第21話 どうか、教えて

第21話 どうか、教えて①

 テラスト魔法学校が『サーカス』の襲撃を受けた、その三日後。

 魔法省第一会議室では、今回の一件に関する会議が開かれていた。


 会議室にはヨル=ウェルマルク新興国元首アーリオ・プティヒ。

 魔法省教育・文化部門担当大臣プリメラ・ジノヴァ。

 魔法警察省大臣代理フレデリカ・ロッソ。

 四大貴族ロイ・フォード、ジル・クランチェ、ロゼオ・クラウド、アーシェ・フリージア。

 そしてテラスト魔法学校校長シャン・スタリアが顔を突き合わせていた。


 しかしいつもとは異なりテラスト魔法学校の関係者はシャンだけではなく、四人の寮長達までもが同席していた。



「……では報告を。まずはシャン・スタリア、学校の被害状況を教えてくれ」



 アーリオの凛とした声が会議室に響く。

 指名されたシャンは、音も立てずに立ち上がった。



「――幸い人的被害は出ておらず、建物の被害も寮長と守護精霊達の協力により、そう重大ではありません。しかし魔法水晶は三ヶ所が完全に破壊されているため、同程度のものを再度用意するのに時間が掛かります」



「今の所、学校再開にはどれ位掛かる見込みだ?」



「一ヶ月前後でしょうか」



「分かった。……では次にシェリー・クランチェについてだが。彼女の処遇について、皆の意見を聞かせて欲しい。先に聞き取りを行った、魔法警察省大臣代理フレデリカ・ロッソ。詳細を説明してくれないだろうか?」



 続いて指名されたフレデリカがきびきびと立ち上がり出席者に向けて一礼すると、簡単な自己紹介と共に、シェリーや他の学校関係者から聞き取った内容を淀みなく説明し始めた。



「魔法警察省大臣ジル・クランチェ氏の指名により、彼の代理としてこの場に立っております。フレデリカ・ロッソと申します。まず事件の経緯ですが――」






 フレデリカの説明を聞き終えたアーリオは、神妙に頷くと出席者達に発言を求めた。

 真っ先に口火を切ったのは、プリメラ・ジノヴァだ。



「シェリー・クランチェの身柄ですが、ノルストラ監獄への収監が適切なのではないかと考えます。今回の件で、彼女の今までの印象は好転したでしょう。しかし彼女がテラスト魔法学校に通うための名目を、破ったことに変わりはありません。大義名分を理由に、そう何度も決まりを破られては示しがつかない。聞けば随分危うい魔法の使い方もしたようですし、将来魔法の深淵を覗くかもしれない彼女の存在が脅威にならないとは限りません。それに、また『サーカス』がこのような手に出ないと、一体誰が言い切れるのですか? 火種になり得る彼女は捕えた方が良いのでは?」



 ジルが顔色を変えた。プリメラはシェリーの件に関していつも厳しい姿勢を崩さないが、今回ばかりは彼女の言い分も一理ある。

 ジルは魔法警察省大臣としてではなく、シェリーの養父として発言するために『四大貴族のジル・クランチェ』としてこの場に出席している。ジルは意義を申し立てようと、口を開こうとした。

 しかしそれを遮るように、シャンが冷静な口調で言った。




「――魔法省教育・文化部門担当大臣プリメラ・ジノヴァ殿。まず、彼等の話を聞いて頂けるかしら?」




 シャンが後ろに座る寮長達へと視線を移した。

 シューゲルが寮長を代表し立ち上がると、装飾だらけのローブを重そうに揺らしながら、プリメラの前に立つ。

 怪訝そうにするプリメラにシューゲルは懐から白い封筒を五通取り出し、無言で彼女の前に差し出した。



「……これは何かしら」



 プリメラは封筒に書かれた文字を見て頬を引き攣らせ、シューゲルを睨み付けた。

 しかし対するシューゲルは、彼女の怒り等どこ吹く風で淡々と言った。



「――退職届けですが」



「だから、何のつもりかと聞いてるの」



「……我輩達は守るべき生徒を、戦いの場に引き摺り出してしまった。シェリー・クランチェに『サーカス』と対峙するよう、頼んだのは我輩です。いかなる理由があろうと、我輩のしたことは教師として失格だ。理由はそれで十分では? 他の寮長達の意思も、同様です……勿論、今直ぐという話ではありません。担当授業の後継が決まり次第、教職を辞するつもりです」




「――こういう訳でして、私も困っております。実力者である彼等寮長達の後任等そうそういませんし、彼等がいたからこそ『サーカス』を退けることが出来たのだと、校長としての立場からもそう思っております。……しかし寮長達の言うことも、解らなくはないのです。学校を、生徒を守ってくれたシェリーが厳罰を受けるのでしたら、私も寮長達も、彼女と同じ位の処罰を受けなければお話になりませんわ」




