16 急転
翌朝登校した
クラブの朝練かな? ……その割には、楽器の音はまったくしない。
暇なので本を読んでいるうちに、生徒の数はだんだん増えてきて、
梅原が教室に戻ってきたのは、担任の
朝のホームルームが終わると、教壇から降りた不破先生が、声をかけてきた。
「
と。
「……はい……?」
「あ、はい」
豆鉄砲でだまし討ちをくらった鳩のような顔で、ふたりは
「なんだ、おい」
連城が陽佑のところへ、まだ釈然としない顔でやって来た。今月の席替え以降、連城はやたら、陽佑の席に近づいてくる。理由は明白だ。
ふたり一緒に呼び出すなら、成績とか素行不良とか、そんな話ではなさそうだ。そもそも素行不良は「痛くもない腹」である。
「……たぶん、あたしのことだと思う」
大野が離席しているのを確かめて、梅原が小声でささやいてきた。
「えっ……」
自然、陽佑らの声も低くなる。
「今朝あたし、呼び出されて、先生に聞かれたの。こういう話を聞いたけど本当か、ほかに困っていることはないかって……昨日のこと」
またしても、陽佑と連城は目を合わせた。誰かが先生に話したのだろうか。少なくともふたりは心当たりがない。
「昨日、ありがとね。……せっかくあのときああしてもらったから、もう黙っててもしょうがないって、あたし先生に正直に話したんだ。だから、たぶん……」
事実関係の確認、というところか。
「そーゆーことなら……おれたちがヘンな
連城がこぶしとてのひらを軽くぶつけ合わせて確かめると、梅原は「もう、ご自由に」と返事した。それなら当然、陽佑も小細工するつもりはない。
ただ……気になるのは……。
不破先生が、今朝梅原本人から事情を聞き、昼休みに自分と連城から傍証を得ようとしているということは、大野たちを呼びつけるのはその後になるだろう。
それなのに……。
陽佑は、どうも変だと首をひねった。今朝からずっと、大野の様子がおかしいのだ。明らかにテンションが落ちて、失調している。ときおりものすごく元気になっていつものようにクラスを盛り上げようとしているが、どことなく上滑りして、当人が乗り切れていないのがはっきりわかる。そして、梅原を見ないよう意識している。昨日まであんなにひどくからんでいたのに、今日は梅原からそむける顔が青ざめてさえ見える。
何があったのか……?
「連城」
給食の後、職員室へ向かいながら、陽佑は考え考えたずねた。
「昨日の帰り際に、俺が大野に言ったことって、きつかったかもしれないけど、あんなに目に見えて落ち込むほどのことじゃ、なかったよな?」
「あ? ……いやぁ、たいしてきつくもねーだろ」
何を言っているんだ、という顔で、連城はまじまじと陽佑を見る。
「お前とは関係ない事情じゃねーの」
「それにしては……大野だけじゃなくて、あのメンバー全員なのが、気になる」
山下も、野村も、三島も。昨日梅原を吊し上げ、陽佑と連城にいちゃもんをつけてきた顔ぶれ全員が、どよんとしているのだ。今朝から。
「原因……俺じゃ、ないよな……?」
「あの後あいつらになんかあったのかもしれねーぞ」
職員室を訪ねると、不破先生は、ふたりを面談室のひとつに連れ込んだ。
面談の内容は、梅原の推測したとおりだった。梅原と大野のトラブルについて、知っていることを話してほしいと。
「先生、それ、梅原本人が相談してきたんですか」
陽佑はたずねた。
「いや、それは違う」
不破先生は、他言無用を条件に、少しだけ事情を明かしてくれた。
女子の数人(具体的な個人名は伏せられた)が以前から、梅原に対する大野の振る舞いに、やりすぎではないかと不快感を持っていた。しかし、多くの生徒が大野と同調し(ているように見え)、梅原を敬遠する空気が濃厚だったので、行動を起こすことをためらっていた。大野ににらまれるとどうなるか、生きた実例がいるのだから。ところが、昨日陽佑と連城が声を上げたことで「男子にも不快に思っている人がいた!」と背中を押されたように感じて、放課後に勇気をふるい起こし、担任の不破先生に実情を訴えたのだ。同級生だけでなく教師からのウケも大切にしていた大野は、梅原を責めるのを、教師の目にはつかないように注意していた。だから不破先生も気づいていなかったのだ。あれだけ明るくて女子に親切で人気のあるムードメーカーが、まさかそんなことをしていたとはと、先生も驚いたらしかった。
そういうことならと、陽佑と連城は、自分たちの把握していることを正直に話した。これも関係あるかどうかわからないが、陽佑は、大野が梅原のテストの答案をしつこくのぞいていたことも打ち明けた。大野の人間性を無用にこき下ろしてしまう気もしたし、梅原のプライバシーに踏み込むかなという気もして、連城にも明かしていなかったのだが、目の前で起こったあの気色悪いやりとりは、見過ごせない気持ちが強かった。梅原がもう不破先生に話しているだろうが、自分からの話も重ねることで、事実だとわかってもらえるはずだ。
「…………真性の、いやらしい、ってヤツだな、それ」
あまりの話に、連城が顔をしかめて吐き捨てた。不破先生の顔はどんどん曇っていく。
面談は、チャイムぎりぎりまで続いた。他言無用と再度念を押され、ようやく面談室から解放されたときには、陽佑も連城もすっかり疲れ切っていた。
「帰って寝てえ」
「俺も」
生徒たちが教室に駆け込んだ直後、ほぼ無人になった廊下を、ふたりは教室を目指してよろよろと歩いた。
「けどさ、ああして全部話して思ったけど、梅原って、……ひとりぼっちであれ全部、背負ってたんだな」
「……そーだな」
「話してるだけで、俺気持ち悪くなったよ。梅原は、話聞かされるんじゃなくて、直接浴びせかけられてきたんだよな。今までずっと」
「ああ。……もっと早く動けばよかったな」
「うん。でも、今からでも、まだマシだ。そう思うことにしよう。時間巻き戻すわけにはいかないんだし」
「だな」
なぜか同時に、陽佑と連城は重いため息をついた。
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