87 灰色の日々

 ……本格的な冬がやってくる。日々は灰色の度合いを増し、受験生たちにさらに重くのしかかってきた。


 今年、県総体を勝ち上がってブロック大会に進出できた運動部は、土田率いる男子バスケ部のみだった。それでもかなりの快挙だろう。壮行式を受けて、土田、大野、村松ら男子バスケ部は果敢に出撃したが、さすがにブロックの壁は厚く、2回戦で敗退した。3年生たちはむしろさっぱりした態度で戻ってきた。

「すべてを出し切った。これでだめなら仕方ない」

 本当に全力を尽くしたからこそ達することのできる境地だったが、

「すべて出し切ったから勉強する気力もない」

 などとオチに持って行くのが、かなり強烈な個性のそろった男子バスケ部ならではだろう。そこで笑ってうける方も、テンションが少々おかしくなっているかもしれない。


 文化部の方も、それぞれ善戦はしたものの、ある部はコンクール敗退、またある部はステージフェスティバルをもって、3年生が次々に引退し、世代交代はほぼ終わっていた。


 そういえば期末試験なんてものがあるんだっけ、というのが3年生の心境かもしれない。学力テストが頻繁に行われて、もうどのテストやら、というくらいだ。しかし期末試験なら家庭科や保健体育などもある。うっかりではすまされない。ことに連城れんじょうなどは。


 いよいよ受験が見えてきた時期に、期末試験の成績は激動を迎えていた。常にトップ争いをしてきた菊田きくた上代じょうだいであるが、今回総合1位を獲得したのは、ほぼ毎回7~8位につけていた3組の女子、若林だった。「あらあら、こんなこともあるのね」と本人はのほほんと喜んでいたが、はじめて5位に転落した菊田が本気で悔しがっていたと評判だった。連城は家庭科では負けなしの1位だが、ほかの教科がふるわなかったと、浮かない顔のままだった。陽佑ようすけは今のところ、総合も数学も20位以内をキープできてはいるが、またそのうちポカをやりはしないかと薄氷を踏む思いだった。


 正月はばあちゃんのうちに行くのどうしよう。今回は受験生だから失礼しようかな。……突然陽佑は思い出した。ばあちゃんは、もういないんだった。どうしたんだろう急に。ばあちゃんが死んでから今まで、こんな勘違い一度もしたことなかったのに。――去年の夏も今年の正月も夏も、忙しかったからかな。俺も現実逃避したがっているのかもしれない。


 終業式が済むと、一時的に解放感を得た3年生たちは「うぇーい」と声を上げて、それぞれに帰宅する。陽佑と連城は、靴箱の近辺で梅原と行き会った。

「よう」

「おつかれ」

「ん、おつかれさん」

 ……たったこれだけのやりとりが、長い冬に、どれだけ貴重な思い出となったことか、誰にもわからないだろう。


 陽佑と連城とは、並んで帰路についた。このところ、話すこともあまりなくなっていた。ひとことふたことのやりとり、あとはほぼ無言。そしておもむろに別れる。

「じゃーな」

「よいお年を」

 それだけだった。このふたりの間では、それ以上言葉にすることを、どちらもためらっているのかもしれなかった。

 受験生の正念場が、やってくる。そしてその後は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る