出たとは思いたくない内容に、アリスはシェリーとクロムの友人としても黙ってはいられず、怒りの余り物陰から飛び出しそうになった。


 だがそれよりも早く、彼等の不愉快な会話を遮る者がいた。




「へぇ、どう仕向けるって?」




 アリスから見て進行方向に当たる通路から現れたのは、式典用の黒いローブを身に纏った男子生徒だ。ネクタイの色が黄色であることから、トパーズ寮の生徒であることが分かる。

 肩まで伸びた明るい茶髪をハーフアップにした軟派な雰囲気のその生徒は、髪と同じ色の瞳を冷たく細めながら、再度先程と一言一句違わぬ台詞を投げ掛けた。



「それで? どう仕向けるって?」



 彼の二度目の問いに、我に返った二人組の生徒がしどろもどろに言い繕う。



「い、いや、ほんの冗談だよ! なあ!」



「あ、ああ。……悪かった、本気にしないでくれ。ジェイド」



「……聞いちまったもんは無視できない。金は返す。今回は手を引け」



 ジェイドと呼ばれたハーフアップの男子生徒がローブのポケットから紙幣を数枚取り出し、わあわあ騒ぎ立てる二人組に突っ返した。

 二人組、特にエメラルド寮の男子生徒が最後まで何か言っていたが、ジェイドは取り合わなかった。

 二人組は渋々諦めると、悪態を吐いて今しがたジェイドがやって来た方向へと歩き去って行く。

 またしても出るタイミングを見失いこそこそと物陰から窺っていると、こちらを見詰めるジェイド目とが合った。



「もう行ったよ。出て来たらどうだ?」



 観念したアリスは、そろりと隠れていた場所から出る。



「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったんです……」



 まるで罪人のように白状するアリスに、ジェイドが笑みを溢した。先程とは打って変わって朗らかな表情に「おや?」と思う反面、ほっとする。



「本当は、アイツ等に文句の一つでも言うつもりだったんだろ? むしろ、こっちこそ邪魔しちまってごめんな」



「いえ……私が出て行った所で、からかわれて終わりだったと思うので。ありがとうございました」



「いや、気にしなくて良い。というか、そろそろ親善試合も始まるってのにこんな所にいて良いのか? 一試合目だろ、シェリー・クランチェが出るのは。友達の勇姿は見てやらないとな」



 何故他寮のジェイドがアリスとシェリーの仲を知っているのかと疑問に思うも、例の新聞記事の存在を思い出し、そういうことかと一人頷く。

 悪い人ではなさそうだし(怖い人ではあるかもしれないが)、この際だから観覧席までの道を教えてもらおうと決心し、アリスはジェイドを見上げた。



「あの、ジェイド、先輩。すみませんが、観覧席までの道を教えてもらえませんか?」



 ちらりとジェイドのネクタイの学年章を盗み見ると、彼は二年生のようだ。さっきの二人組の生徒達も彼に気安そうに話していたので、同学年だったのかもしれない。



「えっ、教えるような道順じゃねぇけど……?」



「実際迷ってるんです……! 自力で戻れる自信がないので、お願いします!」



 アリスの気迫に圧し負けたのか、ジェイドは「しょうがねぇなぁ」と背を向けて歩き出す。

 それをぽかんと見送っていると、彼は立ち止まり呆れた表情で振り返った。



「ほら、試合始まっちまうだろ。あんまり遅ぇと先行くぞ」



 アリスは置いて行かれては堪らないとジェイドの背中を追い、慌てて駆け出した。

 真っ直ぐな通路を二人無言で歩くのも気不味いので、アリスは積極的にジェイドに話し掛ける。



「あの、さっきのお金何だったんですか? 賭けとか聞こえましたけど……」



「あぁ。アメジスト寮とかがこういう風に試合とかする時、賭け事をやってるんだ。オレっちはその主催者。ジェイド・ブルームっていうんだけど、聞いたことない?」



「うーん……?」



『ジェイド・ブルーム』という名前の響きにどこか聞き覚えがあったが、いつどこで聞いたのか全く記憶にない。「すみません」と謝ると、ジェイドは「良いって良いって」と、にかっと白い歯を見せて笑った。



