30 球技大会
生徒会主催の球技大会1年生の部は、3、4時間目に行われることになっていた。種目はバレーボールである。
何かの球技が得意なヤツって、たいがいの球技がこなせるよな。
「そうとも限らねーんじゃねーか?」
「おめー何やってんだよ」
「受けられるけどコントロールできねーんだよ」
「しっかりしろよ、遠藤が見てっぞー」
「うるせー!」
げらげら笑い。女子は離れたところから「三田しっかりしろー」などと、声援なのか何なのかわからない声を飛ばしている。
1セット目が3組に取られたところで、両チームのメンバー総入れ替えとなり、陽佑の出番となった。大野、山下といった一部の男子は、激しく闘志を燃やしているが、球技大会にそこまでの思い入れもない生徒も当然いる。3学期体育委員の樋口は、微妙に低温のメンバーを2セット目の選手に集め、1セット目と3セット目で勝負をかけるつもりでいた。何せ球技大会だ。クラスの全員が参加できるようにチームを組まなくてはならない。人数の調整も各クラスにまかされ、あとは試合が始まるときに、相手チームとの兼ね合いで微調整を行う。同時にコートにいるのが同人数になればよい。バレー部員はハンデになるので、交代要員に入るよう決められており、どちらかのチームが得点したときなどにチームメイトと交代で出入りしなければならないことになっていた。なお審判は、その試合に関わらない組のバレー部員だ。
かくして、2組の2セット目チームは、どことなくぽやーんと見える顔ぶれになった。まあ大野たちがいるチームで負けたんだから、勝てなくてもしょうがねえわな、というムードになってしまっている。陽佑も、女子が、梅原が見ているのだから、いいところを見せたいという気持ちがないわけではないが、バレーボールはたいして得意でもなく、技術も能力もないのに無理してもどうにかなるわけでもないしな、程度の心境である。致命的なミスさえしなければいいだろう。3組の顔ぶれをネット越しに見ると、
「げっ、
2組に小さくどよめきが走った。3組のコート外に、1年生ながらバレー部の有力メンバー、海老原がいる。第2セットの交代要員らしい。バレー部だから出ずっぱりということはないだろうが、どこかのタイミングで入ってくることは明白だった。
「配分間違えたかな」
コート外で見守りつつ、樋口が苦々しくこぼす。
しかし第2セットは、誰得かと問いたくなるような試合展開になった。球技大会ではままあることかもしれないが、ファインプレーと凡以下のミスが入り乱れる、落差が激しい試合になったのだ。どうやら3組も、海老原以外はあまり得意でない顔ぶれが集まったらしい。海老原がイラついているのではないかと思われたが、彼は球技大会は別物と割り切っているのか、げらげら笑いながらおかしなヤジを味方に飛ばしている。陽佑は……お世辞にも、活躍したとは誇れない状態にあった。彼は背が低いので、スパイクを打つ流れにはあまりならない。下手なので打ちたくもない。大野のようにトスを上げられればいいのだが、これもスムーズにいかない。合わせて跳躍するスパイク担当も下手である。相手コートにうまく入る割合は低い。しかし、相手がまた、拾うのが下手ときている。城之内がスライディングでカッコ良くスパイクを拾う……アウトボールを。バカヤロー、と力のないヤジが飛ぶ。3組がしゃきっとするのは、一時的に海老原がコートに入ったときだけだ。堂々たる身長と、健康的な幅を持ち合わせる海老原は、2組にとって巨大な壁となった。2組の2セット目は人数の関係で控えもいないし、バレー部員もいない。司令塔としてテニス部の
1度だけ、陽佑がどうやらはっきり注目されたらしい場面があった。これまでも海老原のサーブは2組を苦しめて翻弄してきたのだが、このときのサーブは高く高く上がって、陽佑の斜め前目がけて落ちてきた。とっさに陽佑はアンダーレシーブで受けたのだが、その痛いこと重いこと、ボールを上げるのが精いっぱいで、勢いに押された陽佑は仰向けに倒れ込んでしまった。長袖着ておけばよかった。「っで~!」と情けない声を上げつつ、涙のにじんだ顔をしかめてしまう。しかし、後は仲間がやってくれた。陽佑の上げたボールをスパイクにつなげたのだ。うまく海老原を避け(偶然かもしれないが)、守備の隙を突いて(下手さ加減に助けられたかもしれないが)、得点に変え、一時的にせよ海老原をコートから撤退させることに成功した。2組の男女両方から歓声が上がった。
「やったぞ!」
仲間に助け起こされ、陽佑はヒイヒイ言いながら立ち上がった。腕がびりびりに痛い。
「俺もうレシーブ無理」
「よしクラス委員、海老原はお前にまかせる」
「無茶苦茶言うな!」
「あと3点!」
いいプレーとしょうもないプレーをつぎはぎして、どことなくぽやーんとした2組の2セット選手は、海老原のいる3組の局所的に強豪メンバーを破り、このセットを奪取することに成功した。これは敵にも味方にも番狂わせであったらしい。勢いに乗った2組は、メンバーチェンジした3セット目も押せ押せムードで、ついに1回戦突破を成し遂げたのである。
入れ替わるように、女子の試合が始まった。相手は4組だ。双方の女子がコートの外で座って応援し、男子はやや離れたところから応援する。試合の邪魔になるからだ。さっきの男子の試合と入れ替えたような位置関係になる。
「あで~」
陽佑はしみじみと腕をながめた。両方とも真っ赤に変色し、さらに無数の赤い、どうかすると紫色の、斑点が浮いている。空気に触れているだけでびりびりする。
「うわ、すげえな」
「痛そー……」
周囲の男子がのぞいて仰天する。
「バレー部の試合って、殺人競技じゃねえの?」
陽佑はつぶやいて、長袖ジャージを重ね着して隠した。布地が触れるのさえ痛む。もし海老原に恨みを買ったら、俺は近づかれることもなく、ボール1個で簡単に殺される、と実感する。
女子の1回戦は、さほどのパワープレーもなかったかわり、大きく崩れることもなく、無難に勝利した。梅原は3セット目に出場した。陽佑が見る限り、バレーボールが得意というほどではなさそうだが、何度かレシーブしたり、そこそこトスを上げたりして、まあまあの実力はある、という程度らしかった。その後、ちょっとした休憩を挟んで女子は3組との決勝戦に挑むことになったのだが、始まってまもなく、男子の方も1組との決勝戦が始まることになり、女子を応援していられなくなってしまった。
男子は1回戦とほぼ同じ布陣で、1組と対戦した。大野らの1セット目は1回戦の雪辱を果たしたが、2、3セットを続けて落としてしまった。1回戦と逆の結果である。陽佑は長袖を着たまま試合に出たものの、動きが鈍ったことは否めない。かくして2組男子は準優勝に終わった。2組女子の方は優勝を果たした。陽佑としては、決勝戦で負けたより、梅原の活躍を見られなかったのが少々残念である。それでも2組全体としては、上出来の結果となったといえるだろう。
終了後、陽佑は保健室で、湿布を腕に貼ってもらった。嬉しいとか悔しいとかの前に、痛くてたまらなかった。しみじみと、自分はバレーボールに向かないと実感した。
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