 飄々とした口振りで肩を竦めるシャンが、どこからか白い封筒を取り出し机の上にそっと置いた。話の流れからそこに何が書かれているのかは、言われずとも解るだろう。

 プリメラが怒りも露に、唇を噛み締めた。

 するとシャン達テラスト魔法学校側からしてみれば、思ってもいない人物からの援護射撃があった。



「……まるで他人事のようだが、その理屈でいくと貴女も辞任ということになるな。プリメラ」



 アーリオが真っ直ぐにプリメラを射抜く。

 そもそも国内の教育機関のトップが、教育・文化部門担当大臣だ。今回の件の功労者でもあるテラスト魔法学校の寮長達を辞任させ、校長までもがその座を退いたとなれば、世間は一体どう思うのか。

 更には生徒ながら身を挺して学校を、生徒を、友人を守ったシェリー・クランチェを処罰したと、彼等の知る所となったら。


 彼等彼女等にそのような厳罰を科せておきながら、上司に当たるプリメラがのうのうと大臣の席に座したままでは、必ず叩かれる。

 そうなれば、プリメラとて無傷では済まないだろう。

 何を言っても自身の立場が悪くなると悟ったのか、顔を歪めたプリメラは黙りを決め込んだ。

 アーリオは彼女を一瞥し、次いでシューゲルに声を掛けた。



「貴方達のお気持ちはよく解った。だが、だからこそ退職というのは考え直して欲しい。未来ある子供達にこそ、貴方達のような存在が必要だ」



 アーリオの言葉にシューゲルが深く頭を下げると、再び席に着いた。彼が腰を下ろすと同時に、シャンも座り直す。

 二人が席に着いたのを見届けると、アーリオが厳かに告げる。



「シェリー・クランチェに関しては慎重に慎重を重ねた上で、決定しよう。この件は彼女と一切面識のない私が預かる」



 有無を言わさぬアーリオに、出席者達が肯定する。ジルは迷うように視線を泳がせ、ようやく首を縦に振った。

 次にアーリオが矛先を向けたのは、フレデリカだ。



「『サーカス』の襲撃の目的は、一体何だったんだ。シェリー・クランチェから、何か聞き取ったのか?」



「はい。『久し振りに外に出られたから、シェリーに会いに来たのだ』と話していたと」



 想像だにしない内容に、アーリオが目を丸くした。

 その拍子に、彼の男性にしては長い金髪が弾むように揺れる。



「……シェリー・クランチェと、ただ話に来ただけだと? 今回の『サーカス』の襲撃が? 仲間を二年近くも敵地に潜入させておいて?」



 アーリオが疑念に満ち満ちた、疑い深い声音で言った。確かに俄には信じられない話だろう。

『熾天使アーリオ』の名に相応しい顔付きとなった彼が、険しい表情を崩さずにフレデリカを問い詰めた。



「シェリーから聞き取った話によりますと、そうなります。ですが彼女が言うには、団長ヴァイスとその右腕のミデン・レイクは目的が異なっていたのではないかとのことでした」



「目的?」



「はい。『仲間を学校へ潜入させたのは、恐らミデンの計画だったのではないか』と。少なくとも『ヴァイスのやり口ではない』と」



「ミデン・レイクと接触したのも、シェリー・クランチェか……」



 シャンが挙手したため、アーリオが目で促した。



「私の秘書ゲイン・フリージアが、内通者であった王姉弟について調べていました。彼等の経歴に違和感を覚えたゲインが魔法警察省を訪ねまして、彼等の出身地で起こったという事件に行き着いています」



 シャンの話が終わると同時に、フレデリカが『龍ヶ伏村壊滅事件』の調書の写しをすかさず回す。

 資料は、ゲインの考察などが事細かに纏められた付箋ごと印刷されていた。

 手に渡ったそれを、アーリオが肩肘を突きながらざっと目を通す。



「ゲイン・フリージア氏の意見を鵜呑みにするならば、ここに幽閉されていたのが件の姉弟だと? この調書では、村人全員の死亡が確認されているようだが。彼等は出生届すら出されていないということか。そして村で事件が起こる数日前に、目撃情報のあった黒の上下を着た男……」



「時期的には、ヴァイスがノルストラ監獄へ収監された、その二ヶ月程後です。『サーカス』残党が潜伏場所に選んだこの場所で、偶然彼等は接触したのではないかと」



「――発言を許可頂けますか?」



 シャンの後方で、恐る恐ると言った風に手が上がった。

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