「お前、アリス・ウィンティーラだろ? あの新聞記事の。ああいうの、迷惑だよな」



「えっと、そう、ですね。でも私のことよりも、シェリーちゃんの方が目立っちゃうから、そっちの方が心配で……」



「まぁな。あっちは元々嫌でも目立ってるってのに」



「……ジェイド先輩は、シェリーちゃんとお知り合いですか?」



 シェリーに対して同情的な空気を感じ取り、アリスは恐る恐るそう尋ねた。

 ジェイドは少し悩む素振りを見せたが、「ま、お前ならいっか」とあっけらかんと言うと、アリスに向き直る。



「オレっちの生まれは小さい村でな。六年前、隣街に『サーカス』の襲撃があった。音楽の都、イオステュールだ。その時起こった火災がうちの村にも飛び火して、村一帯が燃えた。逃げ遅れたオレっち達家族を助けてくれたのが、シェリー・クランチェだ」



 イオステュールと聞いて、レイチェルの顔が真っ先に思い浮かんだ。

 レイチェル自身に被害はなかったとは言え、街を『サーカス』によって襲撃され、友人に怪我を負わされた彼女の怒りは、脳裏に鮮明と刻まれている。


 『サーカス』の一員であったシェリーに対する偏見の目を、全てなくすのは難しい。

 アリスとて孤児院が『サーカス』による被害を受け、サラや子供達が怪我をしたとなれば、シェリーを見る目が変わっていたのかもしれない。

 それは、考えただけでも恐ろしいことだ。


 だが噂話に踊らされず、こうしてシェリー自身をきちんと見て、評価してくれる者もいる。

 故に、アリスはこのジェイド・ブルームという先輩をとても好ましく思った。



「だからお礼って訳じゃねぇんだけど、アメジスト寮がこういう形で表立って何かをする時は試合賭博を開催することにしてるんだ。『シェリー・クランチェ』が強いのは分かりきった事実だろ? なら、皆勝ち馬に乗ろうとする。そうすれば彼女を害そうとする奴等は減る、はずだ。まぁ、賭けが行われる期間中だけな。今回は、それを逆手に取ろうとした馬鹿がいた訳だが……。未然に防げて良かったよ。アイツらの妨害ごときで、どうにかなるような人じゃないんだろうが」


「……それに賭けを切欠にして、中には彼女のことを友好的に思う奴が出てくるかもしれない。それならそれで彼女が学校生活を送り易くなるだろうから、損はない」



 照れ臭くなったのか、最後の方は捲し立てるように早口で言い終えると、ジェイドは歩みを再開した。

 フォローの仕方が大分斜め上というか、不器用というか。

 ただ、少なくとも今の話でアリスが感じたのは、ジェイドのシェリーへ対する尊敬、否、憧憬だろうか。そして深い好意だ。



「ジェイド先輩は、シェリーちゃんのことが好きで、大切なんですね」



 アリスがしみじみと言うと、先行していたジェイドが顔を真っ赤にしながら勢い良く振り返った。ハーフアップに括られた髪が、尻尾のように揺れる。

 アリスにはそれが動物の尾のように見え、髪が描く軌跡をつい目で追ってしまった。



「すっ……! すっ、好きとかじゃねぇ!! 言ったろ、お礼みてぇなもんだって!」



「お礼、お礼、そうですよねぇ~」



「おまっ……その生温かい目を止めろ!」



 いつもはリーのことで弄られる側なので、普段とは逆の立場なのが新鮮だ。友人達にも自分がこういう風に見えてるのだとしたら、からかうのはさぞ楽しいだろうなと納得する。



「シェリーちゃんはこのこと、知ってるんですか? 学校で話し掛けたことは?」



「……いや、ない。賭博のことも、恐らく知らねぇだろうな。というか、オレっちのことも覚えてねぇと思う。彼女にとっちゃあ、一回助けただけの相手だし」



(……六年も前に一回助けられただけの相手を、ずっと大切に想い続けている人が何を言うんだか)



 アリスは呆れたような、何とも言えない気持ちになったが、これ以上シェリーの件でジェイドを弄ると置いて行かれそうなので口を噤んだ。

 しかし、これだけは彼に伝える。



「いつか、ちゃんと話しをしてみてください。シェリーちゃんは、必ずジェイド先輩の話を聞いてくれると思います。シェリーちゃん、優しいから」



「……知ってる」



 頬を染めてそっぽを向くジェイドにアリスは微笑ましい気持ちになり、にっこりと笑った。

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