86 ら・ふぇすた

 今年度まったく携わらなかったステージフェスティバルを、陽佑ようすけは十分に堪能できた、といえるだろう。


 オープニングアクトに登場したのは、ふた組の男女だった。おそらくどちらも若いが、男性はタキシードにちょび髭にかつら、女性はゴージャスなドレスに金髪縦ロールのかつらに厚塗りのメイク、という姿である。いでたちはおかしいが、男女はステージ上で優雅にワルツを踊った。しかし、よく見ると何か変である。気づいた生徒たちの間から、ざわめきや失笑が上がった。

「男女が逆だ」

 誰かがそう笑いながら言ったのが聞こえて、陽佑はえっと目をみはった。……なるほど、厚塗りメイクの顔をよく見ると男である。身長も女性役の方が高い。1曲踊り終わると、ピンクのフリルとレースがあふれるドレスをまとった女性役が、マイクを取ってあいさつした。

「こんにちは、前生徒会長の菊田きくたです」

 野太い声だったので、観客がどっと笑った。

「そして、ここにいるメンバーはみんな、改選前の前執行部です」

 さらに爆笑が起こった。いかつい体格を水色のドレスに包んだ女性役は、顔をそむけたまま前を見ようとしない。は、前会計の深貝ふかがいということになる。

「去年の文化祭ステージが非常に楽しかったので、今年は僕らが運営できるんだと楽しみにしておりましたが、今年度からは生徒会の改選後の時期に開催されることになりまして……本当言うと、我々も、やりたかったです。どうしてもあきらめきれなくて、新会長に頼み込んで――」

 男役のひとりが、もうひとりの襟元をつかんで揺すりあげる、というパントマイムをしている。「頼み込んで」の部分にかぶせたのがミソである。前副会長の青柳あおやぎと前書記の勝田ということになるが、ひげとかつらのせいで、どちらがどちらかわからない。

「――オープニングアクトに出させてもらいました」

 誰からともなく拍手が起こった。

「……あ、ありがとうございます。それでは、今年度ステージフェスティバルと名前も変わりましたが、最後までごゆっくりお楽しみください」

 珍妙な姿の前執行部が礼をして立ち去ると、改めて大きな拍手が起こった。こうして、新しく立ち上がった執行部と文化委員会によるステージフェスティバルが、装いも新たに開幕したのである。


 今年も最初はブラスバンド部の発表から始まった。

「最初にやってしまえば、後のステージをゆっくり堪能できるから、後が楽だわ」

 梅原はそう言っていた。ブラスバンド部は、今年は市内のコンクールを勝ち上がり、12月はじめの県の大会に出場する予定である。3年生はまだ引退できない。

 よって、今日の演目はコンクールで演奏する予定の曲目だった。1曲目は大ヒットしたアメリカ映画のテーマ曲。2曲目は、陽佑もCMで耳にしたことがある、KO-H-KIコウキとかいうミュージシャンが作曲したものだった。かっこいい、と陽佑は素直に思った。これなら県のコンクールも勝てるんじゃないだろうか。やっぱりレベルが高いのかな。この演奏でも突破は難しいのだろうか。……ついつい、ただひとりだけを見つめてしまう。


 連城れんじょうの企画は、去年よりもファッションショー「らしい」展開だった。今回はちゃんと衣装も作ったとのことで、モデルも6人に増えている。土田、葉山、荻野おぎの、真壁、3組の樋口ひぐち、4組の大野と、クラスの間口も広がっている。特に男子のモデルはノリノリの顔ぶれだった。


 堀川と勝田のコンビも、今回は3年生各クラスから男女合わせて8人ほどのユニットを従えてのダンスステージとなった。最初、堀川は陽佑にも「一緒にやらない?」と声をかけてくれたのだが、陽佑は断ったのだった。

「俺、去年全然見る余裕なかったから、今年はゆっくり見せてほしいな」

 と。

 ダンスそのものは楽しそうで、やってみたい気もしないでもない。運動神経に不安はあるが。でも、今はまだその気力が不足しているのを陽佑は感じていた。受験の方が気がかりなのかもしれない。

 今回は初心者もいるので、あまり高度なテクニックの踊りではなかったが、それでもマイケル・ジャクソンの曲に合わせたダンスは、厳しいレッスンを経たのか、びしっとそろっていてかっこよかった、と思う。なにより、堀川も勝田も、去年より大人数で踊れることを楽しんでいる雰囲気が伝わってきた。


 コーラス部の演目は、曲はよく知らなかったが、ゴスペルだった。彼らはコンクールに生き残れず、3年生は今日で引退が決まっていた。これでどうして勝てなかったのかよくわからないのだが。

 ほかにも、1年生2年生によるさまざまなステージがあった。ジャグリングだったり、ジャズ演奏だったり、一人芝居なんてのもいた。


 一般生徒の最後に登場したのが、山岡たちのバンドだ。最初に山岡が、生徒会執行部と文化委員会と、そして去年文化祭(仮称)という形で今日のステージの足がかりを作った陽佑を名指しで、謝辞を述べてくれたので、陽佑はすさまじく照れてしまった。演奏については、本人たちの気合いも十分で、なにより去年からおあずけをくっている間に、技術が飛躍的に向上している。曲はよく知らなかったが、やはり山岡のギターは聞く者を圧倒した。最後に演劇部の発表準備が整うまで時間があったのだが、この間の生徒たちの話題はこのバンドが独占した。


 演劇部は、「クリスマス・キャロル」を上演した。最後の舞台となるこの上演で、池田はあえて裏方に回り、演出に徹したという。主役のスクルージを演じたのは2年生の男子で、若く恐れを知らない気鋭の実業家、というふうに演出を変えられていた。最後のクリスマスパーティの場面で、雪のかわりに紙吹雪が落ちる演出は、ごく自然な拍手を誘った。


 祭は終わった。中学生活最後の、大きな祭が。自分が発端となったイベントを、気兼ねなく楽しむ立場になれたことは、最高のぜいたくかもしれないと、陽佑は思った。


 ……後日、ステージフェスティバル終了後の、アンケートの結果が公表された。成功をおさめたと言っていい内容だった。「ファッションショーは去年の内容の方がよかったです」という意見が複数あったらしく、連城とモデルたちを愕然とさせていた。

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