3学期

88 旅立ちまであと…

 3学期が始まる頃には、みんなテンションがいい加減おかしくなっていると思う。他愛もないことを無理やり面白がろうとするかのような。

 あーめんどくせーなーもー、とつぶやきながら、体育委員になった山岡が、名簿と首っ引きでノートに何か書きこんでいる。陽佑ようすけはそっとのぞきこんでみた。

「何してんだ」

「球技大会の選手決め」

「ああ……」

 年度最後のレクリエーションだ。3年生だけは1月のうちに行われることになっている。理由は明白だ。最後の、中学生活最後の……。


 ふと陽佑は、以前から疑問に思っていて、聞きそびれていたことをたずねてみた。

「なあ、山岡って、運動会のデコレーションリーダーだったよな。美術部の部長の小長井こながいもいて、どうやって決まったんだ」

「すんなり」

 シャーペンを放り出し、山岡は顔を上げた。仕事から一時逃避したくなったらしい。

「あの頃小長井が、美術部で出品するコンクールの準備に追われていて、アタシは美術部のことで手いっぱいだからそっちの責任者までつとまらない、作業は参加するから、山岡アンタが責任者おやり、って言われて、ハイ、って言うしかなかった。おれちょうどサッカー部引退したばっかりだったしな」

 なんでそこで、わかった、でも、おう、でもなく、ハイだったんだろうと、余計なことを陽佑は思ったが、黙っていた。


 クラス委員は、騎馬戦で思わぬ力量を発揮した能条のうじょうと、演劇部の杉沼がつとめている。土田は久しぶりにいろいろな役職から解放されてほっとしたと言っていた。ようやく受験に専念できるということだろうか。土田の志望校は西高である。葉山も同じだということで、わずかな時間現実を忘れたがる同級生たちからは、格好のネタにされている。


 球技大会での3年2組は、男子は3位、女子は2位に終わった。優勝したチームは大はしゃぎに喜んだが、負けたチームはさしてがっかりもしなかった。このあたりに受験生という立場の繊細さが現れているようだ。陽佑は相変わらず、足を引っ張る失敗はせずにすんだものの、貢献もできなかった。ただ女子の1組の動向が気がかりだったが、今回は2組の女子と直接からむ機会はなく3位になったようだ。うかつにそちらを観戦するわけにもいかない。クラスが違うというのはこんなにも厚い壁だったかと、改めて思い知らされる。


 そしてふたたび、硬い灰色の生活の中に、彼らは埋没しなければならなかった。手続きの説明、テスト、自習、そうしたものがのっしりと重く、彼らの肩の上に積み上げられていく。受験が終わったときにはもう、――卒業まで1週間ほどしか残されていない。もっとああしたかった、こうしたかった、という思いは、終わりが見えてきてから急激に吹き出すものなのかもしれない。


 その日の帰り道、陽佑は書店で、問題集と一緒に「歌川うたがわ国芳くによし」の画集を1冊買った。お年玉という臨時収入があった後なら、それほど痛くない。受験勉強の邪魔になる本でもないだろう。

 ……あくまでも、運動会の思い出だ。心の中で、そう言い訳しながら。

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